第三話:王都の地下で、味噌汁の反乱
森を抜けると、道は開けた平原に変わった。
遠くに、王都アステリアの城壁が見えてくる。高くそびえる石壁に、旗がはためき、門の前で商人たちが馬車を並べている。
異世界の空気は新鮮で、俺の新品の肺をくすぐる。20歳の体、最高だ。
歩きながら、能力を試し続ける。
『転送:わさび一管、対象:ランダム同胞』
即座にフィードバック。
『うわっ、鼻が! 誰だよ、わさび送ってきて! 俺、貴族の厨房で働いてるんだけど、これで寿司作れるかも……いや、鼻水止まらん!』
笑いが止まらない。わさびの衝撃、忘れられないよな。
次は本気モード。『米五合、醤油、味噌、対象:全同胞。追加で、割り箸セット』
反応の嵐。 『米きた! 味噌汁の匂いが……家に帰った気分だぜ。割り箸ありがとう、フォークじゃ箸置きにくいんだよな』
『ポン酢転送された! 異世界の肉にこれかぶっかけるだけで、しゃぶしゃぶ完成。神、俺の神!』
同胞たちの声が、頭の中でエコーする。
これ、テレパシーじゃなくて、転送の副作用か? でも便利だ。位置情報もぼんやりわかる。王都周辺に、十人以上の日本人シグナル。
奴隷市場の近くに三人、冒険者ギルドに二人、王宮厨房に……お、料理人らしき奴が地下牢?
王都の門に着いた。衛兵が二人、槍を構え、俺を睨む。こいつら、ただの新入りじゃ通さない気だ。
「身分証を見せろ、新入りめ。魔王軍のスパイが増えてるんだ。怪しい奴は即座に拘束だ」
身分証? ないよ、そんなもん。転生直後だぞ。
一瞬、冷や汗。こいつら本気モードだ。槍の穂先が俺の胸に近づき、もう一人が後ろから回り込もうとする。
ヤバい、捕まるか? いや、待て。調味料チートで何とかする。
俺は素早く能力発動。
『転送:米と醤油のおにぎり二個、対象:この衛兵二人。熱々で』
掌に光が集まり、二人の懐に温かいおにぎりがポンッと出現。海苔巻き風に仕上げてみた。異世界じゃ珍しい米の塊だ。
衛兵の一人がびっくりして手を入れる。「な、何だこれ……米の塊? 匂いが……なんだ、この香ばしい……」
もう一人が警戒しつつ、覗き込む。「おい、待て! 毒か!?」
だが、熱々の湯気が立ち上り、醤油の甘辛い匂いが広がる。衛兵の腹が、グゥと鳴った。
先頭の奴が我慢できず、一口かじる。
「……う、うまい! 何だこの味、塩だけじゃねえ……深みがある!」
後ろの衛兵も負けじと一口。
「こりゃ……神の恵みだ。毎日食ってるパンとスープじゃ味気ねえのに、これ一個で腹が満たされる」
二人はおにぎりを頬張り、目を輝かせる。槍を下ろし、警戒心が溶ける。異世界のクソ飯しか食ってないんだろうな。醤油の塩気が効いてる。
「ふん、怪しい奴じゃねえみたいだな。よし、通れ! ただし、次はちゃんと身分証持ってこいよ。……それと、この『おにぎり』ってのを、またくれねえか?」
衛兵がニヤリと笑い、門を開ける。俺は内心ガッツポーズ。調味料チート、交渉術としても最強じゃん。
門をくぐると、王都の喧騒が俺を包む。石畳の通り、石造りの家屋、露店で売られる異世界の果物や肉。匂いが……うわ、想像通りクソ不味そう。ハーブと塩の臭いが混じって、化学兵器みたいだ。
同胞の嘆きがわかるわ。
まずはギルドだ。冒険者登録して、金稼ぎの足がかりに。
ギルドの建物はでかい。木の扉を開けると、酒場みたいなカウンターに、剣士や魔法使い風の連中がわいわい。
受付のエルフ美女が微笑む。「新入りさん? 登録はこちらで」
書類にサインし、簡単なテスト。木の的を殴る力測定だ。
俺の拳が当たると、的が少しへこむ。20歳ボディ、悪くない。Dランク合格。
報酬の銅貨を握りしめ、外に出る。
次は地下牢の料理人救出……いや、接触だ。能力で位置特定できた。城壁の外れ、貧民街の路地裏に続く下水道口。
路地を進むと、怪しい男たちがたむろしてる。魔王軍のスパイか? 俺は壁際に隠れ、能力を囁く。
『転送:唐辛子粉末、対象:周囲の敵対者。大量』 光の粒子が散り、男たちの懐に赤い粉がポロポロ。
一人がくしゃみ連発。
「うわ、目が! 何だこの粉、呪いか!?」
他の奴らも咳き込み、路地から逃げ出す。チャンスだ。
下水道に潜り、湿った階段を降りる。暗闇に目が慣れると、鉄格子の牢が見えた。
中には、ボロボロの男。30代後半、日本人特有の疲れた目。
「よお、料理人さんか? 俺、佐藤太郎。調味料の送り主だ」
男の目が見開く。「お、お前か! あの醤油の……ありがとう! 魔王軍の飯、塩と謎の草だけだったんだ。味噌でスープ作ったら、看守が感動して優しくなちまったよ」
笑い合う。名前は鈴木健太、元シェフ。勇者パーティーの料理担当だったが、裏切り者扱いで投獄されたらしい。
鉄格子に手を触れ、『転送:酢と重曹、対象:ここ。爆発で鍵壊す用』。
即席の化学反応で錆びた鍵がパキッと折れる。
「すげえ能力だな。俺ら日本人、みんなお前の転送で救われてるぜ。王宮の厨房にいる奴、味噌汁で王女の機嫌取ってるし、奴隷市場の兄ちゃんは醤油で魚焼いて小遣い稼ぎだ」
健太の言葉に、胸が熱くなる。結束の始まりだ。
外に出て、貧民街の空き家に潜む。健太が火を起こし、転送された米を鍋で炊く。俺は醤油と鰹節で出汁取り。
出来上がったのは、シンプルな親子丼。異世界の鶏肉が、意外とイケる。
箸で頬張りながら、健太が言う。「これ、王都中に広めようぜ。『日本食亭』開店だ。チート能力で材料無限、客は日本人からスタート。バズるぞ、絶対」 その時、フィードバックの波が来た。
『親子丼の匂いが……誰だ、こんなの転送!? 腹減った、場所教えてくれ!』
『味噌ラーメン作ったよ! 他の日本人、集まれー!』
王都の日本人たちが、匂いを追うように動き出す。
だが、喜びの裏で、影が忍び寄る。魔王軍の斥候が、路地をうろつく。
――食の革命が、戦争の火種になるなんて、俺はまだ知らなかった。 (つづく)
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