3-4
「声楽を?」
「ええ。……ちょっと、耳をお貸しくださいませ」
そういうと彼女はそっと自身の胸に手を当てると、玲瓏と響く美しい歌を歌い始めた。
「これは……」
(凄い……)
素人の私でも彼女の才能は分かる。自分の才能を発揮できない鬱屈感と不満感。それが波のように私にも突き刺さってきた。
……そして同時に納得したような気持ちにもなった。
(サロメが弱いものいじめばかりやっていたのは……今置かれている自分の環境への不満もあったのかもね……)
だからといって、彼女を弁護する気はないが、それでも彼女の気持ちや痛みが、少しは理解できたような気がした。
アンドラスはそれを聴いて頷きながらも尋ねる。
「凄いな、君の歌は……」
「当然ですわ? こう見えても、魔法よりも声楽の方がずっと練習しておりますもの!」
そう彼女は自慢気に答えた。
「……だが、確か声楽は……」
「ええ。私が行きたい国立のアカデミーは……上級貴族から推薦を受ける必要がありますし……何より、学費が高すぎて払えませんから……」
「そうか……」
それを聴いて、王子は少し考え込むような顔をした。
「ごめんなさいね、暗い話をして」
「いや……教えてくれたのはありがたい。あなたのその気持ちは私も理解できるからな……」
「フフ……。ランド様は、お優しいのですね」
そういいながら、彼の手を取るサロメを見て、私は全身の毛が逆立つような気がした。
(……離れろよ!)
そう思いながら、私は歯ぎしりをしていた。
彼女は甘えるような声でランドに尋ねる。
「ねえランド様? 折角ですし、今度の週末はどこかオペラでも見に行きませんか?」
「オペラか……」
「ええ。私の
(断れ、アンドラス!)
多分この距離では催眠アプリは届かないだろう。
だが、ちょうどサロメの視線から私は外れている。そこで私は物陰から乗り出してアンドラスを見つめながら、必死で『念』を送った。
「いや、すまないが……週末は用事があるんだ」
「あら、そうですの? ……ひょっとして……ミーナさんと?」
「え? ……どうしてそれを?」
思わず私もアンドラスと同じことを思いながら、その様子を見つめた。
「フフ、時々あなた方が外に出て、二人でお会いしているのは、みんな知っていますもの」
「まさか、見られていたのか……」
「ええ。仲がよろしいのですね? まるで恋人同士みたいよ? ……正直、邪魔なくらいにね」
……恐らくだが、彼女もアンドラスに好意を持っているのだろう、その口調からは強い嫉妬の感情を感じた。
だがおあいにく様だ。
この『催眠アプリ』がある限り、お前がどんなに美人で歌が上手くても、王子は私の傍にいてくれるんだ。
「それで、ランド。あなたはどこに行くのかしら?」
「ああ。……イスラフィールの街に行く予定だ。まあ、まだミーナは誘っていないがな……」
そんなの、OKに決まっている。
アンドラスからのお誘いだったら、たとえ地獄の底だって行くつもりだ。
「ふうん……そうだったんですね。……それではごきげんよう」
「ああ、またな」
そういうと、サロメは去っていった。
(……はあ……まったく、ムカつくけど……作戦は成功か……)
私はそう思いながらも、彼女のなれなれしい態度にいらだちながらも肩を撫でおろした。
……この情報があれば、彼女を学校から排除することは可能だろう。あの嫌味で気難しいサロメから本音を引き出すとは、流石は王子だ。
(本当に……アンドラスは本当に利用価値があるな……。それなのに私は……彼に全く報いることが出来なくて、悪いことしてるよね、本当に……)
そう思いながらも、私はサロメにバレないように少し遠回りしながら教室に戻っていった。
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