第2話:王都カジノの美女ディーラー

 王都ベガロス

 その街に足を踏み入れた瞬間、烏丸鴉真(からすま・あすま)は思わず笑った。


 昼も夜も区別のない光の渦。

 建物の屋根にはダイスが転がり、通りの至るところでカードの音が響く。

 この世界は、どうやら「運」を信仰しているらしい。


 路上の屋台では、買い物の支払いをサイコロで決め、

 子どもたちはチップを使ってジャンケンを賭けていた。


「狂ってるな。だが、嫌いじゃねぇ」


 鴉真はポケットの中の銀のダイスを軽く回す。

 指の感触が、前世のカジノの記憶を呼び起こす。


 負けたら終わり。勝てば、すべてを得る。

 この街全体が、そのルールで動いているようだった。


 ——まさに天職。俺が生きるべき世界だ。


 歩きながら、すれ違った男が肩をぶつけてきた。

 すぐに鴉真は違和感に気づく。


(スリか)


 動きの癖、視線の逃げ方、全部が小物臭い。

 男の指がポケットに触れた瞬間、鴉真のダイスが落ちる。

 転がって出た目は——6。


「運が悪いな」


 男の足元が滑り、派手に転倒。

 掠め取ろうとした財布が宙に浮く。

 鴉真は片手でキャッチし、軽く笑った。


「勝負事ってのは、“ツキ”がある方に転がるもんだ」


「て、てめぇ……!」


「もう一回勝負するか? 今度は命で」


 冗談めかしたその声に、男は青ざめて逃げ出した。

 周囲の人々がざわめく。

 「スキル《ギャンブル》の男だ……」「転生者らしい……」

 噂が広がっていく。悪くない。

 名前は、恐怖よりも先に流す方が勝つ。


 ◇◇◇


 王都の中心にそびえるのは、巨大な塔——

 《グランドカジノ・ベガロス》。

 外壁は黒曜石のように光り、扉の取っ手は金色のチップでできている。


「ようこそ、カジノ《ベガロス》へ」


 声に振り向くと、そこに立っていたのは金髪の美女。

 白い手袋。整った顔立ち。見覚えがある。


「……あんた、昨日の夢に出てきたな」


「夢ではありません。あれは《転生審査場》。

 私はミラ・ヴェルティア。このカジノの主任ディーラーです」


 金の瞳が笑う。

 やはり、転生直後に出会った女だ。


「へぇ。再会の舞台がカジノとは、運命ってやつか」


「運命かは知りませんが……あなたのような人を待っていました」


「つまり、俺みたいな“賭ける馬鹿”をな」


「ええ。博徒ギャンブラー、烏丸鴉真。

 ここでは、命をチップとして賭けるのが当たり前です」


「命を賭ける? それでツキが上がるなら、安いもんだ」


 ミラはカードを取り出し、軽やかにシャッフルする。

 その手つきは完璧。美しいまでの均一なリズム。


「ゲームはブラックジャック。最初の勝負としては妥当でしょう」


「いいね。俺の世界でも慣れ親しんだゲームだ」


「では——始めましょうか」


 カードが配られる音が響く。

 観客たちがざわつき始める。転生者とディーラーの対決。

 それだけで、カジノ中の注目が集まる。



 鴉真の手札:【10】と【7】。合計17。

 ディーラーの表向きカード:【9】。


(微妙なラインだな)


 ブラックジャックでは、ディーラーは17以上で必ずスタンド。

 つまり、このままでは負ける可能性が高い。


「……ヒットだ」


「了解」


 ミラがカードをめくる。出たのは【3】。

 合計20。

 鴉真が満足げに頷く。


「スタンド」


「では、こちらの手札をオープンします」


 ミラの裏カードは【7】。合計16。

 ルール上、17未満なので、もう一枚を引く。

 カードは【5】。合計21。


 場の空気が一変した。


「……21。私の勝ちですね」


「やるじゃねぇか」


 鴉真は椅子にもたれ、笑った。

 その余裕に、ミラが首を傾げる。


「負けたのに、楽しそうですね」


「負けるのも、勝つための準備だ」


 その瞬間、鴉真の手の中のダイスが光を帯びる。



スキル発動:《ギャンブル》Lv1

・“一度きりの再ベット”を宣言可能。

・成功すれば、勝率の再抽選が行われる。



「再ベットだ」


「……再ベット?」


「この勝負を、もう一回“確率の裏”で賭け直す」


 ダイスが宙を舞う。

 出目は——1。最悪の数字。

 しかし、鴉真は笑う。


「最低の出目ほど、ひっくり返した時が気持ちいいんだ」


 次の瞬間、テーブル上のカードが淡く光る。

 ディーラーの【5】が、【4】に書き換わった。


 21から、20へ。

 そして鴉真の手札——【10】【7】【3】が、【10】【7】【4】に。

 合計21。


 観客がどよめいた。


「っ……あり得ません。カードが……!」


「《ギャンブル》は、確率の支配を許さねぇスキルだ。

 勝つ確率? そんなもん、上書きすりゃいい」


 ミラは静かに息を吐く。

 笑みを浮かべながら、負けを認めた。


「……あなた、本当に危険な人ですね」


「誉め言葉として受け取っとく」


 鴉真が立ち上がる。

 テーブルの上に残るチップを軽く指で弾いた。


「ディーラー。次は命を賭ける勝負ってのもアリか?」


「……ふふ、あなたのような人は初めてです」


「それ、悪い意味か?」


「いいえ。——惹かれますね」


 ミラの瞳が、ほんの一瞬だけ柔らかくなった。

 そしてすぐ、ディーラーの顔に戻る。


「では次の卓でお待ちしています。

 今度の賭けは、命でも運でも……“何でも”どうぞ」


「言ったな。じゃあ次は、命とキスで」


「……っ!」


「冗談だよ。……半分はな」


 鴉真が笑いながら背を向ける。

 ダイスがポケットの中で軽く鳴った。


 勝ち負けだけじゃない。

 この世界では、命そのものがチップだ。

 それが、烏丸鴉真にとっては最高の“遊び場”だった。

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