第2話 少女剣士と錬金術師

「なんですこれは」

「ワタシの作った人工宝石です。たくさんありますからおひとつどうぞ。これを質屋に持ってけば――おっと睨まないでください、ちゃんと天然ではなく人工だと伝えてます――それなりのお金になります」

「わたし一応派遣の身です。王国の陛下からお給料貰ってますし、食べるのには困ってませんが」

「ああ、そういう意味ではなくてですね」

おにぎりを食べ終わり、チカゲは美しく微笑むと、赤い血の滴るような目でリオンを覗き込むのだった。

「アナタがここにきて数ヶ月経ちましたね。その間に何度かこうして顔を合わせている。これも何かの縁でしょう。とっておいてください」

意味が分からなかった。というよりもこの男が何を考えているのか理解不能だった。なぜって、胡散臭くて美しい、あの笑みを浮かべているからだ。

「おにぎりとこれでは釣り合いませんよ」

「それでは、せめてあなたの故郷のお話を聞かせて頂けませんか?」

リオンはため息をついた。

「もしかしてそれが目的ですか?」

「はい?」

すっとぼけているが男はにこにこ笑っている。リオンはまた蹴ってやりたくなったが我慢した。

「いい加減にして。何か知りたいなら正攻法でどうぞ。この宝石を使って何か聞き出すつもりなら正直にそう言って下さい」

チカゲの表情がすっと冷たくなった。まるで興味をなくしたように石を仕舞い込む。

「ああそうですか。ではこの石を渡すのはやめましょう。アナタの故郷の話が知りたいです」

「知ってどうするんですか」

「……もうこの世にない村、その生き残り。失礼を承知で言わせて貰えば、気にならない方がおかしいとは思いません?」

「あなた本当に失礼ですね」

「そうですね、大変失礼しました。おにぎりご馳走様」

そのままチカゲが立ちあがろうとする。リオンは少し考え、彼の横に座った。

彼が静かに座り直す。

リオンはため息を吐いて喋り出した。今は見回りの休憩中だ。ここで少しゆっくりしても問題はないだろう。

「わたしの住んでいた銀竜村は、竜が住むと言われていました。あくまで伝説ですが。遠い記憶では、湖があって、祠もあった気がします。でも幼いわたしの記憶ですから……。ある日アルジェント王国から男たちがやって来ました。まあ村の人間からしたら見知らぬ格好をした異邦人です。わたし達は戦いに慣れていませんでしたから、すぐにやられました。やられて逃げ惑いました。そしてわたしだけが生き残った。……おしまい」

両親のことはあえてぼかした。チカゲとは会話することが多かったからなんとなく情が湧いていたが、それ以上に警戒心もまたあったから、余計なことは言わない方がいいと思った。言いたくもなかった。

「お辛かったでしょう。大変貴重な話をありがとうございます」

微塵も同情してなさそうな顔でチカゲは言った。むしろどこか満足そうな表情に、リオンは殺意さえ湧いた。話したことを後悔したが、もう遅い。

「リオンさん、ここで生きて会えたのも何かの縁ですね。アナタが生き延びられて良かった」

微笑みながら言うものだから、なぜかリオンは腹の底から怒りが湧いた。彼の笑顔が作り物だとなんとなく分かったからだった。父の行方は知れない。母は瓦礫の下敷きになって死んだ。何が生き延びられて良かっただ。こんな話しなければ良かった。

「話はこれでおしまいですっ」

リオンは冷たく言い放つ。

「そうですか。またお話、聞かせて下さいね」

美しく微笑んで、チカゲは去って行った。

リオンはため息を吐いた。そうして見回りに戻った後、夕方、アケボノ村に向かった。


リオンの家はアケボノ村の通りに面している。近い場所に商人のダリウスが店を構えていて、とはいっても荷物を広げた移動式の店だが――リオンが村に帰ると、大抵彼は仕事を終えて店を畳む時間のため、リオンはそこで買い物をしたり、話を聞いてもらったりするのだった。


「ダリウスさん、聞いてくださいよー」

「おや、嬢ちゃんか、どうした」

ダリウスは口髭を生やした茶髪のおじさんだ。とっつきにくい見た目のため、幼い子どもには怖がられることもあったが、話してみると根がいい人だった。文句を言いながらも話を聞いてくれる、やさしい男だった。

リオンはよく彼と会い、話しているうちに信用するようになった。そこである日、自分の重い過去をひっそりと話したことがあったのだ。それをチカゲに聞かれていたのである。

「チカゲさんが、わたしの村のこと聞いていたんです。カマをかけてきて、バレちゃった上、話したらなんか満足そうな顔をされました。なんなんですかあの人っ、人の気も知らないで」

「あーチカゲねえ」

ダリウスはチカゲともそこそこ喋るようだった。というのもこの商人のおじさんの活動範囲はそこそこ広く、森を通る旅人も商売相手にしていたからだった。そのおかげかチカゲと顔を合わせることもそこそこあるようで、チカゲと、それなりに親交はあるようだった。

「アイツに腹を割って喋るのは無駄だ。無駄というか、他人に心を開いてないようなやつだ。そんな奴に秘密を漏らしてみろ。なんにもいいことはないぞ」

「聞こえてますが」

見れば、つまらなそうな顔をしたチカゲが立っていた。

「チカゲさんっ、また盗み聞きするつもりですか?」

「盗み聞きとは酷い言い草。人の通るこんな場所で話していて、ワタシが通りがかったらおかしいですか?」

「でも故郷の村の件は森の中で話していたのにっ」

「それは本当にたまたまです。謝罪したじゃありませんか」

悪びれずにチカゲは言う。

「ワタシに本心を話してもいいことはないと? ダリウスさん、それはちょっと酷いのでは? アナタのことは信頼していますのに」

「お前なぁ」

呆れたようにダリウスが言った。

「そんな態度だからいけないんだぞ。人を信用しろ」

「ワタシに人付き合いを説くのですか? 結構なことです。参考にさせて頂きます」

皮肉めいた言い方に、リオンは眉を顰めた。ダリウスはいい人だ。彼の言葉まで無碍にしようとするチカゲはまあ、不愉快だった。

「ダリウスさんの言う通りですよ。そういう人を小馬鹿にしたような態度。よくないですっ。そんなんだから、」

友達の一人もできないんだ、と言いかけてリオンは口ごもった。

「なんですか?」

「そ、そんなんだから、とにかく、人の信用を得られないんですよ。自覚して下さい」

「アナタに言われる筋合いはありませんね。警備隊員サマ」

「今わたしのこと馬鹿にしました?」

一触即発の空気を滲ませる二人に、ダリウスがため息を吐いた。

「はいはいそこまで。喧嘩ならよそでやれ」

ぷいっとリオンはそっぽを向いた。

「ダリウスさん、ジャム売ってますか、苺のやつ」

「ああいつものね、あるけど」

「それ下さい」

ダリウスは小さめの苺のジャム瓶を売っていた。リオンはそれが好きでよく買っていた。携帯食としても便利だし、甘い物は好きだった。特に苺はお気に入りだったから、こうしてよく買っていた。今は甘いものを食べて気を落ち着かせようと思ったのだ。

「はい、お駄賃確かに貰ったよ。どうぞ」

「どうもありがとうございます」

リオンはダリウスに笑いかけてから、わざとらしくチカゲを睨むと「それでは」と短く告げて、さっさと自分の家へと帰った。


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