第55話 何でも初めてのことは恥ずかしすぎるもの
屋上に繋がる階段の踊り場で二人の時間がゆっくりと流れた。
付き合うと宣言してそんなに彼氏彼女らしいことはしてない。
会話する時間が増えたくらい。しかも過去を掘り出されてしまう。
忘れておこうと思っていたくらいだった。
でも、数日前は本当にキッチンカーのあの人に恋焦がれていたのは事実だ。
それをすべて見抜かれていたなんて、顔をいくら隠しても心は落ち着かない。
彼に告白したことも聞いていたかもしれないと思うと、充と話をするのが耐えられなくなる。どんな顔をすればいいか。
「俺と兄貴は年の差はあるけど、優しさは同じだと思う!!」
自己アピールが激しいことに顔全体が真っ赤になる。それを言われて、どう答えればいいのか。これ以上求めることはないのにと思ってしまう。今は、ただ一緒にいてくれるだけで安心するのをわかってくれない。心でつながったら、もう外見やその日の髪型、服装なんてどうでもいいと詩織は感じてしまう。それでも心をぐいっとえぐられたこの瞬間に、吐きどころはどこにあるのかとわたわたしてしまう。
壁に背中をつけて座っていた二人、充はそっと詩織の左手に触れる。一緒にいる時間を大事にしたい思いが熱い。
「手相占いってできる?」
「ううん。わからない」
「俺もわからないけど、生命線くらいなら知ってるかな。たぶん、これ」
充は、手を触る口実を作りたくて、詩織の掌を見つめる。白くて細い彼女の手にうっとりとした目になっていた。詩織の鼓動はますます早まっていく。パッと手を放してポケットに入れる。見せるのが怖くなった。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「ううん。ちょっと、くすぐったいと思って……」
「そっか。くすぐったいか……」
つんとお腹の脇を指でつつく。詩織は、過剰に反応してさっと端っこに逃げていく。詩織の両耳が赤くなる。
「感じやすいんね。おもろいわ」
充は、笑いが止まらない。ここまで密着することはなかった。もちろん、肌や体に触れられたことはない。充は、初めてのことで嬉しくなった。
「お、お、面白いって、どういうことよ」
これから何かされるのかとビクビクしていると、立ち上がって階段を降り始めた。
「何を怯えてんのよ。昼休みが終わっちゃうぞ」
「え、え? だって、また触ってくるのかと思ったから……」
「だから、俺は変態か!」
「そうだと思って!」
「変態じゃないっての」
詩織は、先に階段を駆け下りていく充を追いかけた。何もされないことに逆につまらないと感じてしまう詩織だ。
(え、もしかして何かされるの待ってるの、私。いや、そんなまさか……)
「妄想はやめろよ?」
「な、なにも考えてないわ!」
「本当に?」
「もう!!」
充はケタケタと笑って教室に向かう。鬼ごっこが始まった。鬼は自動的に詩織の方だ。追いかける気がないのに、追いかけてる風に周りから見えてしまう。仲良しだなとクラスメイトたちはじろじろと見てくる。さらに恥ずかしくなる詩織だった。
「ちょっと、勘違いされるから、やめてよ」
「何を勘違い?」
「むー」
じゃれ合ってるのを見られたくないと言ってるのに充には、通じないらしい。不満な顔をして席につく。吉川 七海と小山 瑠弥は詩織の席を囲む。
「ちょっと遅いじゃない。どこまで飲み物買いに行ったの?」
「えっと、スーパーまで?」
「嘘をついてるわね。学校の外に出ちゃダメって決まりあるでしょう」
「バレた?」
「もう、いちゃいちゃしたいなら、初めから言ってよね。私たちは止めないからどうぞ肉なり焼くなり好きなようにしちゃいなさいよ! ただし、みんなの見えないところでね」
「そ、そ、そ、そんな……何をするっていうのよ!?」
「何を? 何をって恋人たちのすることって決まってるじゃない。ねぇ、瑠弥」
「うん。わかってることをわざわざ聞くのもおかしいわ」
「……むむむ……二人して、もう」
七海と瑠弥は両手を恋人繋ぎしてみせた。詩織はまさかの手を繋ぐという行為に目を見開いて驚いていた。
「え、そ、それ?」
「詩織、何をしようとしているの。恋人はまず手を繋ぐことから始まるのよ。ねぇ? この指と指を絡めた繋ぎ方なんて上級者よ」
「ま、マジ?」
「そう、当たり前じゃない。ここは学校よ。健全な付き合い方をするに決まってるで
しょう」
瑠弥は人差し指を立てて説明する。本当はそんなこと一ミリも思っていない。七海はニヤリと口角を上げて詩織に近づく。
「ま、まさか。詩織、ここでは言えないことを学校内でしようと言うの? なんて恥ずかしいこと!! お母さん、許しませんよ」
いつから七海がお母さんになったのか。親の真似をして、ぷんぷんと声を出して怒っている。詩織は冗談を言っているんだとやっとこそ気づいた。
「もう、七海も瑠弥もふざけないでよぉー」
詩織が純粋でまともに受け取るだろうと思っていた二人は、まさかネタだということがばれてしまう。つまらなくなる。
「詩織がラブラブなのが羨ましいってこと。でも、私の方がもっとラブラブだけどね」
「七海の話を聞いたら、詩織が大変なことになるんじゃない?」
今まで恋人の話をしてこなかった七海にとって、やっと話ができると興奮していた。充が初恋人にとっての詩織にとっては、七海のハードな会話が耳に入るとのぼせて鼻血が垂れるくらいだった。笑いがとまらなくなる。そんな会話が盛り上がっている三人を横目で保護者のように見つめるのは教室の端に座る充だった。
えくぼを出して静かに笑みを浮かべていた。
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