第七話:魔王の食卓と、納豆の逆襲

 魔王の使者撃退から三日。王都は平穏を取り戻したかに見えたが、日本食亭の行列はさらに長くなり、衛兵までが抜け駆けで味噌汁をねだる始末。

 俺は王宮と貧民街を往復する日々。転送能力の限界を試すように、メニューを増やした。納豆ご飯、梅干しおにぎり、さらにはカレーライス(異世界スパイスで代用)。日本人ネットワークのフィードバックは、感謝とリクエストの嵐だ。  『納豆転送ありがとう! 糸引きで王女の髪に絡まって大惨事だったけど、笑えたわ』

 『カレー作ったぜ。異世界の芋が意外と合う。魔王軍のスパイが嗅ぎつけないよう祈るよ』  美香の情報網が、宮廷の噂を運んでくる。「魔王が動いたわ。使者のザルドックが、わさびの味を絶賛したせいで……本人が王都に潜入するらしい。食を求めて」  食を求めて? 魔王がラーメン目当てで来るなんて、異世界小説の王道が崩壊してる。健太が鍋を掻き回しながら笑う。「なら、歓迎ムードでいこうぜ。納豆で同盟結べるかもな」  その夜、店を閉めた後。フィードバックに、異様なシグナルが入った。

 『全員、警戒! 魔王の気配、王都中心部。けど……腹の音が聞こえる? 空腹オーラ全開だ』  透明化チートの奴の偵察報告。魔王、単独潜入か。護衛なしで、匂いを追ってるらしい。

 俺は即決。『緊急転送:納豆一パック、対象:魔王の位置。追跡モードで匂い誘導』  光の粒子が夜空に溶け、納豆の独特な発酵臭が王都に広がる。フィードバックの反応が、即座に変わる。  『納豆の匂い!? 誰だよ、こんなタイミングで……待て、魔王の足音が速くなった! 吸い寄せられてる!』  翌朝、日本食亭はいつも通り開店。だが、客層が違う。黒い影が、カウンターに座る。角の生えた巨漢、赤い瞳にマント。魔王ヴォルドガン本人だ。気配を抑えてるが、俺にはわかる。  店内の日本人たちが凍りつく。翔が火魔法を構え、剣チートの奴が刀に手をかける。健太が鍋を握りしめ、俺は平静を装って声をかける。

 「いらっしゃいませ。魔王陛下ですか? メニューは……納豆ラーメン、特製ですよ」  魔王の瞳が細まる。「転生者の首領か。ザルドックの報告通り、味の魔術師め。朕の軍を侮辱した罪、食で贖え」

 威圧感が店を圧す。だが、鼻をクンクン動かす。「この匂い……昨夜の誘惑か。納豆、とは何だ?」  俺は転送。『納豆ラーメン一碗、対象:魔王。隠し味、わさび納豆ドロップ』

 丼がカウンターに現れる。糸引き納豆をスープに絡め、麺の上にトッピング。魔王が箸を手に取り、一口。  「……! この粘り、発酵の深み……辛さと旨味が融合……!」

 二口、三口。箸の速度が上がる。店内の緊張が、徐々に緩む。  だが、納豆ドロップに到達。ガブリ。

 「ぐむっ……? これは……糸が! 鼻が! わさびの裏切りと納豆の執着が、脳を溶かす……!!」  魔王が丼を叩きつけ、鼻を押さえて立ち上がる。糸引き納豆が顔中に絡まり、赤い瞳が涙で潤む。「貴様……この味、忘れられぬ呪いだ! 朕の軍、解散せよ……いや、もっと食わせろ!」  意外な叫び。護衛の気配がない分、単独の弱みか。俺は続けて転送。

 『緊急転送:梅干し爆弾、対象:魔王の懐。酸っぱさで中和』  梅干しがポンッと出現。魔王が慌ててかじる。「酸味が……納豆の粘りを切る! 完璧なバランス……!」

 わさびの衝撃が収まり、魔王の表情が変わる。座り直し、丼を平らげる。  「ふむ……転生者の食、朕の征服欲を凌駕する。条件だ。軍を王都から引き上げ、この味を魔王城に定期供給せよ。さすれば、和平を結ぶ」  店内がどよめく。日本人たちが顔を見合わせ、翔が小声。「マジかよ、納豆で世界平和?」

 俺は頷く。「わかりました。けど、材料の秘密は守ります。味噌汁外交、成功ですね」  魔王が立ち上がり、満足げにマントを翻す。「次はカレーだ。辛さの頂点を、朕が見極めてやる」

 去り際に、金貨の袋をカウンターに置く。重い。異世界一のVIP客、誕生か。  店が再開し、客たちが歓声。フィードバックが祝福の嵐。

 『魔王降伏! 納豆最強! 太郎兄貴、英雄だぜ!』

 『これでハーレムじゃなく、飯のハーレムかよ。笑える』  夕暮れの貧民街で、俺は健太とビールを転送して乾杯。美香の伝言が届く。「王女も喜んでるわ。次は魔王城で晩餐会よ」  王都の空に、穏やかな風が吹く。日本食の匂いが、街全体を包み込んだ。革命は、まだ始まったばかりだ。 (つづく)

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