第16話 心の残像
サーチライトの白い光が、歪な岩肌を無機質に照らし出す。そこは、〈アンダーライン7〉が掘り進めた、最後のトンネルだった。壁面には、今も生々しい削岩の跡が残っている。二人は、その中を慎重に進んでいた。レイナは、ヘルメットのゴーグルに表示されるミッションタイマーに、無意識に目をやった。
MISSION TIME: 12:00:00――
地上への退路が断たれるまで、あと12時間。
(間に合うか。いや、間に合わせる…!)
レイナは奥歯を噛みしめ、慎重に、確かな足取りで暗闇の奥へと進んだ。やがて、道が開けた。そこは、ドーム状の巨大な空洞。あの写真で謎の女が立っていた場所だ。だが、今は誰もいない。その奥。まるで獣の巣穴のように、さらに深部へと続く、新たなトンネルが口を開けていた。
「……行くわよ」
レイナの短い言葉に宮田がうなずき、後に続く。完全な暗闇。その時、不意に足元を揺るがす、激しい振動が二人を襲った。
「きゃっ!」
思わずよろめいたレイナの腕を、宮田が掴む。
「隊長、大丈夫ですか!?」
「ええ……なんとか」
揺れが収まり、顔を上げたレイナは息をのんだ。宮田がいない。隣にいたはずの姿が忽然と消えていた。前方に気配を感じ、背筋が凍った。ぼんやりと浮かび上がる人影。長い髪。懐かしい研究所の制服。かつての屈託のない笑顔。
「……ミキ……?」
レイナの唇から震える声が漏れた。そこに立っていたのは、あの事故で、自分のせいで命を落としたはずの親友だった。
(違う。ありえない)
レイナはパニックに陥りかけた思考を強引に引き戻した。冷静に分析しろ――
(こいつは、私の記憶を読んでいる。対象の精神に干渉し、最も心を揺さぶる人物の幻影を生成する。そして、無防備に近づいたところを……)
脳裏に、阿久津が闇に飲み込まれる最後の姿が蘇る。
「……何が目的?」
レイナは震えを押し殺し、幻影に問いかけた。親友の姿をした“それ”は、にこりと微笑んで答えた。
「レイナと一緒に、夢をかなえるのが目的だよ」
頭を振る。違う。これはミキじゃない。私の記憶を元に再構成された、ただの人形だ。惑わされるな。
「……あなたの、真の目的は何?」
だが、女はただ、懐かしい声で、レイナとの過去の思い出を語り続けるだけだった。研究室での些細な失敗談。二人で夜空を見上げた日のこと。そのあまりに一方通行な会話に、レイナは確信した。
(話が通じない。まるで、人形と話しているみたいだ。やはり、糸を引いているのは……別にいる)
その時――
ゴオオオオオオオオオオッ!
洞窟全体を揺るがす、凄まじい咆哮が、頭上から響き渡った。宇宙からの、あの呼び声だ。レイナの視線が洞窟の天井へとそれた。
――その一瞬の隙
再び正面を向いた時、女はいつの間にか目の前に立っていた。その顔は、もはや親友のものではなかった。無垢な子供の顔。そして、その奥に重なる、全てを嘲笑う悪魔の笑顔。イヤーマフに、直接、あの声が響いた。
「オイシソウ」
視界が、漆黒の闇に塗りつぶされる。その時、イヤーマフから歓喜に震える二宮の声が響いた。
「隊長! 聞こえますか!? あなたの仮説通りです……プロトコル、見つけ出しました! 隊長ッ」
(……間に合った……)
漆黒の海に沈みゆく意識の中で、掴んだ希望の光。
(あとは……あなたよ、宮田……)
その祈りを最後に、レイナの思考は完全に途絶した。
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