第12話「有識者からのアドバイス」

「ん? どうかしたか……?」

「あっ、いえ……随分と変わった苗字だと思いまして……」


 声をかけると、白雪さんは困ったような笑みを浮かべてしまう。

 意外な表情だけど、もしかして偽名と思われたか?


「いや、言うほどじゃないか……? まぁ確かに、人に付けてもらったものではあるけどな……」


 俺たちの苗字は、真莉愛さんからもらったものだ。

 彼女が手続きをし、自分の名前から取って『愛真』と付けた。

 別に俺も雛も苗字にこだわりなんてなかったから、今まで気にしてこなかったが……。


 とりあえず、好きな苗字を付けられるなんて、この人なんでもできるんだなー、くらいしか思わなかったものだ。


「まるで引き継いだものではなく、新たに作って与えられたような言い方をするなんて、変なことを言いますね……」


 白雪さんは再度苦笑してしまう。

 まぁ、あの人の無茶苦茶ぶりを知らなければ、それも当然の反応かも知れないが。


「実際、そうなんだよ。俺たちは孤児院で育ったから、他の人と違って親から受け継いだものじゃないんだ」

「それでも普通は、里親になった御方の苗字や、もしくは同じ苗字にしない場合でも、元々使っていた苗字――たとえば、地域から取られた苗字とかを引き続き使うのではないのですか?」


 指摘されて思う。

 どうしてわざわざ、真莉愛さんは俺たちに自分の名前から取って苗字を付けたのだろう?

 自分の所有物、みたいな感じでしたかっただけの可能性もあるが、それならば自分と同じ苗字にすればいいはずなのに。


 俺たちを――というか、俺を引き取った理由も、『私の跡を継ぐ子が必要だったからね』と言っていたので、それならば尚更同じ苗字にするべきだ。


 てか……俺、あの人の苗字、未だに教えてもらえてないんだよな……。

 何度聞いてみても、『立派になったら教えてあげるわ』と言って、誤魔化してしまうし。

 それも小学生の頃の話で、そもそも教えてくれる気がないんだな、と思ってからは聞かなくなったが。


「変わった人だからなぁ……。俺たちの常識的な考えだと、あの人の思考は読めないよ」

「……なんと恐れ多いことを……」


 真莉愛さんの思考なんて考えるだけ無駄だな、と結論付けた俺が笑って流すと、白雪さんはプイッと顔を背けてしまった。

 ボソボソと何か言っていたようだけど、独り言だったようで俺は聞き取れなかった。


 せっかく引き取ってくれた里親を、悪く言ったようにでも受け止めただろうか?


「凄く変わった人だけど、感謝はしてるよ。あの人がいなかったら、俺も雛も離れ離れにされていたと思うし」


 俺がそう言うと、雛がチョコンッと俺の隣に座ってきた。

 だから優しく抱きしめて、ソッと頭を撫でてあげる。

 それだけで、雛は気持ちよさそうに目を細め、俺に体を預けてきた。


 実際、俺はともかく、雛は幼い頃から人目を惹くほどにとてもかわいらしかった。

 だからこそ、この子を引き取りたいという声は多かったのだ。

 じゃあなんで、真莉愛さんに引き取られるまで、この子が誰にも引き取られなかったか――その辺は、ご想像に任せる。


「仲がよろしいようですね……」

「世界一仲いいと思う」


 微笑ましそうに――ではなく、引きつったような笑顔で雛のことを見つめた白雪さんに対し、俺は笑顔で堂々と言い切った。

 きっとシスコン、ブラコンとでも思われたのだろうけど、かまわない。

 俺たちはお互いにとって、特別なのだから。


「さて、あまり待たせると変な気を起こされかねないし、俺はもう行くよ」


 雛の気持ちが落ち着いたのを見た俺は、ゆっくりと雛を放し、ベッドから立ち上がる。


「お兄ちゃん、本当に行っちゃうの……?」


 雛は寂しさも含みながら、不安そうに俺の顔を見上げてくる。


「写真の件もあるし、何より一言言っておかないと、気が済まないからな」


 まぁ、それだけで済ませるつもりはないのだけど。

 だがそれを、わざわざ雛に言うことではないだろう。


「でも……わ、私も、一緒に行くよ……!」


 俺だけを危ないところに行かせるわけにはいかない。

 そう考えたのか、雛はギュッと自身の服を握りしめ、体を震わせながらも決意を固めた顔でアピールしてきた。

 相変わらず、他人想いで優しい妹だ。


 だけど――。


「駄目だ、雛。風麗ふれいは俺一人でこいと言っていたし、雛には休んでいてほしい」


 こちらから出向くと宣言した以上、翠玉えめらがただボーッと待っていることはないだろう。

 十中八九罠やら警備員やらを配置し、妨害に出るはずだ。

 そんなところに、雛を連れていけるはずがない。


 しかし、当然雛は引こうとしなかったのだけど――

「彼のためを思うのでしたら、ここはおとなしく家で待っているほうが賢明ですよ」

 ――白雪さんが、優しい笑みを浮かべながら雛を引き留めてくれた。


 俺に借りを返すために、約束を果たそうとしてくれているのだろう。


「……はい……」


 付いて行けば足手まといになる。

 そう言われたことに気が付いた雛は、小さく頷いた。

 少しきついことではあるかもしれないが、今回雛はお留守番していることが、お互いのためだ。


「愛真様――いえ、英斗様。お屋敷に着いた際は、正門ではなく、裏門へとお回りください。きっとそこに案内人が待っておりますので、その者に名前をお伝え頂ければ、問題なくお屋敷に入ることができるかと」

「そうなのか? それは有難いけど……どうして、名前を言い直したんだ?」


 白雪さんの助言よりも俺が気になったのは、下の名前でしかも様付けされたことだ。

 正直、少しくすぐったい。


「苗字では紛らわしいので……」

「まぁ、そうか……。でも、様は付けなくていいぞ? 同級生なんだし、別に俺は白雪さんのあるじでも、目上の人間でもないからな」


 というか、慣れないのでやめてほしい。


「お気になさらないでください、幼い頃から染みついた習慣ですので」

「まじか……」


 きっと、主の学友には様を付ける、などの教えがあるのだろう。

 あまり強制しても彼女は困るだろうし、ここは俺が我慢するべきか。


 ……いや、俺は翠玉の学友じゃないが。


「それじゃあ、行ってくるな」

「お兄ちゃん、気を付けて……」


 雛に見守られながら、俺は部屋を出て行く。

 すると――なぜか、白雪さんが俺のあとを付いてきた。


「雛を見ていてくれるんじゃなかったのか……?」

「いえ、一つお伝えし忘れたことがありましたので」


 わざわざ伝えに来たくらいだし、重要なことなのだろう。

 そう判断した俺は、足を止めて彼女と向き合う。


「早く妹の写真を消したいでしょうが、焦ってはなりません。翠玉様はもちろんですが、特に風麗様には厳禁です。その隙を、必ず突かれてしまいますので」


「風麗は、今回俺たちの味方でいてくれそうだが……」

「翠玉様の目がある限り、風麗様は表立って英斗様のために動くことは不可能です。むしろ、翠玉様に怪しまれないように、状況によっては翠玉様のほうへ手をお貸しになるでしょう。そして――翠玉様を傷つけようとなされた場合、風麗様は敵に回るとお考えください。翠玉様同様、風麗様も翠玉様を一番大切にされておられますので」


 一つと言いながら、随分としっかりとした忠告だ。

 まぁ……この子が言わんとすることもわかる。


 風麗は普段やる気なさそうにダラダラとしているが、その分得体の知れないところがある。

 普段の動きを見る限り格闘技の心得があるようには思えないが、俺と白雪さんの戦いを目で追うことはできていた。


 何も殴り合いだけが相手を制するものでもないので、道具を使われたらこちらの分が悪くなるというのも、考えられるだろう。


「それ、風麗とぶつかること不可避じゃないか……?」

「はぁ……私の前で、堂々と翠玉様を傷つけるという発言はやめて頂けますか……?」


 俺が尋ねると、呆れたように溜息を吐かれてしまった。

 風麗とぶつかるのが不可避ということは、『翠玉を傷つけるつもりだ』、と言っているものだからな。

 相変わらず、幼い見た目の割に察しがいい。


「なるべく、時間を稼がれるのが良いでしょう。そうすれば、風麗様とぶつからずとも、活路は見出みいだせます」

「どういうことだ?」


 言っていることはわかるが、時間を稼ぐ意味がわからなかった俺は、白雪さんに尋ねてみる。


「その時がくれば、わかります。あなたなら、翠玉様の無理難題に付き合うこともできるでしょう。それで、時間を稼いでください」


 よくわからないが、決闘をして勝ったからか、随分と俺は信頼されているらしい。

 どのみち、雛の画像を消させないといけないので力づくで強引に突破をすることは不可能なので、ここは翠玉たちをよく知る白雪さんのことを信じてみることにした。


 この子は頭がキレて状況把握能力に優れているということも、既にわかっているしな。


「ありがとう、言われた通りにしてみるよ」

「はい、お気を付けてください」


 俺は白雪さんにかわいらしい笑顔で見送られ、駅を目指すのだった。


「――愛真、英斗様……まさか、このような形でお会いすることになろうとは……。そうですか……翠玉様は、パンドラの箱を開けてしまわれたのですね……」


 何やら後ろでは白雪さんの声が聞こえたような気がしたが、振り向くと彼女は家の中に入っていっていたので、独り言だったらしい。

 だから俺は気にせず、再び胸の奥に翠玉への復讐心を宿すのだった。

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