第11話 初めてのアルバイト(悪霊関係で)
翌日、僕は九門さんに呼び出されて、お店にほど近い公園に来ていた。
九門さん御服装は相変わらずスーツ姿だ。僕は動きやすい服装でということで、運動靴に、普通の白Tシャツとジーンズという感じ。セイワからは「見たことない服装でござるな」と訝しげに見られたけど、いいだろ。別に。え、だめ?
「やっほー!タイシ君。元気かしら?昨日はよく休めた?」
「はい、おかげさまで。今日は何をするんですか?」
「フフフ、今日はね?私から霊力についてレクチャーしようと思って」
「あ、あのもう少し早めのほうがよかったかと」
僕は九門さんに言うと、九門さんはペロッと舌を出した。この人、お茶目なのかもしれない。そのギャップに僕は振り回される。
すると九門さんは僕の両手を握りしめた。
「さて、タイシ君は全力で霊力を放出しなさい。遠慮はいらないわ?」
「え?ででも、昨日はそれで...」
お店のキッチンの壁を抉ってしまったことを思い出す。あれはちょっと自分には身に余る力な気がする。人に向けられるものではない。
「大丈夫。信頼して頂戴。今日はその霊力の抑え方を教えるから」
「わ、わかりました」
僕はそう言うと、自分の奥底にある霊力を高める。イメージはお湯が沸いたやかんのように。
どんどん高まり始めた力の奔流は、昨日の時のように、荒れ狂う波となって外に出ようとしている。不味いと思った瞬間。握られた手から優しい力が流れ込んでくる。
その力は、荒れ狂っていた僕の霊力をゆっくりと沈めていく。
「す、すごい。全然違う。昨日みたいにコントロールできないのがない」
「ふふふ、今私の霊力をあなたに少し流し込んだの。霊力はその力の輪郭を掴めれば、扱うことは容易くなる。でもそこまでが本当に難しいの。だから今回はお手本として霊力を流し込んだの」
「なるほど」
確かに、九門さんの霊力は凪のように穏やかで、僕とは全然違う。自分の身体のように思い通りに扱えるのだろう。流石という感じだ。
「さあ、ゆっくりでいいわ。私の霊力の輪郭を覚えて、自分に試してみて?」
「はい!」
「コツは集中力を長く保つこと。高めなくていいの、じっくり、そしてしっかりと集中力を持っていることよ」
「はい」
僕は深呼吸して、九門さんの霊力の輪郭を把握する。
穏やかで、暖かく、優しい。これを僕の霊力に落とし込んでいく。
きっと力任せではいけない。もっと繊細に、霊力の流れを掴んでいかないと。荒れ狂う霊力の流れを、時間をかけて沈めていく。
汗が噴き出る。集中が途切れそうだ。ずっと波紋が出続ける水を、撫でているような感覚だ。それでも諦めない。
そうして、僕はついに霊力を抑えることに成功する。
「ふう......」
「よくできました!筋がいいわね。見込み通りよ」
「ありがとうございます」
「とりあえず、今はこの抑えた状態をいつもの状態でやっていってね?くれぐれも他の壁を抉らないであげて頂戴」
僕は自分の身体を確かめる。霊力は小さいが、確かに僕の身体を巡っている。この状態をいつもに保てるように、頑張っていこう。
九門さんは僕の様子を見て頷くと。
「さて、今日は初めてのアルバイトと行きましょう!」
「アルバイト?もしかして悪霊退治ですか!?」
もうなの?展開速くない?と思っている僕に、九門さんは首を横に振った。
「まだ早いわ。今日は調査よ。依頼については、歩きながら話すわ」
「分かりました」
こうして僕と九門さんは、目的地に向かっていくことにした。
「それで、依頼って何ですか?」
「依頼は、街の住宅地に住む人たちの会からのものよ。内容は、近所にご家族が住んでいるらしいのだけれど、何やらその娘さんが不気味らしいわ。なんでも、家からは衝撃音や金切り声がひっきりなしに聞こえているみたい。その原因を調査して、明らかにしてほしいっていうものね」
「なんかふわっとしてますね。それだけじゃ、霊が関係しているなんて言えないんじゃ。それにそう言うのって、行政のお仕事な気が」
僕の不安に九門さんは大丈夫よと返す。
「私は依頼を受ける前に、全部自分の眼で確かめているの。今回のもそうね。そして間違いなく霊による干渉があると、私は確信したの。何せ、接触しようとしたら扉を氷漬けにされたもの」
「こ、氷漬け?」
氷を使える霊もいるのか。僕は雪男やイエティみたいな大柄な男を想像した。また鬼の悪霊みたいに肉弾戦になるのかな。
なんにせよ霊が関わっていると分かれば、下手に普通の人を巻き込めない。僕と九門さんで解決するのが最善かも?
しばらく街を歩いて、東にある住宅地に差し掛かる。
閑静な住宅地でいろんな家が均等に並んでいる。時折道路には、ボール遊びする子どもたちや、談笑を楽しんでいる女性たちの姿が見える。
どこを見ても、平和な感じで、霊が発生するような感じは見受けられない。
だが、住宅地を奥に進んでいくと、しばらくして様子が変わった。
今まで人が多少いた道路には誰もいなくなり、家から聞こえていた生活音が忽然と無くなっている。建物だけがあるみたいな、そんな感じだ。
「九門さん、何か変です」
「そうね。霊の匂いもしているわ。きっと、ここに住んでいた人たちは、皆霊に追われるようにして、家を捨てていったのかもしれないわ」
「あ、そういえばニュースで言ってました!確か、ここの地区で不審死が連続して起きていて、住んでいた人が不気味がって家を売るってものだったはずです」
「今のうちに片付けておかないと、きっとこの住宅地全体に影響が広がりかねないわ。ただ焦りは禁物。落ち着いて対処するわよ」
「はい」
そうしてついに調査対象の家にたどり着く。
家はオレンジ色の外壁に覆われて、2階建てになっている。家の左側には小さな庭があり、そこにはブランコや花のプランターが置かれていた。ただ手つかずになって長いのか、花は枯れ、ブランコは錆びついている。
一見すると人が住んでいなそうなだけの一軒家だが、家から放たれる不気味な雰囲気が、ここに長居してはいけないと、脳が警鐘を鳴らしている。
僕は唾を飲み、覚悟を決める。
「九門さん、いけます」
「そう緊張して固まらないで。私がいるもの。じゃあ、行くわね」
そうして九門さんは家のインターホンを押す。ピンポーンとチャイムが鳴り。時間が経つ。しばらく経っても応答がせず、留守かなと思っていると。
がちゃり、と扉が開いていく。僕はじっと開いていく扉を睨みつける。いつでも戦えるように、臨戦態勢にして。
九門さんも真剣な目で、飄々とした雰囲気は崩さず、扉が開き切るのを待つ。
中から、女性がゆらゆらと歩いてくる。
どこかの学校の制服か、ボロボロで土汚れのついたセーラー服を身にまとい、痩せ細った白い手足には擦り傷と痣、そして小さな丸の跡が刻まれている。
身長は170センチほどか、かなり高い。腰にまで伸びた長い白髪はぼさぼさで、手入れを長い時間されていないことが伺える。
頬はやせこけ、骨が浮いているが、シャープで整った目鼻立ちや顔から、美人さんだと分かる。
がその目は凍てついた大地のように冷え切っている。そして光がない。
女性が口を開いた。
「誰、あんたたち。殺すわよ。今すぐ立ち去れ」
低く、底冷えするようなドスの聞いた声が、僕たちを威圧した。
九門さんが言った。
「やっぱり、あの子憑りつかれているわね」
その事実を、僕は肌で感じ取っていた。
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