悪魔女マギサの事件リストランテ―霧切超常事務所事件簿

常陸 花折

本当の親友

マギサさん

 その日、霊が視える青年・レートは「憑依絡みのストーカー案件」を処理することになった。


 街中で依頼人を探していたその時、

 ――女の叫び声が、夕暮れの路地裏に突き刺さった。

 振り返った通行人たちは足を止めるが、誰も近づこうとはしない。


 しかし、レートはその叫び声を聞いて走り出した。

 路地に駆け込んできたレートは、荒い息をつきながらも男ではなく“男の背後”を凝視していた。

 こうした光景に慣れている自分を、彼は嫌というほど自覚していた。


 スーツ姿の中年男がOL風の女性の腕を掴んでいる。

 男の髪は汗で額に張り付き、目は血走っている。


「話を聞いて!!聞いてくれるって言ったじゃん!!」


 青年が間に入るように女性からスーツ姿の男を引き離そうとするが、男はますます力を強める。

 OL女が「離して!」と叫ぶ。暴れる男の腕に、女は必死で身をよじる。


 その時、路地の後ろから、黒いコートの裾をひるがえし、長身の魔女のような女が歩み寄ってきた。

 銀髪、青白い肌、そして冷えた空気を連れてくるような存在。


 超常的な厄介事を処理する、悪魔の女だ。

 レートは、こうした霊絡みのトラブルをマギサに持ち込む役目を負っていた。


「マギサさん!この人です、ストーカー!この人、ます!!」


「レート。憑いてるなら離さなきゃでしょうよ」


 気怠げな声とともに、彼女はコートの裾を払い、パチン、と指を鳴らす。


 次の瞬間――


 バンッ


 スーツ男の身体が、まるで紙人形のように宙へ跳ね上がった。

 長身の男がやっと持ち上がるような体格なのに、その女は指一本触れた様子もない。


「っ、え……? マギサさんやりすぎ――え、無傷……!?」


 レートは慌てて男の脈を確かめる。

 気絶はしているものの外傷は全くなかった。

 

 どうやって倒したのか、さっぱりわからない。


 レートは男の影の奥――男にまとわりつく、黒いドロリとした“悪霊”へ視線を向けた。


 彼は一瞬、目を逸らしかけたが、覚悟を決めたように奥歯を噛みしめ、再び悪霊を見据えた。


「……どうしてこの人を襲ったの?教えてくれ」


 問いかけると、ソレは人型の輪郭を成して、女の声で呻いた。


『裏切られたの……話を聞いてくれるって……言ったのに……』


 青年はOL風の女へ視線を向け、静かに尋ねる。


「何か心当たり、ありますか」


 女は唇を震わせた。


「か、会社の後輩の子で……

 私が相談を受けるって言ったのに……!私、急用で……断っちゃって!」


 言葉が途切れ、涙がぽろぽろと地面に染み落ちる。


 「そしたら、次の日に……うぅ……自殺して……!

 ……助けを求めてたのに、私があの時ちゃんと話を聞いてたら……!」


 膝が崩れ、その場へ泣き崩れる。


 青年は彼女に同情するように黙って目を伏せた。

 だが、銀髪の女だけは違った。


 彼女は昏倒した男の横にしゃがみ込み、悪霊を真正面から見据える。

 まるで獲物の息を読むような赤い瞳。


「……うーん、恨みではないわね。

 自分を責めきれず、誰かに向かう前の感情」


 その口端が、不気味なほどゆっくりと吊り上がった。

 マギサは喉の奥で低く笑い、



 と囁く。

 ―――それは彼女の食事の合図である


 マギサの姿から黒い嘴が生える。

 その嘴はいとも簡単に悪霊をグシャグシャに崩していく、そして悪霊の残滓は霧散した。


 その光景に、レートの背筋に悪寒が走る。

 自分の力を失うために、その力を利用されている自分という存在が心に突き刺さる。


「……依頼、解決しましたね」


 レートは疲れ切った声で言った。


 だがOL風の女性は、泣き止みこそしたものの呆然としたままだ。


 悪霊を喰らったマギサは、立ち上がりながらOL風の女性へ視線を向けた。


「あなたが悪いとは限らないわよ。死者と生者は相容れないもの」


 その言葉は慰めでも叱責でもない。

 ただ――この人が見てきた世界の話だった。



「それじゃあ、レート後はよろしくね」

「え!?後処理は全部僕ですか!?」


 黒いコートを翻しながら、悪魔は路地の夕闇に溶けていった。

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