第4話 月子姉さん
この物語はフィクションであり、特定の個人、団体とは一切関係ありません。
太鼓の音が響き渡ると、雑談をしていた大人たちは、一斉に居ずまいを正し、胡座や横座りを正座に直した。
スーツ姿の司会進行役が祭壇の横に立ち、周囲にお辞儀をして、マイクを使って挨拶をする。
「本日は皆様、ご多忙の折、世界光明真教当地区・伊藤和子地区長のお孫様に当たられます山田康太様の初参儀の礼にご列席賜り、誠にありがとうございます。私、本儀礼の司会進行を務めさせていただきます伊藤茂と申します。皆様、どうぞよろしくお願いいたします。」
周囲からは盛んに拍手が送られたが、実に異様な有り様だった。
普通の民家の居間に巨大な祭壇があることもさることながら、その普通の民家の居間で司会進行役がマイクを持って挨拶をしている。
また、その周囲の話を聞いている者たちも、隣の部屋の畳敷きに座っている者はともかく、玄関に置いてあるソファに座っている者や、食堂のダイニングチェアに座って見ている者までいる。
とにかく人が座れるようなところや、立って入れるところには、余すことなく人がいて、当然、場所によっては司会進行役どころか、祭壇すら見えない位置にいる者もいるし、中には民家の洗面所や風呂の洗い場にいる者までいたが、誰もそのことを気にしていなかった。
「それでは早速ながら、本儀式を取り仕切ります当地区地区長・伊藤和子のご神臨を仰ぎたいと思います。それでは皆様、ご唱和ください。」
司会の言葉が途切れると、あたかもその場にいた全員が呼吸を合わせるように、一斉に
「天光明、地光明、人光明」
と口々に唱え始めた。
やがて、その音量は徐々に大きくなり、大きなうねりとなって、ガラスが震えるほどの大合唱となった。その轟くような真言の中、白を基調とした麻の斎服を身にまとった祖母が2階から姿を現した。
つい先ほどまで、階段には多くの信者がいたはずだが、祖母が降りるときには、その者たちはどこに行ったのか、階段はきれいにスペースが空けられていた。
祖母は階段を降り切ると、摺り足で板の間を歩き、居間の入り口で90度静かに回転し、また摺り足で祭壇の前まで進んだ。
そこで祖母は祭壇に一礼すると、安置してある大幣を手に取り、振り返ると周囲の信者に対して左右に2度、大幣を振り祓った。
信者の唱和はますます大きくなり、いよいよ最高潮を迎える。
僕が月子姉さんに着替えを手伝ってもらっている部屋にも、唱和の声は聞こえていた。
今までも何回か母に連れられてお参りに参加していたから、真言の唱和については慣れていたが、今日の神事は自分のために開かれていると聞かされ、僕は緊張が高まっていた。
「いい康ちゃん、もう一度手順を確認するね。まず居間に入ったら、目の前に祭壇があるからね。そして、その横に地区長様もいらっしゃるの。」
「おばあちゃんだね。」
「そう。だけど、おばあちゃんは世界光明真教の地区長でもあるから、この初参儀が終わるまでは、呼ばなければいけないときは、おばあちゃんではなく、地区長と呼んでね。」
そう言った月子姉さんは、少し長く息を吐き表情を曇らせた。
「大丈夫?月子姉さん疲れた?」
僕がそう聞くと月子姉さんは軽く頭を左右に振って、笑顔で僕の頭を撫でると、机の上に置いてあった誓紙と、折りたたんだ紙に包まれた生米を僕に手渡した。
「これまで何回かお参りに参加したことはあったよね。今日は康ちゃんの初参儀だけど、立ち振る舞い自体は、特段変わるものではないの。祭壇の前に進み出たら、誓紙を戴いてから神前に捧げて。お米も同じようにしてね。」
「うん、分かった。やったことあるから大丈夫だと思う。」
僕が請け合うと、月子姉さんは目を細めた。
「偉い偉い。タイミングに関しては私が合図するからね。それに、分からなくなったら振り返って私を見て。近くへ行って耳打ちするから。」
そう言うと月子姉さんは『こういうふうにね』とでも言うように、僕の耳元に口を寄せて言った。
月子姉さんの柔らかく甘い香りがほのかに漂い、短めに切り揃えられた髪が僕の頬に触れ、月子姉さんに心臓の音が聞こえてしまうのではないかと恐れるほど、僕の心臓は高鳴っていた。
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