第26話「弱点?」

「お兄ちゃんが、一緒に寝る……!?」


 真莉愛さんのとんでもない発言により、相変わらず俺の背中に隠れている雛が衝撃を受ける。

 やはり、兄が他の女の子と寝ることはブラコンの妹として耐えられないようだ。


 ――という冗談はともかく、許嫁のほうじゃなくて一緒に寝るほうに反応するんだな……と、妹の驚く部分がずれているように感じる俺だった。


 そういえば、大きくなってから雛と一緒に寝たのは、二人暮らしを始めた初日だけだったんだよな。

 高校生にもなってまだ甘えん坊のこの子は、せっかくだからと一緒に寝たがったのだが、翌日から『やっぱり別々に寝よ……!』と言い、あっさりと自分の部屋で寝るようになってしまったのだ。


 その時の俺が酷くショックを受けたのは、言うまでもないだろう。

 前日がかわいい妹に甘えられて癒されていた分、天国から地獄に落とされた気分だった。


「あっ、雛ちゃんには説明がまだだったわね。この子たちは、私の娘なの。酷いことをしたみたいで、ごめんなさいね」


 事情を知らない真莉愛さんは、翠玉えめらがした件で雛に謝罪をした。

 それにより、おそらく母が謝るところを見たことがないであろう翠玉たちが、目を丸くして驚いていた。


 まぁ、この人が謝るのは意外だと思う気持ちは、わからなくもない。


 けど、意外とこの人結構あっさりと謝るんだよな。

 俺相手でもそうだけど、特に雛相手にはよく謝っている気がする。


 まぁ主に、真莉愛さんが雛を抱きしめて雛を苦しめてしまうせいなのだが。


「ほら、何ボーッとしているの? 謝りなさい、翠玉」


 雛が『娘……!?』と驚いているのをスルーする真莉愛さんは、翠玉に対して雛に謝るように指示を出した。


 風麗に言わないのは、風麗がこの件で何も悪くないということも、ちゃんと把握しているからだろう。

 多分、白雪さんの口添えもあるんだろうけど、真莉愛さんは翠玉とは違い風麗のことは評価しているようなので、そういう面での信用もあるんじゃないだろうか?


 しかし――

「ごめんね、雛……」

 ――先に謝ったのは、風麗のほうだった。


 彼女は謝れと言われていないのだが、おそらく元々謝るつもりで来ていたのだろう。

 だから、呆けていた翠玉が遅れを取ってしまう形になった。


「わ、悪かったわね……」


 妹に続く形となり、謝る翠玉。


 すると――

「え? 謝罪ってそうするものかしら?」

 ――翠玉の上からのような謝り方が気に入らなかった真莉愛さんが、笑顔で小首を傾げながら、圧をかけた。


 そのせいで翠玉は冷や汗をかき、固まってしまう。

 そんな彼女に対し、真莉愛さんは『こういう時は、土下座でしょ?』と再度圧をかける。


 うん、翠玉はやっぱりこの人の娘だ。

 というか、こんなことばかり教える真莉愛さんを見てきたから、あの横暴な翠玉が完成してしまったんじゃないか、とすら思ってしまう。

 真莉愛さんが能力面を伸ばす以外の教育に向かないタイプだってことは、俺が身を以てわかっているし……。


「――こ、この度は、大変申し訳ございませんでした……」


 よほど真莉愛さんが怖いのだろう。

 あのプライドの高い翠玉が、言われた通り土下座をした。

 しかも、もうミスは許されないとでも言わんばかりに、言葉遣いも丁寧なものにしている。


 普段は頑張って偉そうな態度を取っているだけで、根は小心者だと気付いてしまったからか……俺は彼女のことを、あわれだと思ってしまう。


「あ、頭を上げてください……! 私、そこまでしてもらいたかったわけじゃないので……!」


 土下座をされるどころか、謝られることすら真莉愛さん以外ほとんど経験したことがない雛は、慌てて翠玉に顔を上げるように伝える。


 そう、まともな良心がある人間からすれば、土下座をされるとかえって困ってしまうのだ。

 まぁ真莉愛さんの場合、雛がこう言ってすぐ許すことまで計算に入れてそうだけど……。


「ふふ、雛ちゃんは優しいわね。気が済むまで、いたぶっていいのよ?」


 そんな中、真莉愛さんは相変わらず笑顔で悪魔のようなささやきをする。

 もちろん、雛がしないとわかっているからこそではあるだろうが、散々お仕置きで辱めと苦しみを与えた娘に対し、更にむちを打つとは……。


 雛に酷いことをし、仕返しをされるんじゃないかと思っている翠玉が、真莉愛さんの冗談を真に受けてまた顔が青くなっているぞ?


「し、しません、そんなこと……!」


「雛は優しいから、怯える必要はないって……」


 雛が真莉愛さんに対して首を横に振っている間、俺は翠玉に近寄って安心するよう伝えた。


 だけど――

「ひゃぁあああああ!?」

 ――耳元で囁いたのがよくなかったらしく、翠玉の体が大きく跳ねる。


 顔も青くなっていたものが一瞬にして赤くなり、目に涙を溜めながら俺のことを睨んできた。

 そういえば、感度が十倍になっているんだったな……。


「わ、わざとでしょ……!?」

「そこまで意地は悪くないぞ……」


 今のは本当に、可哀想だったから安心させようとしただけだ。


「英斗は……ドS……」

「紳士な御方だと思っておりましたのに……」


 だけど、俺の釈明しゃくめいは信じてもらえないらしく、風麗と白雪さんがジト目を向けてきた。


 てか、風麗のやつ、俺のことを下の名前で呼ぶことにしたんだな……。

 まぁ、許嫁になったから、当たり前のかもしれないが……。

 俺も、紛らわしいからではあるが、二人のことを勝手に下の名前で呼んでいたので、おあいこではあるし。


「自分で言うのもあれだけど、俺は多分、女子には優しいほうだぞ……?」


 少なくとも手を出すことはないし、一応気は遣うようにしている。

 男子が相手だったら絶対一発ぶん殴るだろうな、ということでも、相手が女子ならちゃんと我慢しているのだ。

 そう、それこそ教室での翠玉の時のように。


「知ってる……」

「そう、ですね……。私は一度もやり返されませんでしたし……」


 今度は、二人揃って首を縦に振ってくれる。

 風麗はいつも通りの態度だが、白雪さんがまた顔をほんのりと赤くして、意味深に頷いていた。


 この子、さっきから顔が赤くなっているけど、熱でもあるんじゃないか?

 と、少し心配になる。


 そんなふうに、白雪さんのことを気に掛けていると――

「あの、お兄ちゃんと一緒に寝るようにするのは、本当にやめたほうがいいですよ……?」

「いいのいいの、知ってるから。何が起きても責任を取ってもらうだけだから、雛ちゃんは何も心配はいらないわよ」

 ――なにやら、小声で雛と真莉愛さんがコソコソ話を始めたのだけど、あれも俺の悪口を言ってるんじゃないよな……?


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