第24話
「ジョゼフ様がお祖母様の後継となられるとして、なぜ今なのです?まだ私たちは二年生で、卒業まであと一年あるのに」
そんなことを言ってもジョゼフを困らせるだけで、彼にしてもどうすることもできない。そんなことはわかりきっているのに、聞かずにはいられなかった。
ジョゼフは、コートニーの問いかけに答えた。
「あちらの学園に編入するんだ。お祖母様の側で卒業するまで学んで、卒業したなら直ぐに商会の経営に携わることになるらしい」
自分のことであるのに、ジョゼフの話し方は、まるで他人事のようだった。
学園は、王都の他にも王国に幾つか点在しており、ジョゼフの母方の生家が治める港湾都市もその一つであった。
王都に準ずる規模である港湾都市の学園には、自国の貴族子女に加えて他国の貴族の令息令嬢も数多く在籍しており、貴族ばかりでなく、平民の資産家や貿易などの経済に携わる家の子女らも多いのだという。
ジョゼフがこれから編入する学園のことを説明してくれるのは、彼との別れがずっと前に決まっていたことだと知らされるようで、コートニーは苦しくなってしまった。
「ほんの
「卑怯者?」
「君が公爵令息の婚約者なのだと知っているのに、彼に君を渡したくない。けれど僕はあまりに非力で君を奪えるほどの力を一つも持っていない。それなのに、君を傷つけることをわかりながら望んでいた」
「ジョゼフ様⋯⋯」
「ジェントルの力を借りてじゃなければ、君の気を引くこともできなかった。それで君がすっかりジェントルを気に入って、ここへ通ってくれることを密かに喜ばしいと思っていた」
ジョゼフは、今ここで自分の心の内を明かしている。
「そんなことをしてでも、君をあの令息から奪ってしまいたかった。そんなこと、できる力なんてこれっぽっちもないくせに」
「ジョゼフ様」
ジョゼフの青い瞳は、くすんだ硝子から差し込む日射しを受けても、澄んで美しく見えていた。
燦めく金色、黄色一色の世界にいて、自身に輝きも価値も見出すことができないまま、流されるように生きていたコートニーだった。
愛したい愛されたいという、そんな当たり前の気持ちを抱かせてくれたのは、ジョゼフとジェントルがいた青い世界だった。
「君とこんなふうになれた奇跡に甘えていたんだ。君を幸せにする実力もないというのに」
コートニーにも別れの予感はあった。コートニーこそ、自分の人生すら自分で舵取りできずにいる。なのに目の前の青年に惹かれてしまって、そのくせ何一つ現実を変えることはできずにいた。
「君が好きなんだ」
「ジョゼフ様⋯⋯」
「どうしようもないほど、好きで堪らないんだ」
「私も。私も貴方が好きよ」
「知ってるよ。君はとても素直なひとだから。僕みたいな半端な奴を好いてくれるなんて物好きは、君くらいだよ」
コートニーは、そっとジョゼフに手を伸ばした。彼の手に手を乗せてジョゼフの手を握れば、その手を解かれ逆にジョゼフに手を握られた。
初めて触れたジョゼフの手は、とても温かだった。その手の中に、心まですっぽり包みこまれているように思えた。
「君の幸福を祈っているよ。もっと自分を信じてやれるくらいには頑張ってみるよ。だから、ジェントルを頼んでもいい?君の心に僕がいることを忘れてほしくないんだ」
コートニーは、ジョゼフになんと答えただろう。確かになにかを言ったのだが、そこのところの記憶がなかった。ただ、水底を覗くような澄んだ青い瞳を見つめるうちに、水面が風に吹かれて揺れるようにジョゼフが揺らいで見えた。
「泣かないで、コートニー嬢」
温かな指先がコートニーの涙を拭って、それなのに、ジョゼフの瞳も濡れていた。
「大好きよ、ジョゼフ様」
どこにいても、誰といても、私も貴方の幸せを祈っている。
コートニーは結局、小説の主人公のように、全てを捨てて恋する人を選ぶことはできなかった。
義父が定めた道筋に従って、その先の人生を生きることしかできなかった。
ジョゼフは、冬季休暇が明けたときには、コートニーの世界から消えていた。春まで、と言っていたのに、春が来るのを待たずに、彼は祖母のいる港湾都市に移ってしまった。
冬季休暇に入る前の日に、ジョゼフはジェントルをあの温室に連れてきた。
そこで、ジェントルの育て方を教えてくれた。与える食事や好物や、水浴びが好きなことも放鳥をさせることも、色んなことを教えてくれた。
そうしてコートニーの瞳を見つめて、もう一度、好きだと言ってくれた。
それから二人は、触れるだけの口づけを交わした。初めて知った口づけは、甘く切なく哀しいものだった。
コートニーはジョゼフを失って、黄色い世界に残ることになった。けれどもう、一人ではなかった。今はジェントルがいてくれる。
青い小鳥は、伯爵家の小さな弟妹たちを
遠くに越してしまう友人から譲られたと言えば、あの兄まで様子を見にくるほど、愛嬌たっぷりの
侍女たちにも愛らしい仕草を見せては、伯爵家に明るい笑いをもたらした。
そして同じころ、母は臨月を迎えていた。
義父はますます用心深く母の身辺に気を配り、大切にされるあまり、母こそジェントルよりも鳥籠に捕らわれているような有り様だった。
そんなある日、学園から戻ったコートニーは、珍しく母に出迎えられた。どうやら義父は会合があったらしく留守のようだった。
「コートニー。偶にはお茶に付き合ってくれない?」
お茶に付き合えずにいたのは母のほうなのに、母はそんなことを言ってコートニーをティールームに誘った。
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