第16話 ジェネレーション・ジジイ・ギャップ
次の授業は実技だった。
なんだかんだで、ずっと受けていなかったため、今日がデスブリングにとって初めての実技だ。
「うん? 今日は何もないのか」
普通にやってきたデスブリングを見て、グレイス教師が不可解そうに言った。
「え? どういう意味ですか?」
「…お前、つまんない奴だな」
グレイスは心底落胆したように言った。
『え? え? どういうこと?』
デスブリングは戸惑いながらジェミニに質問する。
『わかりません。私もモヤモヤするので、一回殺しますか?』
『お前、なんでそんなに物騒なの?』
ジェミニを窘めたデスブリングは、きょろきょろと周囲を見回す。
「どうした?」
「あ、いや…。メルルの姿がないみたいですが…」
「お前は女の尻を見に来たのか?」
「い、いえ。そういう訳では…」
「あいつは俺の授業には出ねえよ」
「ああ。喧嘩したんですね」
「はぁあん!?」
グレイスが目を光らせて威嚇してきた。
「す、すみません。そうなのかなぁって…」
「あいつには基礎の実技は必要ないんだよ。初日に『全部できることなので他の事に時間を使いたいです』とか言ってきやがった。じゃあ、やってみろって言ったら、トップの成績で全部の課題をクリアしやがった。そういうことさ」
『…あれ?』
デスブリングは心の中で首を傾げた。
『どうしました?』
『なんかそれ。在学中にワシもやった気がする』
『うわ~。嫌な奴ですね』
『う、うるさい。だから今回は反省して──」
「そういや、お前の実力見るの初めてだったな」
ジェミニとテレパシー魔法で会話していると、それを知らないグレイスが話しかけてきた。
「は、はい…。そうですね」
「楽しみだ」
言って、デスブリングにウイングシューズを渡してきた。
デスブリングはこのとき、周囲から密かに注目を集めていることに気づいていなかった。
ひそひそと生徒たちが話している。
「あいつ、実力はどれくらいなんだろう?」
「異例の新入生なんだろ?」
「噂じゃテストは無しで入学したらしいぜ」
生徒たちが気にするのも無理はない。
2か月後に開かれる魔法大会。
赤点と最下位を取ったチームは退学させられる厳しいルール。
誰とチームを組むべきか。
誰もが入学初日から他人の実力を気にして、人間関係を構築してきた。
もしもここでデスブリングが圧倒的な実力を見せつけたら、人間関係図が大きく書き変わる可能性があるのだ。
他人事ではいられない。
そんなことは露ほども知らないデスブリングは、初めて装着するウィングブーツに驚きの声をあげていた。
「おお、凄いな。今はこれで空を飛ぶのか」
「今も昔も空飛ぶときはコレだろ?」
グレイスがぶっきら棒にツッコミを入れる。
「え? あはははは。そ、そうっすよね」
グレイスは腕組みをして問うた。
「もしかしてお前、ウィングブーツを使うのは初めてなのか?」
「は、はい」
ざわざわと周囲が騒がしくなった。
「え? 嘘だろ?」
「じゃあ、あいつ。空も飛べないってこと?」
ようやく周囲の声に気づいたデスブリングは、何事かと生徒たちを見回す。
しかし、視線が合いそうになると、生徒たちはすぐに目を逸らした。
『なんだ?』
『どうやら、マスターの実力を推し量ろうとしているようです。空も飛べないと馬鹿にされてますね』
『いや、空は飛べるぞ』
『そうですね。昨日も全裸で飛翔してましたね。空を見上げたら全裸のジジイが飛んでるなんてトラウマものですよ』
『いや、風呂入ってたし。風呂に入っているときに嬉しいことがあったら飛び出してくるだろ?』
『普通の人は、風呂に入っているときに嬉しいことなんて起きないと思いますよ』
****
こそこそと周囲が見守るなか、デスブリングは飛翔実技の準備をする。
『なるほど。鳥色魔法と風色魔法を使うのか』
『速度は箒ほどは出ないですが、細かな動きに対応できる利点があるようです』
『まあいい。とにかく、ジェミニ。魔力制御を頼んだぞ』
『了解です。マスター』
デスブリングがジェミニにお願いしたのは、必要以上に魔力を出さないための微調整だ。
ちょうどオキロ少年のモツ鍋屋に行った後くらいから、デスブリングは魔力を制御して活動するようになっていた。
オキロ校長が、コデスの魔力量を普通と判断したのは、そのためだ。
理由は、自分の魔力が周囲の生態系に影響を与えはじめたからだ。
1個体の強大な魔力は、世界のバランスを崩す歪みとなる。
故に魔王は人間たちに忌み嫌われていた。
魔王をソロで倒すほどの魔力を持ったデスブリングにも、その兆候が現れはじめたのだ。
デスブリングは思案の末、魔力を押さえつけることにした。
それはデスブリングだからこそできる上級テクニックだった。
常にあふれ出る量と同等の魔力を、内側方向へ放出する。
制御が難しいばかりか、倍の魔力を消費するため、魔力疲労も激しい。
たとえるなら、無限に屁が出そうになっているのを、常に尻の穴を締めて必死に押さえつけているようなものだ。
3分間我慢できただけでも褒めてあげたい。
それをデスブリングは、もう何十年も継続しているのだ。
だが、当然ながら魔法を使う際は、魔力の放出が必要となる。
いくら尻の穴を締めていても、ぐっと力んでしまったら、「ぶっ!」とオナラが漏れて出てしまうのと同じで、魔力も暴発してしまう。
いや、我慢していた分だけ激しく、
「ぶぶぶぉおおおおぶりぶりぶりぶり!!!」
と轟音を奏でるかもしれない。
後半は音的にも、実が出てしまっているだろう。
つまり魔法を使う際は、如何にデスブリングとて、魔力を覆い隠すことができないのだ。
そこでジェミニの出番だ。
高度な演算能力を持つジェミニは、マント状態でデスブリングの魔力に包まれている場合、魔力にアクセスして魔力量を調整できるのだった。
たとえるなら、ぐっと力んでも屁や実が出ないよう、尻の穴に棒状のストッパーを挿入しているような感じである。
『いま、もの凄く不愉快な解説を、誰がしているような気がします』
『まあ、お前のテレパシー魔法は敏感だからな。それよりも制御を頼むぞ。ワシがデスブリングだとバレるわけにはいかない』
『そうですが、いささか魔力量を絞り過ぎではないでしょうか?』
『そうか? ここの生徒の平均に合わせる認識で合ってるよな?』
『平均値は、約500マソですよ。マスターの今の魔力量は53万マソです』
『え!? マジで?』
デスブリングは本気で驚いてしまった。
今まで誰かと魔力量を比較したこともなかったし、誰もが感覚的に把握しているものだった。ジェミニの能力があればこそ、数値化できたのだ。
そこまで差があるとは夢にも思わなかった。
『いや、作戦はそのままだ。ワシは過去の過ちを繰り返さない。優れた能力は妬みを買い、友達を遠ざける』
デスブリングは自分がヘイトを買っていると知る前から、二度目の人生では実力を隠そうと考えていた。
過去の自分は傲慢で自信家だった。
積極的に相手を馬鹿にすることはなかったが、どうしてそんなこともできないのだろう、と理解できない存在として、他人を扱っていた。
その態度が冷淡で他人を見下しているように映っていたのだろう。
遠巻きに悪口や陰口、敵意の感情を向けられていた。
当時のデスブリングは人間関係は無駄だと思っていたし、実害も無かったため気にもしなかったが、いま思えば、人として未熟だったのだ。
出る杭は打たれる。
突出した能力よりも、共感できる実力のほうが友達はできやすいだろう。
『メルルは良い奴だが友達は少ない。ワシの考えが正しいことを証明している』
『そうかもしれませんね。彼女は容姿実力的にも人気者になれる素質が高いですが、実際の一番人気はリーリエ=ラブヒューイットです。彼女も美人ですが、それ以上に親しみやすさがあり、すべてにおいて平均よりもちょっと上のポジションにいます』
『だろ? そういうことだ』
「おい、こら! いつまでじっとしてるんだ!? さっさと飛ばんかい!」
いつまで経っても飛ぼうとしないデスブリングをグレイスが怒鳴りつける。
「は、はい! た、ただいま~!」
デスブリングは慌ててウィングブーツに魔力を込める。
慌てていたため、本来なら魔力が爆発していた可能性もあったが、ジェミニがきちんと魔力を制御をしてくれてたようだ。
(よし。次は魔力制御だな。…うん? あれ?)
魔力を制御しようとしたデスブリングは混乱してしまった。
魔術デバイスに命令を与え、意図した動きをさせるための魔力制御。
魔術インターフェースに形而上でアルカナコードを記述することで制御する。
しかし、この魔術インターフェースが、デスブリングが知っているものとは大きく違っていたのだ。
「うおおおおお!」
変な制御をしてしまったのだろう。
ウィングブーツはデスブリングを逆さにしたまま急上昇すると、そのまま四方八方へと無茶苦茶な動きをはじめた。
「何やってんだ! 落ち着いて制御しやがれ! 急ぐ必要はねえから!」
下からグレイスの怒鳴る声が聞こえるが、落ち着いても何も、そもそも意図した制御ができないのだ。
『え? ちょっと何これ!? インターフェースがよく分からんのだけど!?』
『あ~。どうやら今は、「フリット方式」になっているようですね』
『な、何それ!?』
『マスターの時代は、2動作で1アルカナコードを記述する「キイボルト方式」でしたが、今はの主流は、フリット・スマホ氏が開発した「フリット方式」です。イメージとしては、指を上下左右に移動させることで、最大5アルカナコードを記述することができるようです』
『うお! 確かに! っていうか、なんだこれ! 全然わからん! あ、ちがっ! そのコードじゃない!』
ジェミニの助言を受けて、即座に対応しおうとしたものの、脳がついていけなかった。
記述ミスをしたウィングブーツは真下に起動を変え、ちらみしていた生徒の群れに突っ込んでいく。
「うわああああ! ど、どいてくれ~!」
生徒たちが悲鳴をあげ、ちりじりに逃げ出した。
人の群れが消え、露出した校庭の地面に、デスブリングはぶっ刺さるように落下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます