2-3

「なあ、ミリアムさん。今度の話はどんな感じだかな?」

「え? ……うん、ちょっと待っててね、ランド様」


アンドラスは学校で、ここ最近はミリアム……彼女もサロメの取り巻きの一人だ……と楽しく会話をする関係を築いてもらっている。


そのとっかかりとなったのは、彼女の趣味である『漫画』を描くことだった。

漫画とは一枚の神に複数の絵を描き、そこに「吹き出し」という形で言葉を載せていくこの文化は異世界から持ち込まれた文化だが、瞬く間に私たちの世界にも広まった。


(面白い文化だよね、本当に……)


おかげでどの学校も、クラスに一人はこの「漫画」を描くのがうまい人がいる。

そしてミリアムもその一人だった。彼女は少し自慢気な表情で、鞄から原稿を取り出してアンドラスに見せた。



「ど、どうかな、※ランド様……?」


(※アンドラス王子は、クラスでは身分を知られないようにランドという偽名を使っている)


「なになに……? へえ、凄いな、今回は貴種流離譚か……」

「うん、こういうのも面白いかなって思って……」


遠くから話を聴く限り、いわゆる『貴族が追放された後、復讐を遂げる物語』だろう。

正直私は母の所業と末路を思うと『復讐もの』は好きではないが、それを好きなものを否定するつもりもない。


しばらくアンドラスは原稿を読んだあと、感心したようにはあ……と息をついた。



「凄いな、ミリアムさんは……前よりもすごくよくなっているよ」

「そ、そうですか?」

「ああ。背景の書き込みなんか特に凄いな。私にはこんな風に奥行きのある絵を書くことはできないからな。……マリアさんから見てどうかな、これは?」


そういいながら、アンドラスは近くにいたマリアにも声をかけた。

彼女も元々はいじめに加担していた側だったが、最近はすっかりアンドラス達のグループに馴染み、テレーズとも少しずつだが話をするようになっている。


「うん……絵が凄い綺麗だけど……」

「けど?」

「ひょっとしてこのシーンってさ。『臆病者の隠し砦』のシーンのオマージュじゃない?」



それを聴いたミリアムは、少し嬉しそうな表情を見せた。あの二人は、そもそも好きな観劇の趣味が近い。



「そうそう! 確かさ、ゼパル君もこの話は好きだと思ったから、入れてみたんだ」

「そうだったのか……本当は優しいんだな、ミリアムさんは」


そう感心するようにアンドラスも頷いた。

因みにゼパル君とは、現在サロメのいじめが原因で不登校になっている生徒の一人だ。



そしてそれを遠巻きに見つめる私とテレーズ。

最近ではご飯は二人でまた食べられるようになったのが、嬉しくてたまらない。

だが、テレーズは仲よさそうに話をしている二人を少し複雑な表情で見ていた。


「最近、ランドさんとミリアムも仲良くなってきたね……」


無論、これは催眠アプリを使って私がアンドラスを操り人形にしているためだ。

彼には『ミリアムと友達になって、サロメから引きはがして欲しい』『彼女の才能を見つけて、それを褒めてほしい』と伝えている。


そのことは当然だが、誰にも伝えていない。


「うん。……やっぱりテレーズは嫌?」

「……正直、ちょっとね……あの子も私をいじめてたし……」


彼女がどんな報復を望んでいるのかは、分かっている。だが、私は彼女の希望を叶えてやるつもりはない。


「分かるよ……。けど王子はさ。あれでクラスのことを考えてやっているから……テレーズみたいな子を二度と出さないためにね」


どうせ、ミリアム(いじめ加害者)は母親(殺し屋)と同じだ。

『周り』に言われて『悪い奴』を『仕方なく』攻撃した『被害者』と思っている。そんな輩を暴力で痛めつけても、被害者意識を強めて復讐の口実を作らせるだけだ。



「そうなの?」

「うん。……ああやって、漫画の才能をおだてて描かせてやればさ。いじめなんかに使ってる時間はなくなるでしょ? 王子はそれを狙ってるんだと思う」

「そうだったんだ……。ランドさんは、そういう考えだったのね……」


無論、それは私の考えだが。


あいつらが今までテレーズ達を傷つけてきたことは許さない。

当然法的な賠償などは後日行うつもりだが、それはアンドラスと信頼関係を築かせてからだ。……そうでもしないと、彼女は自分の罪に向き合うことはないだろうから。



(……何より、彼女にはまだ利用価値があるからね、フフフ……)



ミリアムが持っている才能が漫画を描くことだったのは、私にとっては好都合だった。

テレーズは少し不思議そうに尋ねてきた。


「そういえば、なんで学校に来てないゼパル君のことが話題に上がっているの?」

「あれ、そうか。テレーズは知らなかったんだっけ」

「え?」

「あの漫画はさ。実はゼパル君にも読んでもらってるんだ。彼も漫画が好きだから、交換する形でね」


そういいながら私はゼパル君が持ってきてくれた漫画を見せた。

私は催眠アプリの力を担任に用いて、アンドラスと私をゼパル君との『連絡係』に指名させている。漫画を私が預かっているのはそのためだ。


「へえ……。なるほど……絵は下手だけど……話はいいね?」

「あはは、そうだよね? けど、私はこういうのは割と好きかな。難しいけど頭を使わないといけないのは好きだし」


ゼパル君が描くなのは、いわゆる『デスゲーム』と呼ばれるジャンルのものだ。

閉鎖空間に閉じ込められて、主催者から命をかけたゲームを強要され、生き残った者だけが出れるというものだ。


そのゲームにおける必勝法を考え、そして相手の裏を出し抜くという物語は、イラストがあることでよりイメージしやすくなっている。



「ゼパル君はさ、本当は学校に行きたいみたいだけど……サロメがいるから怖がって、誰にも会いたがらなかったでしょ? ……けど、ああやって王子が漫画を交換するようになってから、だいぶ話をするようになったんだ」

「へえ……」

「それにミリアムも、少しずつ分かってきたみたいだね。……自分がやってきたことがさ」


間接的にとはいえ自分がいじめてきた被害者の様子を知ることで、ミリアムも少しずつ自身のやったことを自覚してきたのは、最近のしおらしい態度で感じ取れた。



(フフ、アンドラス……。ごめんなさい、またこき使って利用して……)


ゼパル君とは短い間だったが、一緒に話をしたことがある。

いじめに遭って不登校になる前の彼は、朗らかで一緒にいて明るくなる子だった。


(やっぱり、ミリアムのことは好きになれないし、テレーズにも嫌われたくないからね……)


……私は学校からいじめを無くし、ゼパル君に学校に復帰してもらって、また友達として日常を送りたい。けど、それによって私が不利益を被るのは嫌だ。

そんな私のエゴを叶えるために、アンドラスを矢面に立たせているのだ。





「よし、じゃあこれをゼパル君のもとに持っていくことにするよ。ありがとう、ミリアムさん」

「いえ、そんな……。ランド様、良かったらこれもゼパル君に渡してください……」

「これは?」

「その……クッキーです。マリアと一緒に作ったんです。……彼には酷いことしたから……それと、テレーズさんにも……すみません、まだ直接渡せなくて……」

「……分かった、受け取ってくれるといいのだがな……」



そういいながら、私の哀れな操り人形は素敵な笑みを浮かべ、それを鞄にしまった。

その様子を見ながら、サロメは最後の取り巻きと一緒に、少しいらだつような表情を見せているのを私は横目で眺めていた。



「……はあ……」

「どうしました、サロメ様?」

「ううん、ミリアムが楽しそうにしていて素敵ねって思ったのよ……」



案の定、彼女は孤立し始めている。

……待っていろ、サロメ、もうすぐだ。お前はこの学校からは絶対に排除してやる。


(あなただけは……謝罪で許す気はないから……)


だが、私は『無責任な傍観者たち』が喜ぶような『全てを奪ってスカッと復讐』のような真似はしない。私の母を見て、その末路がよくわかっているからだ。


きっと私の考えは、誰にも理解されないだろう。だが、そんなエゴを押し通してやる。

そう思いながら私は殺し屋であった母譲りの恐ろしい笑顔を見せながら、黒パンを口に運んだ。

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