いきる時間

食べ物が美味しすぎる。

お米も、お肉も、魚も、野菜も、お菓子も、全部が美味しすぎる。食べても食べても食べたくなるほど美味しすぎる。今月中に体重を減らしたいと言うのに、美味しすぎて箸が止まらない。気づけば口の中に食べ物がいる。美味しい。温かい。美味しい。


明日からウォーキングを始めようと思う。そのために早起きをして、買い物に行こうと思う。新しい靴も欲しいことだし、一石二鳥だ。財布だけが痩せるなんてことがなければいいけれど。


今日は少しだけメイクを変えた。

暇な時間が多いと(厳密に言えば暇では無い)、昨日と違うことを試したくなる。時間に1秒の余裕すらないと、昨日と同じを維持するために一生懸命になって、つい冒険を避けてしまいがちだ。


暇な時間は人をおかしくしてしまう。けれど、暇な時間がないと、ガス欠でもっとおかしくなってしまう。人間というものはとことんわがままだと思う。けれど、ちょうどいい塩梅を探して、息のしやすい環境作りをしていくことこそが人生なんだと思う。ゆっくり進むことは決してサボりではないし、急いで進むことがえらいわけでも、生き急いでいるわけでもない。人間とほかの生き物の時間感覚が違うことが当たり前なのと同じように、同じ人間同士でも時間の感覚が違うのだ。


私は人よりゆっくり生きてきたと思う。

人より自分を知るのが遅かったと思うし、嫌なことを嫌だと気づくことも、未だに人より遅かったりする。学校生活も、他の人より薄く、ゆっくりと進めてきた。けれど、それはきっと仕方の無いことで、でも私には合っていたんだと思う。とことん遠回りをしたおかげで、私は色々な経験をすることが出来たし、普通なら関われないような人達とも関わることが出来て、そしてなにより今日を生きることが出来ているから。


何度も人生を辞めたくなっても、今日にたどり着けたのは私が何回も「私は私のペースでいい」と自分に言い聞かせたからだと思う。頭が痛くなるまで泣いた夜も、心が押しつぶされそうなくらい悩んだ夜も、幸せになりたいと願った夜も、私は何回も私のペースでいいと自分をなぐさめた。その言葉すら浮かばず、目を閉じたらもう終わればいいと思う夜もある。けれど、時間が経てば当たり前に朝が来るし、運が良ければ眠る前に願ったことなんて忘れていることすらある。どうせ朝が来るなら、来てしまうなら、私は私のために甘い言葉をかけて、どうにか延命するしかない。他の人には見えないんだから。


ずるく生きること(自分に優しく生きること)を、冷たいという人がいる。私には私のキャパシティがあって、あなたにはあなたのキャパシティがある。けれど、そんなことはただ見ただけではわからない。だからこそ、人を冷たいと思う人がいる。私だって思うことがある。けれど、それも思った側の自己中心的な解釈にしか過ぎない。


私は私にとことん優しく生きていきたい。

私をたくさん愛してあげたい。


そして、余裕ができたら人に優しくしたい。余裕ができたら人の優しさを受け取って、お返ししたい。


優しさを受け取って、人のどろどろとした感情に傷つけられて、楽しい気持ちと寂しい気持ちを持ち帰って、家で美味しいご飯が食べたい。


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