第14話 二十四時間の墓標

 静寂は、スピーカーから響く耳障りなノイズによって破られた。


『――こちら地上管制、佐久間。 如月隊長、応答願います!』  


 必死な声。レイナは、虚空を見つめる宮田から、無理やり視線を引き剥がし、通信パネルに応答した。


「……こちらレイナ。要件を」


『地底生命体に関する、分析結果が出ました!  冷戦時代から蓄積されていた最高機密データが、先ほどようやく開示されたんです!』  


 重鎮たちが、今頃になって慌てふためいている姿が目に浮かぶ。


(……いまさら、何を)  


 レイナは、込み上げる怒りと諦めを押し殺し、冷静に報告を促した。


「続けて」


『はい! 奴は、人類が誕生する遥か以前から、この惑星の深部に潜んでいた超巨大生命体です。地殻の隙間に根のように触手を伸ばし、星全体にネットワークを形成している模様!』


「活動内容は?」


『基本的には休眠状態に近く、ほとんど動きは見られませんでした。ただ……奇妙な点があります。地上で大規模な災害――戦争や震災、大飢饉など、大勢の人間が犠牲になるような出来事が起こると、休眠中にもかかわらず、その方向へ向かって、ほんのわずかに触手が伸長する記録が……』  


 災害? レイナは眉をひそめた。その瞬間、脳裏にあの声が蘇る。


「オ・イ・シ・ソ・ウ」


(まさか……あれは、人間の“生命エネルギー”か、あるいは“負の感情”そのものを、食料にしている……!?)


『ですが、ここ数週間、宇宙から断続的に飛来する未知の電波に呼応するように、突如として活動を活発化! 現在、徐々に地表へ向けて移動を開始しています! 同時に、奴自身も、頻繁に宇宙へ向けて電波を発信中! ただし、信号の一部は構造が複雑すぎて解析不能です。宮田特務技官なら、何か分かるかもしれませんが……』  


 佐久間の言葉に、レイナは無言で宮田を見た。まだ、ショックから立ち直れないのか。青白い顔で俯いている。レイナは諦めたように頭を振って状況を説明した。地上の絶句する空気が流れる。


『……阿久津課長が……宮田特務技官の状況も把握しました。彼が残してくれた解析ツールを使って、宇宙の交信記録の分析を、可能な限り続けます……あと、一つ……これは、まだ未確認情報なのですが……』 


 佐久間の声が、急に歯切れ悪く、言いにくそうに震えた。


「アンダーライン8が降下した、この中央メインシャフトの、緊急封鎖計画が持ち上がっています」  


 レイナの背筋を悪寒が駆け抜ける。


「……どういうこと?」


『上層部は、奴がこのシャフトを通って地上へ出てくることを、何より恐れています。万が一に備え、シャフトの入り口を……戦略核弾頭級の爆薬で、完全に溶解、封鎖する、と……』  


 それは、退路を断つという生易しいものではない。 我々を、この化け物と共に、この地の底に生き埋めにすると、そう言っている。


「……タイムリミットは?」  


 レイナの声は、自分でも驚くほど、静かだった。


『……あと、24時間です』




 ツー、ツー、という無機質な切断音のあと、通信は途絶えた。佐久間の最後の言葉は、墓標に刻まれた文字のように、レイナの頭の中に残り続ける。前は正体不明の敵。後ろは鉄の墓標。


 ゆっくりと目を閉じる。 封鎖を受け入れ、地上へ退けば阿久津課長を見捨てることになる。宮田の存在理由そのものである夢も永遠に失うだろう。


 だが、進めばどうなる? この絶望的な状況で何ができるというのか。進むも地獄、退くも地獄。 そのあまりにも過酷な選択が、隊長になったばかりの彼女の肩に、惑星(ほし)の重さとなってのしかかった。


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