第15話:国家を賭けたテーブル
王都ベガロス、中央迎賓館――。
シャンデリアが煌めく大広間には、
新政府関係者、貴族、商人、そしてギャンブラーたちが集まっていた。
壇上中央には一つのテーブル。
その上には金のコインと、透明なダイスが置かれている。
これが、国の命運を決める《運命ベット》のテーブルだった。
「……ついに始まるか」
烏丸鴉真(からすま・あすま)が椅子に腰を下ろし、
ダイスを手の中で転がす。
その隣にはディーラーのミラ・ヴェルティア。
肩の上には黒猫のロット。
「なんか……空気が重いな。
これ、国全体が賭けられてるってマジでヤバくね?」
「別に。賭ける対象が国になっただけだ。
ルールは同じ。勝てば全部、負ければゼロ」
「……いや、普通の人はその発想にならねぇ」
ロットが呆れ、ミラは小さくため息をついた。
「あなたは本当に、怖いもの知らずですね。
……でも、そこがあなたらしいです」
「褒め言葉として受け取っとく」
⸻
壇上に立つのは、新政府代表ヴェルド・グラン。
年は鴉真とそう変わらない。
だが、その瞳は鋭く、計算された自信に満ちていた。
「諸君。これより、我々は一つの“賭け”を始める。
この国の統治権を、勝者の手に委ねる!」
会場がどよめく。
ヴェルドが片手を掲げると、巨大なホログラム状のルーレットが天井に浮かび上がった。
「ルールはシンプルだ。
《運命ベット》。
互いに三回の勝負を行う。
それぞれの勝負で得た“運値”の総合が高い方が勝ち。
ただし――一度でも“零(ゼロ)”を引けば即敗北だ」
「ゼロを引いた瞬間、終わりってわけか。
面白ぇ」
鴉真の目に光が宿る。
「では、第一戦――《ルーレット・オブ・ナンバーズ》!」
⸻
ルーレットが回転する。
光が駆け巡り、観客たちが息を呑む。
「このルーレットには、1から99までの数字が刻まれている。
各自が数字を宣言し、その数を超えなければ勝ちだ。
ただし、“ゼロ”に止まれば即負け」
「なるほど。いわゆるチキンレースだな」
「そういうことだ」
ヴェルドが先に手を挙げる。
「俺の宣言は、92だ」
「強気だな」
「国家を賭ける勝負に、弱気は不要だ」
ルーレットが回る。
光の針が駆け抜け――止まった。
【89】
「……ふっ。まずは俺の勝ちだ」
観客席が沸き上がる。
「おいおい、初戦からギリギリじゃねぇか。
面白くなってきたな」
「次はあなたの番です、鴉真」
「言われなくても分かってる」
鴉真は立ち上がり、ルーレットに向かって指を鳴らした。
「宣言:95」
ヴェルドが目を細める。
「ほう。俺より上を狙うか」
「当たり前だ。勝負はギリギリで攻める方が燃える」
ルーレットが回る。
針が光の中を走り――止まる。
【95】
「……ぴったり?」
ミラが目を見開く。
観客たちの息が止まった。
「奇跡だ……!」
ロットが尻尾を跳ね上げて叫ぶ。
「すげぇ、ピッタリだ! ありえねぇ!」
鴉真は笑いながらダイスを弄ぶ。
「ツキってのは、呼べば来るもんだ」
ヴェルドが小さく笑う。
「ふむ。さすが“転生ギャンブラー”。
だが、次はそう簡単にはいかない」
⸻
ディーラーのミラがテーブルにカードを並べる。
「この勝負は、互いにカードを一枚引くだけ。
数値が高い方が勝ち。
ただし、カードには“罠”が混ざっている」
「罠?」
「“運値逆転”カード。
引いた瞬間、自分と相手の勝敗が入れ替わる」
「ほう……面白ぇ」
ヴェルドが笑い、カードに手を伸ばす。
彼の引いたカードは――【10】。
「悪くない」
「じゃあ次は俺だな」
鴉真は軽く目を閉じ、呼吸を整える。
スキル《ギャンブル》が反応し、
カードの裏に“流れ”が見えた。
「この右端だ」
引いたカードを表に返す。
【9】。
観客たちがざわめく。
「こっちの方が高いな。
この時点で二勝目――」
だがその瞬間、カードの模様が光を帯び、
裏返った。
【逆転】
「……!」
ヴェルドが目を見開く。
「まさか、“運値逆転”を自分で引きに行くとは……!」
「運は選ぶもんじゃねぇ。呼び込むもんだ」
鴉真が指を鳴らす。
カードが燃え、空中に散った。
「一勝一敗。悪くねぇ流れだな」
⸻
そして、最終戦。
ヴェルドが立ち上がり、最後のゲームを宣言する。
「
それぞれの“運”をエネルギーに変換し、
どちらの天秤が傾くかで勝敗を決める。
この国の未来を、ツキそのもので測る最終勝負だ」
天井が開き、巨大な魔導装置が姿を現す。
透明な皿の上に、光の粒が積もっていく。
一方がヴェルドのツキ、もう一方が鴉真のツキ。
「さぁ、勝負を始めよう」
装置が起動し、光が集まる。
ヴェルドの皿に輝く粒が溢れ出した。
「ふふ、見ろ! これが国家を導く者のツキだ!」
会場が沸き上がる。
だが鴉真は動じない。
静かにダイスを握りしめた。
「スキル発動——《ギャンブル》」
銀の閃光が走る。
装置の中で、ツキの流れが一瞬だけ逆転した。
光の粒が逆流し、鴉真の皿に雪崩れ込む。
「なっ……!? ツキが——吸われている!?」
「ツキは止まらねぇ。
強い方へ、流れる方へ、自然に傾く」
天秤が音を立てて傾いた。
結果——烏丸鴉真の勝利。
沈黙。
そして、嵐のような歓声。
「勝者——烏丸鴉真!」
⸻
ヴェルドは一歩下がり、微笑んだ。
「なるほど。これが本物の“ツキ”か。
俺たちはまだ、賭けの入口に立っただけらしい」
「賭けに終わりなんてねぇ。
勝った奴が次の賭場を作る。それだけだ」
「……いいだろう。ならこの国は、あなたに託す」
鴉真は肩をすくめた。
「託されても困る。
俺は国王より、ディーラーと飲む方が性に合ってる」
「……やっぱり、あなたですね」
ミラが笑い、ロットが尻尾を振る。
「おーい鴉真、次の勝負どうする?
国よりデザート賭けようぜ!」
「ケーキか……悪くねぇ」
「また食べ物かよ!」
笑い声が、賭けの終わった会場に広がった。
ツキを賭けた国家の勝負は、終わりを告げた。
だが烏丸鴉真のギャンブルは、まだ始まったばかりだった。
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