勇者の末裔、ヴァイス・ファンセント――呪いと祝福の剣


ヴァイス・ファンセントの絶望的な洞察

 魔王軍壊滅の最大の功労者として祭り上げられたヴァイスは、王都へ戻る馬車の中で、静かに悟りを開いていた。


「……そうか。そうだったんだ」


彼の凡庸な頭脳は、これまでの全ての出来事を繋ぎ合わせ、一つの恐ろしい真実にたどり着いた。


天才学者との出会い、最先端の学園、最高の仲間とヒロインの同盟、魔王軍の早期壊滅……。 


「全部、俺が引き金だ。俺がルークを潰そうと動くたびに、物語は最終章へと加速していたんだ!」


彼が何もしなければ、ルークは原作通り、地道に数年かけて力をつけ、ゆっくりと魔王軍と対峙したはずだ。しかし、ヴァイスの悪意は、ルークに「愛の試練」という名のドーピングを与え、物語の進行速度をワープさせてしまった。


「最終章の段階だろ?勝てるわけがない。ルークの戦力は、既に原作のクライマックスを超えている。勝ち目、無くね?」


このままでは、ルークが魔王を倒した後、「世界を救った英雄を陰で支えた、最も高潔な貴族」として、処刑どころか王位継承権すら与えられかねない。


「冗談じゃない!俺は、そんな生温い善人として生きるために転生したんじゃない!」


最終の悪事:破壊の剣による暗殺

 ヴァイスは、最終手段を思いついた。魔王軍が壊滅した今、魔王城の地下深くには、世界を滅ぼす禁断の力、「破壊の剣(デストロイヤー)」が眠っているはずだ。


「そうだ!ルークが手に入れる前に、破壊の剣を自らの手で握る!そして、ルークが俺を『愛する指導者』だと信じきっている今、最も近い距離で、裏切りの暗殺を決行する!」


この剣は、魔王の配下でなければ、触れただけで精神を汚染されるはず。俺は元々悪人だ。そして、刺客を潰した件で、魔王軍からは恨まれている。つまり、俺は誰にも信用されていない完璧な悪役として、この剣を使える唯一の存在。


「これこそが、俺にとって最も効率の良い、最期の悪事だ!」


ヴァイスは単身、魔王城の廃墟へと向かい、地下深くで黒いオーラを放つ大剣を発見した。


「これだ……。これをルークに突き立てる!」


呪いの剣が聖剣に変わる瞬間

ヴァイスが剣の柄に触れた瞬間、予期せぬことが起こった。


手に取ろうとした「破壊の剣」の禍々しい黒いオーラが、まるで煙のように晴れていった。


剣の刀身を覆っていた呪われた金属は、純粋で透明な輝きを放つ、神聖な銀色の金属へと変化した。その剣の柄からは、微かに温かい光が漏れている。


「な……なんだこれ……」


ヴァヴァイスは混乱した。これは、魔王軍の主要な戦力が失われ、魔王城の魔力供給源が絶たれたことで、「破壊の剣」が本来の姿である「聖なる剣(セイクリッド)」へと浄化されてしまったのだ。 


そして、その剣には、恐ろしい伝承があった。


『この剣は、勇者の血を引く者でなければ、引き抜くことはできない。そして、闇の心を抱く者が触れれば、その心に秘めた悪意の重さゆえ、剣は引き上げられなくなる』


ヴァイスは、純粋な悪意と絶望に満ちた自分の心を総動員し、剣を掲げようとした。


ギチ、ギチ……

剣は、まるで数トンの鉛でできているかのように重い。ヴァイスの身体は鍛えられていない平凡なものだ。彼の「悪意の深さ」が、そのまま「剣の重さ」として具現化された。


4. 勇者の末裔、瓦礫の中で絶叫する

 その時、剣に触れ、瓦礫の上で唸っているヴァイスの姿を、魔王軍の残党を追っていたルークが発見した。


「ヴァイス様!」


ルークは駆け寄ると、目に涙を浮かべた。


「貴方様は、この最終局面で、魔王の残滓が触れた破壊の剣を、自らの血を流す覚悟で聖剣へと浄化してくださっていたのですね!」


「ち、違う!俺はただ、貴様を……」


ヴァイスは必死に剣を持ち上げようと全身の力を込める。重さのせいで顔は真っ赤になり、体は痙攣している。


ルークは、ヴァイスのその姿を見て、さらに感極まった。


「ああ、見てください、皆さん!ヴァイス様は、剣の伝承通り、純粋な勇者の血を引く者しか持ち上げられない聖剣を、懸命に引き抜こうとされています!」


「くそっ!お、重いんだよ!悪意が、この剣を……!」


ルークは、剣が重くて持ち上がらないヴァイスの必死の形相を、「勇者の末裔であるにも関わらず、その莫大な重さと聖なる力に、全身全霊で耐えている」姿だと解釈した。


「聖剣は、勇者の末裔にしか引き抜けない!ヴァイス様がここまで苦しんでおられるのは、貴族としての身分を捨て、あえて悪役として生きてきた過去の呪縛と戦っておられるからに違いない!」


ルークは周囲に叫んだ。

「貴族社会に嫌われ、闇を背負いながらも、世界を救うために影で戦い続けた!ヴァイス様こそ、真の勇者の末裔です!」


ヴァイスは、自分が最も嫌う「勇者の末裔」という称号を押し付けられ、最悪の屈辱に耐えていた。彼は、今こそルークを討ち取りたいが、悪意が強すぎて剣が持ち上がらない。


結局、ルークの助太刀によって、聖剣は瓦礫から引き抜かれた。そして、その剣は「魔王軍の早すぎる壊滅は、ヴァイス様が破壊の剣を聖剣に変えるためだった」という新たな伝承と共に、ヴァイスに献上された。


最終的な敗北

 後日、ヴァイスは王都の玉座の間で、隣国の同盟者であるアメリア王女、師となった学者、仲間たちに囲まれながら、「世界を救った勇者」として史上最大の表彰を受けていた。


彼の前には、「勇者の末裔」の称号を刻まれた聖剣が飾られている。ルークは、瞳を潤ませながら、ヴァイスに熱弁を振るっていた。


「ヴァイス様!これで、貴方様の功績は誰も否定できなくなりました!そして、貴方様がこの聖剣を必死に持ち上げようとされた姿は、勇者が背負うべき世界の重さを示していました!」


ヴァイスは、玉座に座らされながら、心の中で絶叫した。


(俺はただ、お前を暗殺しようとしただけだ! そして、あの剣が持ち上がらなかったのは、俺の心が腐りきったクソ野郎だからだよ!)


ヴァイス・ファンセントは、処刑どころか、世界を救った最高の英雄となり、最高の金と最高の女(同盟者)、そして最高の信仰を手に入れた。


だが、彼は知っている。自分が達成したことは、

「自分が最も嫌う善人になること」という、悪役にとって究極の敗北だったことを。


彼は、ルークの熱い視線から逃れるように、そっと目を閉じた。


(もう、何をしても無駄だ……)


悪役貴族は、最愛の安楽な生活を永遠に手に入れ、二度と処刑されない未来を掴んだにも関わらず、ただただ深く、絶望に沈むのだった。

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