第22話 今後について


 ゲートを抜けた瞬間、強い光に目を細めた。


 外の空気は、さっきまでの死闘が嘘みたいに澄んでいる。

 昼下がりの熱は落ち着き、遠くで車の走る音がのどかに響く。


「……帰ってこれた」


 澪が深く息を吸い、胸元を押さえた。

 千捺はその場にぺたんと座り込み、秀次は大きく伸びをする。


「相変わらず外は平和だな。中は地獄絵図だったってのによ」


「ほんとですよ……まさかあんなのと遭遇するとは」


 カイが苦笑いしつつ剣を収める。

 その頬には土が付き、息はまだ荒い。


 誰も死ななくて、本当によかった。


 胸の奥で小さく呟きながら、俺は端末を確認した。

 ダンジョン発生情報には異常なし。

 協会の通知も何も来ていない。


 やっぱり。

 外側の情報では普通のC級ってことになってる。


 つまり俺たちが遭遇したあのコアガーディアンは、完全に内部の異常。

 おそらく協会に報告したところで、信じてもらえないだろう。


 そして秀次が、周囲を一度見回してから言った。


「ま、色々積もる話もあるし、パーっと祝勝会でもしてぇところだが、全員疲れてるだろ? 一旦今日は解散して、後日このメンバーで集まるってのはどうだ?」


「……うん、私もそれがいいと思う」


 澪がこくりと頷いた。

 千捺も短く手を挙げ、カイも同意するように頷いた。

 

「俺もそれで、大丈夫だ」


 俺が承諾したところで、今日は解散の流れとなった。


「じゃっ、場所と日時はメッセージで決めようぜ〜」


 そう言って秀次は、気だるげにここから立ち去っていった。


「碧斗くん、カイくん、私たちもこの辺で」


「あぁ。今日は本当にありがとう」


「うん、じゃあまた今度」


 全員に別れの挨拶をしたのち、俺とカイはこの空き地を後にした。


 歩き出しながら、ふと今日の出来事を振り返る。


 パーティ向けのC級ダンジョン。

 ゲートも青色で、何も変わった様子はなかった。


 しかし中には地球の門番、コア・ガーディアンがいて、


 俺を殺そうとしてきた。


 確かアイツ、俺のことを地球人の進化を妨げる……人工構造体、みたいなことを言ってたな。


 あれは一体どういう意味だ?

 もしかしたら俺のコア、アルゴに何か関係があるとか?


『ホスト。ガイア・コア、つまり地球の中心へのデータ干渉はセキュリティが重厚なため、困難。よって解析することができませんでした』


 アルゴは無機質な声でそう告げる。

 

 そうなると、今のところできる手立ては無しってことだ。


『しかしコア・ガーディアン、彼らの肉体を介して干渉できる可能性はあります。次回、実行を試みます』


 なるほど。

 じゃあその時は頼む。

 

 まぁできれば出会いたくないけどな。


「碧斗さん! よかったら、研究所寄って行きます? コーヒーくらい出しますよ」


 今一人でいても色々考えてしまいそうだし、これはありがたい誘いだ。


「……あぁ。そうさせてもらおうかな」


 俺はカイと共に天城魔力高額研究所へ向かい、今日一日ゆっくり過ごすことにした。



 * * *

 


 数日後。


 約束通り、俺たちC級ダンジョンの攻略メンバーは再び集まることになった。


 なぜか俺の家で。


「碧斗くん、今もここに住んでたんだね〜」


 家に入ってすぐ、澪は感慨深そうに部屋を見渡す。


「まぁ引っ越すのもめんどうだったし」


 なんの変哲もないただの1LDK。

 あんまりジロジロ見られると恥ずかしいな。


「ここが、碧斗さんの家……! ひ、広い……!」


 続いてカイが入室し、


「都内一人暮らしでこの広さとは一式、お前いい暮らししてるんだな」


「い、一応お菓子とか色々、買ってきました……!」


 秀次と千捺も二人に続いて中に。


 そして全員がリビングのローテーブルを囲むように腰をかけた。


 まずは軽く世間話をしながらお菓子や飲み物を並べていき準備が整ったところで、自然と視線は俺に集まる。


 誰かに疑問を投げられる前に俺は今までの経緯、まずはカイと出会ったユニークダンジョンでの出来事から話し始めた。


 AIコア、アルゴのこと、


 目に視えるステータスや景色、


 精霊魔法を得た時のこと、


 そしてコア・ガーディアンと交わした会話。


 ここに至るまでの出来事を包み隠さず全て、俺は彼らに伝えていった。


 皆、視線を落とし、眉を寄せる。

 話し終えてしばらく、この空間に重い空気が流れていた。


 そんな沈黙を破ったのはカイ。


「そんな、SFみたいな話あるんすか?」

 

「……まぁ、でも実際見ちまったしな」


「うん……あれは、普通のモンスターじゃなかった」


 徐々にみんな、重い口を開いていく。

 

「そしてこれからも奴らは、俺の命を狙ってくるんだろうなと思う」


 俺は息を深く吸い、そして吐いた。


「ま、でもあの精霊魔法だっけか? あれだけ強い力がありゃ、今回みたいに倒せるだろ?」


 秀次はあくまで明るく、俺に問いかける。


「で、でも……! これって……他の人にバレちゃ、ダメですよね?」


 その言葉に、全員の視線が千捺へ向く。


「だ、だってそんな魔法、聞いた事ないし……万が一バレた時、探索者協会の人たちがどんな対応をとられるか……」


「……うん。話さない方がいい。絶対に」


 澪も真剣な眼差しでそう言う。


「へ、下手したら研究対象にされるとかも……」


 カイの震える声に、部屋の空気がピンと張った。


 そんなことないと思いたいが、絶対にないとは言い切れない。


「だから今日のことは、私たちだけの秘密。誰にも言わないようにしよ」


「もちろんだ!」

「当然っすよ!」

「私も……絶対に言いません!」


 それぞれが、迷いなく答える。

 胸の奥に張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ。


「……ありがとう。みんなを巻き込んだのに、悪い」


「水臭いこと言わないで」


 澪が柔らかく笑う。


「それに、碧斗くんは何も悪くないよ。悪いのは、碧斗くんを人工物だって勘違いしてる地球の方だもん」


 その言葉が、胸に沁みる。


「ありがとう、澪ちゃん」


 だけどそれとは別に、俺は今後の立ち回りを考える必要はある。


 俺が悪くないとしても、地球から狙われている事実に変わりはない。


 だったら俺がダンジョンに行かなければ、


 探索者として活動しなければ、


 ガイア・コアが落ち着いてくれる可能性だってある。


 一度、探索者活動は控えた方がいいかもな。


「そういえばお前ら、昇格試験どうすんだ?」


 突然の話題転換。

 秀次が腕を鳴らす。


「あ……そうか」


 カイと同時に顔を見合わせた。


 今回の最大の目的は、カイがCランクの昇格条件を満たすためのパーティ探索だった。


「これでカイくん、昇格試験受けられるよね?」


「えっと……このC級クリアで、参加条件は満たせました!」


 カイが嬉しそうに頷いた。


 昇格試験。

 カイとともに目指していた目標の一つ。


 一旦探索者活動を控えるとしても、カイがCランクに昇格する姿は見てみたい。


 試験自体ダンジョンで行うものでもないし、今回みたいな危険はさすがにないはず。


 だったら――

 

「受けるか、試験!」


 俺は少し息を整え、そう告げた。


「はい……! 頑張りましょう、碧斗さん!!」


「そうと決まれば、俺たち探索者の先輩が試験合格のコツとやらを教えてやるぜ! な、二人とも?」


「え……っ、はい。 私なんかが力になれるか、分かりませんけど」


「うん、私もできる限りの協力はするよ!」


 彼らは快くそう言ってくれた。


「よし、それじゃあまずは――」


 秀次がぱん、と手を叩く音がリビングに響いた。


「試験の流れ、俺らで一通り説明してやる。知らないまま挑むより、絶対いいだろ?」


「た、助かります……!」


 カイの目が輝く。

 その横で、千捺がそっとメモ帳を取り出した。


「えっ、千捺さんも受けるんですか?」


「わ、わたしは受けませんけど……あの、覚えておいたら、役に立つかなって」


 そんなやり取りに場が少し和む。

 とてもいい空気だ。


 そして気づけば、みんな好き勝手にお菓子をつまみ、テーブルは半ば宴会状態になっていた。


 俺の家にこんなに人が集まるの、いつ以来だろう。

 笑い声がリビングに満ちていく。


 それからしばらく経って――


 みんなの声が一息ついたところで、俺の視界の端にふわりと光の粒が立ち上った。


「……ん?」


 淡青色のウィンドウが、突然目の前に展開される。


 これは……アルゴによるシステム通知だ。


【新規ミッションが発生しました】

〈探索者昇格任務:Cランク昇格試験に合格せよ〉

 

【ミッション詳細】

・カイ・天城と共に、Cランク昇格試験に挑め

・試験結果:合格

・制限:精霊魔法の行使は禁止

・備考:本任務は成長段階調整フェーズの一部です


 そして、最後の一文を見た瞬間――


 喉がかすかに震える。


【クリア報酬:特異精霊〈ミニア〉の解放】


 それは新たな精霊の名だった。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




最新作、『学園最弱冒険者の俺、五十年間魔力だけを鍛え上げた仙人が憑依したので、現代ダンジョンで最強をぶちかまします』もよろしくお願いいたします✨️


https://kakuyomu.jp/works/822139840634006204

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