第21話「重宝する理由」

 えっ、白雪さんのお母さんが持ってきたらしき、両手を上で固定する機材が付いたあの椅子、いったいなんなんだ……?


 白雪さんのお母さんが視界に入った時、おそらくというか、間違いなく彼女が持ってきたものではあるのだが、どう見ても大浴場に相応しくないものがあり、俺は気になってしまう。

 だが、それ以上に急に笑い出した真莉愛さんのほうが気になるので、すぐに視線を真莉愛さんに戻した。


「なんで、笑っていらっしゃるんですか……?」


「ふふ……どうやって乗り切るつもりなのかと思っていたのだけど、まさか私相手に土下座とはね……! しかも、この子たちをただ庇っての情に訴える行為だったらさすがにお仕置きしていたけど、ちゃんと私が重視している雛ちゃんの気持ちを理由にしたところは、見事よ……!」


 うん、とても楽しそうというか、嬉しそうに笑っている真莉愛さんなのだけど、サラッと言われた言葉に俺は背筋が凍る。

 俺は一歩間違えば、地獄のようなお仕置きを受ける羽目になっていたらしい。


 いや、まぁ……許してもらえないだろうから、どうにか怒りを軽減してなるべく酷くない扱いをされるのが一番……と思っていたので、結果的には思ってもいない最高な形にはなったのだが。

 それにしても、あんなにブチギレていた真莉愛さんが、いきなり笑い出したのはやっぱり違和感があるというか、正直逆に怖い。


「ふぅ……着なさい」


 笑い終えた真莉愛さんは、床に落ちていた翠玉えめらの上下の下着を手に取ると、翠玉へと渡す。

 まだ彼女は裸なので視線を向けるわけにはいかず振り返らないが、布の擦れる音が聞こえてくるので、翠玉は真莉愛さんにお礼を言うなりすぐさま着始めたようだ。


 一応、許してもらえたということなのか……?


「ねぇ、あなたたち。私が彼を重宝ちょうほうする理由がわかるかしら?」


 俺はもう立ってもいいのかな、と考えながら顔だけ上げていると、翠玉と風麗ふれいに対して真莉愛さんが質問を投げかける。


「芯が強く、大切なもののためには絶対に折れず、困難に立ち向かうところ、でしょうか……?」


 先に口を開いたのは、風麗だった。

 その解答に対し、真莉愛さんは笑みを零す。


「それあるわね」


 それも――つまり、他にもあるということなのだろう。

 そんな真莉愛さんは、翠玉に視線を向ける。


 次は翠玉に答えろ、ということらしい。


「……有能なところ、でしょうか……?」


 翠玉はまだ真莉愛さんに対する恐怖が抜けていないらしく、ビクビクと怯えながら、絞り出した答えを伝える。


「それは必要最低限ね」


 真莉愛さんは、『当たり前のことを言うな』という意味を込めて返すも、やはり笑顔のままだ。

 いったいどういうつもりなのか、長い付き合いの俺でもわからない。


「彼は、幼い頃より特別な教育を受けてきたわ。故に有能であるのは必然であり、私の無茶ぶりな依頼にも応え続けられる逸材ではある。でも、それだけでは私はここまで特別扱いをしないわ」


 あっ、無茶ぶりな自覚あったんですね……とか、特別扱い、されていますか……?

 むしろ、理不尽なことばかりしてません……?

 などと、言いたいことはいろいろあるが、ここで口を挟めば容赦のないお仕置きが来ることを知っている俺は、黙って天上院親子のやりとりを見守る。


「答えはね――天性の勘で、正解を導き出せる本能を持ち、必要とあらばプライドやつまらないものに縛られず、臨機対応に立ち回れること。それが、私が彼を重宝する理由よ」


 真莉愛さんはそこまで言うと、一旦言葉を止め、翠玉と風麗の顔を交互に見る。


「あなたたちには無理でしょ? 敵対していたはずの相手の為に頭を下げることも、酷く追い詰められた時に切り抜ける道を見出すことも」


 敵対している相手のために、頭を下げる――それは、普通ならありえないことだ。

 そして、する意味もないことがほとんどであり、じゃあそれはどういう時に起きるのか、と言いたくなるレベルである。


 だが現に、先程俺がしたことが、そうだった。

 雛という理由を付けたにしろ、結局求めていたのは、翠玉と風麗を助けることだった。

 それが、臨機応変ということだろうか?


 酷く追い詰められた時に、切り抜ける道を見出す――というのも、先程俺たちが三人とも命を奪われるんじゃないか、というほどに追い詰められており、俺の行動により真莉愛さんが許してくれた。

 そのことを言っているんだろうけど……俺が切り抜けられたのは、偶然でしかない。


 まぁ……そこが、勘というか、本能と言いたいのかもしれないが……。


 当然、これだけでは風麗はともかく、翠玉は納得しない。


 言葉には出していないが、『なんでそうする意味があるのか、わからない』と言いたげだ。


「必要ない、わからない、という顔ね。彼自身は、そこまで計算してやったことではないけど――あのままあなたたちを切り捨てることと、あなたたちに大きな恩を売ること、いったいどちらが彼にとって利があるのか、明白だと思うのだけど?」

「あっ……」


 そこまで言われて理解したのか、翠玉が小さく声を漏らした。

 なんだか、昔、真莉愛さんとしたやりとりを思い出す。


「まぁ、あなたたちには相手を徹底的に叩き潰すように教えてきたから、理解できなかったのも無理はないのかもしれないわね。私はあなたたちに、敵対した相手を味方に付けるよう動くことなど不可能だと思ったし、下手をすれば足元を掬われる可能性が高いとも考えた。でも、彼ならそういうこともできるかもしれないと思ったし、足元を掬われるような隙を生むこともないだろうと考えた。その時点で、あなたたちと彼には大きな差があったとも言えるわ」


 真莉愛さんはまるで――というか、まんま彼女たちを導く指導者のように、噛み砕いて説明をする。

 褒められているのはわかるのだけど、正直むず痒かったし、俺は過剰評価をされている気がした。


 それに、プライドの高い翠玉からすれば、俺に劣るというのは耐えられない屈辱だろう。


「さて、言いたいことはまだいろいろあるのだけど、そろそろ本題に入ろうかしら」


 そんな娘の様子に気付いていない――なんてことはなく、無視して真莉愛さんはとても素敵な笑みを浮かべた。


「……本題、ですか?」


 急に真莉愛さんがパチンッと両手を合わせて、わざわざ前置きをした言葉に、俺を始めとした翠玉、風麗は戸惑いを隠せない。

 ここまでの流れは、本当に俺たちからしたら命を賭けたギリギリの綱渡りをしていたようなもので、あれが本題ではなかったらいったいどんな無茶ぶりをされるのか――と、おそらく三人ともが恐怖を抱いた。


 そんな俺たちに対し、真莉愛さんは――

「もう計画をぶち壊された以上、前倒しにさせてもらうわ。翠玉と風麗は今日から英斗君の許嫁とし、高校卒業の際に英斗君が選んだほうを、正式な天上院財閥の跡取りとする。これは決定事項よ」

 ――予想にもしていない、斜め上どころではない理不尽なことを言ってくるのだった。


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【あとがき】


真莉愛さんがしていた行動の意味、

次話で答えを提示することになるんですが、

実は他にも意味があって、

おそらくそちらに触れる(答えを出す)のは次々回になると思います。


他の理由を今回もしくは次回で当てられる方がいたら、

「おぉおお…! めっちゃよく見てわかってる…!(すげぇ!)」って感じなので、

是非予想してみてください!

(多分次話で提示される答えのほうは、皆結構予想ついてそう)


これからも是非、楽しんで頂けますと幸いです♪

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