田舎暮らしを夢見る元勇者、復興大臣に任命される
桜井愛明
1.新たな始まり
Side.復興大臣時代
第1話 「久しぶりね」
「レックス!」
「シーツが洗濯できたから、部屋に敷いているのと交換してきてちょうだい」
「分かりました」
レックスは女将から大量のシーツを受け取り、
宿泊客が使用したあとの乱れたベッドからシーツを
ついでに気になる汚れも軽く掃除して、次の部屋へと向かう。
「……みんな元気かなぁ」
最後の部屋のシーツを交換したところで、レックスは大きく伸びをした。
外からは太陽の
穏やかな昼下がり、レックスの眠気は最高潮だった。
少しくらい昼寝をしてもいいかもしれないが、女将に怒られてしまう。
いや、それでも。世界を救ったのだから、少しくらいゆっくりしたっていいじゃないか。
(……そうだ。田舎暮らしとかいいんじゃないか?)
交換したシーツを運びながらレックスは思い立つ。
(山に囲まれた村で畑を
レックスは頭の中で畑を耕す自分を想像してみる。
農業とは無縁の生活だったが、これから勉強してやってみるにはちょうどいいかもしれない。
(
洗濯用の
コンコン。
すると、入り口の扉を叩く音がする。普段の宿泊客なら扉を叩くことなく
「レックス、悪いけど出ておくれ!」
「はい」
料理をしている女将の声に了承し、レックスは扉を開けに行く。
もしかしたら大荷物を持っている可能性がある。客の荷物運びも慣れたものだ。
「お待たせしました――」
レックスは女将から教わった、にこやかな笑顔と共に扉を開ける。
そこに立っていたのは、
「久しぶりね」
「マリカ……?」
レックスと共に旅をした少女――マリカがいた。
マリカは花が咲いたような笑顔をレックスに向ける。
「元気にしていた?」
「あ、あぁ」
マリカの両脇には、
「ちゃんと働いてるみたいね。まぁ、私の紹介だからちゃんと働いてもらわないと困るのだけど」
どこか
レックスは先ほどから思わぬ人物の登場に言葉が出てこなかった。先ほどまであった眠気も一瞬でどこかへ飛んでしまっていた。
それを見抜いていたようで、マリカは一歩レックスに近づく。
「分かるわ、急に来たからびっくりしたのよね」
「そうだよ。来るなら言ってくれたって良かったのに」
「言ったら面白くないじゃない。レックスの驚く顔が見たくて、こうしてやって来たんだから」
マリカが
「今日はレックスに用事があって来たの」
「俺に? 女将さんじゃなくて?」
「女将さんに挨拶もしたいけど、今日はレックスに。大事な話があるの」
マリカの表情がいくらか引き締まる。わざわざ兵士も連れてくるくらいだから、
「レックス、さっさと案内しないか――」
案内をせずに入り口で盛り上がるレックスを
レックスと話しているのは誰かと視線を向けると、女将は目を見開く。
「王女
「もう、前来たときも言いましたけど、今までと同じようにマリカって呼んでください。敬語も禁止です」
マリカが
「今日はどうしたんだい? なにかあったのかい?」
「はい。レックスを少しお借りしたくて」
「レックスで良ければ、いくらでも連れていきな」
女将はレックスの背中を強く叩く。思ったより力が強く、レックスは少し
「マリカにはまた働いて欲しいけど、今は王女様だからねぇ。王女様にこんなボロい宿屋で働いてなんて言えないよ」
「働くのは難しいですが、こうして遊びに来ることはできますよ」
「お忍びでおいで。いつでも料理を用意して待ってるよ」
「ありがとうございます」
会話を終えたマリカは、レックスの方に向き直る。
「じゃあ行きましょうか」
マリカに連れられ、レックスは宿屋をあとにした。
王都スフェーン。
古来より貿易で栄え、随一の貿易都市として名を
大きな港に面し、積まれた荷物が大通りを通って流れていく。大通りの両脇には商人が
華やかな王都だが、一方で格差社会も問題になっている。城下町の外れや裏路地では孤児や労働不能な老人、犯罪者が住むスラム街が広がっている。スフェーンの住民はもちろん、衛兵も訪れない場所のため、無法地帯と化している。
また、外から来た者全てに
「どう、仕事はもう慣れた?」
大通りを通り過ぎながら、マリカはレックスに尋ねる。
マリカという王女、それにレックスとマリカを囲うように歩く兵士。そんな面々が大通りを歩いていれば、視線を集めるのは簡単なことだった。
店を開く者、商品を買う者、素性を知らぬ異国の商人までも、通り過ぎるレックスたちをまじまじと見つめていた。
レックスは多少の居心地の悪さを感じながら、マリカの問いに
「なんとかな。荷運びとか掃除とかが主な仕事だよ。女将さんみたいに料理はできないけどな」
「女将さんの料理は絶品だもの。レックスじゃ敵わないわ」
くすくすと笑うマリカ。
レックスはほんの少しムッとしたが、事実には変わりなかった。
女将の料理は誰もが
「ともかく、俺が働けてるのも紹介してくれたマリカのおかげだよ」
「どういたしまして。給料はほとんどスラムの人にっていうのがレックスらしいけどね」
「俺が育った場所だからな。少しでもあの環境を変えていきたい」
レックスは今の場所からは見えない、裏路地のある方向を見る。目を細めて、今どうなっているかを思案する。
レックスがスラムに住んでいた頃は、掃除や荷運びといった肉体労働で
それでもいつかは全員スラムから抜け出して、普通の生活が送れると信じていた。
(みんなは今、どうしてるのかな)
今こうして自分は宿屋で働いているが、現状スラムの面々がどうやって過ごしているかは分からない。もし様子を見に行ったら、今さら戻って来たのかと
だから、せめて稼いだ給料を渡して、生活の足しにして欲しいと思っていた。
「――レックス?」
レックスが我に返ると、マリカがレックスの顔を覗き込んでいた。
「え、あ、ごめん。どうした?」
「真剣な表情しちゃってどうしたの。体調悪い?」
「そ、そんなことないよ。考えごとしてただけだよ」
「そっか。そろそろ着くから心の準備をしておいて」
悪戯っぽく笑いながらマリカは前を見る。レックスもつられて視線を向けると、目の前には立派な王宮があった。
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