第五話:王女の来店と、わさびの外交 翌朝、王都の貧民街は異様な熱気に包まれていた。
「日本食亭」の看板――転送で呼び出した合板に、俺が手書きで「醤油ラーメン 1銅貨」と殴り書きしただけの簡易版――の前には、すでに列ができてる。
日本人だけじゃなく、地元の冒険者や商人まで。昨夜のわさび事件の噂が、匂いと共に広がったらしい。 健太が鍋を振るい、俺が転送で材料をポンポン補充。朝イチのメニューは、味噌汁定食。米に味噌汁、漬物代わりの梅干し付き。
「次の方ー! 熱々ですよ、火傷注意!」 列の先頭は、昨日来たガキ。名前は田中翔、元高校生転生者。
「兄ちゃん、今日もおにぎり追加で! 奴隷市場のボスに売ろうと思ってさ、転売で金稼ぎだぜ」 笑える。調味料チートが、異世界のブラックマーケットを変えるなんて。
フィードバックの波は止まらない。 『日本食亭、行列ヤバい! 俺も今向かう。ポテサラのレシピ転送頼む!』
『王宮から抜け出してきた。わさび兵器の話、聞いたか? 魔王軍が鼻水垂らして逃げたってよ』 日本人総勢十五人。みんな、転生後のチート能力を自慢げに披露。剣無双の奴、回復魔法のヒーラー、果ては「透明化」でスパイやってる元サラリーマンまで。
カウンター裏で、即席のミーティング。 「みんな、集まってくれてサンキュー。俺の能力は転送だけだけど、材料さえあれば最強の飯が作れる。魔王軍が狙ってる以上、結束固めようぜ」 翔が拳を握る。「俺の火魔法で厨房補助するよ! ラーメンのスープ、沸かすの早くなるぜ」
他の奴らも頷く。「王女の侍女やってるあたし、宮廷に潜入して味噌汁推しとくわ。味見させてやる」 開店から二時間、客足がピークに。銅貨の山ができあがる頃、外から馬車の音。
立派な馬車、金ピカの装飾。衛兵が四人、周りを固めてる。
貧民街に、こんな豪華客が来るなんて。 扉が開き、中から降りてきたのは、金髪の美女。絹のドレスに、宝石の首飾り。年齢は十八くらい、王族の気品が漂う。
後ろに、侍女姿の日本人OL――さっきのフィードバックの主だ。 「ここが、あの『天上の味』の店……?」
王女の声は、鈴みたいに澄んでる。エルフィリア女神に似てるな、と思った瞬間、侍女が耳打ち。「殿下、味噌汁の件です。昨日、厨房で出したら絶賛でしたけど、材料の秘密が……」 王女の瞳が輝く。「ふむ、噂の転生者たちの味か。わたくしも試してみたいわ」 店内が静まり返る。日本人客が固唾を飲む中、健太が慌てて特上丼を出す。醤油ラーメン、チャーシュー増し、わかめとネギトッピング。
王女が箸を手に取り、一口啜る。 「……! これは……出汁の深み、醤油の甘辛さ、麺のコシ……異世界の飯とは次元が違う!」
目がハートマーク。箸が止まらん。侍女がニヤリ。「殿下、転送能力の持ち主が店主です。材料は無限ですよ」 王女が俺を指差す。「あなたが? 素晴らしい! 宮廷の料理人に任命するわ。報酬は金貨百枚、城の部屋も用意する」 日本人たちが沸く。俺は頭を掻く。「いや、俺はここでみんなと……」
だが、王女の侍女が目配せ。「チャンスよ。宮廷に潜り込めば、魔王軍の情報も取れるわ」 交渉成立。王女は丼を平らげ、満足げに去る。馬車が去った後、店内大爆笑。
「王女ハマった! これで宮廷ルート開通だぜ」 だが、喜びは束の間。フィードバックに、異変の声。 『魔王軍の増援だ! 路地の外に十人。わさびじゃ足りねえかも……』 窓から覗くと、黒ローブの集団。昨夜の残党か、先鋒部隊。リーダーが叫ぶ。「転生者の味を、魔王陛下に献上せよ! 抵抗は無用だ!」 日本人たちが立ち上がる。翔の火魔法が炎を灯し、剣チートの奴が刀を抜く。俺はカウンターから転送連発。
『緊急転送:激辛カレー粉、対象:敵集団。目と鼻に直撃!』 赤い粉が舞い上がり、敵の仮面を染める。咳き込みの嵐。「ぐあっ! 辛い、目が溶ける!」
続けて、『わさびガスボム、対象:リーダー』。緑の霧が爆発、リーダーが鼻を押さえて逃走。 戦いは五分で終了。日本人たちの能力と調味料のコンボ、無敵だ。
残党のローブから、手紙が出てきた。「魔王の命令:転生者の食を奪え。味見せよ」 健太が眉をひそめる。「魔王も日本食に目つけたか。次は大規模来襲だな」 その夜、王宮の宴。王女の隣で、俺は味噌汁を振る舞う。貴族たちが絶賛する中、侍女が囁く。
「魔王軍の動き、活発化してるわ。食の革命、止まらないで」 王都の空に、月が昇る。フィードバックのネットワークは、さらに広がりを見せていた。
――魔王の玉座で、わさびの残り香が、意外な渇望を生むなんて、俺はまだ知らなかった。 (つづく)
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