私の幸せな妄想♡

風月夜

第1話 ハロウィンの夜、鏡の中の私が笑った。


「はぁ……私もあと〇年若かったらな〜。」

通勤電車の中でそんな声を聞くたびに、私は心の中でニヤリとする。


若かったら何したいんですか?


ちゃんと答えを持ってる人、案外少ないよね〜。


だから今日も、私の妄想タイム、始めまーす。



題して——

『私の幸せな妄想♡』


あと40歳若かったら……そうね、

向こうの吊り革につかまってスマホをいじってるあの高校生くらいかな…。


今の意識のまま高校生になったら、かなり 『イケる私♡ 』になるんじゃない?


私、58歳、定年まであと一年ちょい。

私の幸せな人生は、まだまだここから!

楽しきことは、いーっぱいあるのです。

まだ見ぬ世界を、たくさん知りたい!


高校時代の私は、勉強ばっかりしてた…。

予備校と英会話スクールを往復する日々。

でも、本当は行ってみたかった場所があった。


.*・゚それは 憧れの——DISCO.゚・*.


クラスの友達が話していたのを聞いて、一度でいいから行ってみたかったのだ。


だから今夜、妄想の中で18歳に戻った私は、勇気を出してその扉を開ける。




☆☆


今夜は少し風がひんやりしている。

勉強に集中出来ず…リフレッシュ!

メガネを外し、お風呂に入って鏡を覗くと—

そこにいた 「 私 」が、笑っていた。


「ねぇ、何でもっと笑わないの?

下ばっかり見てないで、上を見なさいよ。

可愛いじゃん、私。」


鏡の中の私が、手を差し出した。


「さ、行こう!

ハロウィンのパーティに!」


その手を掴んだ瞬間——世界が変わった。


新宿の街は、眩しかった。

DISCOの扉を開けると、体に響く 音の波、 煌びやかなミラーボールとムワッと香る香水の渦…。


髪をカールして、綺麗にお化粧をしてから

姉の服を勝手に借り、赤いヒールに足を通して、ダンスホールを見渡した。

だが、なかなか一歩が踏み出せない…。


「こんばんは。

踊っていただけませんか?

僕が リードします。」


仮面の男が手を差し出した。


リードって、犬じゃないんだから……。

そうツッコミたくなったけど

まぁ、今夜くらいは流されてみてもいいか。


彼の名は柊麿(とうま)

モエ・エ・シャンドンを差し出して微笑む彼は、大人びていて…

ほんの少し危うかった。


……でも、危うさって、時に輝いて見えるのよね〜。


チークタイムが始まって。

私はムードに身を預けた。

その瞬間、慣れないヒールが足を裏切り、思わず彼の胸にしがみついた。


そのあとーー彼の香水に惑わされる…。

と、同時に、彼の吐息が…。


何か違和感を覚え、私の現実を呼び戻した。


「ごめんなさい…ちょっと気分が……。」


「大丈夫 ?

少し静かなとこで、休もうか。」


柊麿に手を引かれ、上階の扉が開く。


でも、私の頭の中では別の声が響いた。


『ヤベーから……逃げろ。』


振り返ると、そこには黒服姿のボウイが…。


「愛里 (エリ)だろ?

俺だよ俺、聖(あきら)

小学校の同級生。」


聖くん!? あの聖くん!?


「早く!」


彼は私の手を掴み、裏口へ走った。


走った……いっぱい走った。

二人で笑いながら走って逃げた。


途中でヒールを脱ぎ、仮面を外して、夜風を浴びて、暗い空に手を広げて……。


途中、オンボロ自転車を見つけて、それに二人乗りして走りながら、彼は言った。


「俺、サッカー留学したいんだ。

母ちゃん一人だし、だからバイトしてんだ…。」


「私も留学したいの。

通訳になるのが小さい頃からの夢。

だから、めっちゃ勉強頑張ってる。

イギリス留学出来たらいいなーって。」


「マジでーーー? 同じじゃん!」


私達は笑い合いながら、夢を語った。



あっという間の自転車ドライブ……。



家の近くの公園でブレーキをかけた彼に、私はお願いをした。


「もう着いちゃったね……。

ねぇ、ちょっと恥ずかしいけど

私のお願い…きいてくれない?

……

一瞬でいいから……私を抱きしめて。」


聖くんは、そっと私の背中に手を回し

優しく抱きしめてくれた。

おでこにキスをして——。


「小学校の時、ずっと好きだったんだぞ…。」

そう言った…。


……私もだよ。


その言葉は、あえて言わない。


その代わりに、彼の唇を奪った…。


☆☆



ハッと目を開けると、車窓に移る自分の姿があった。

吊り革に掴まり、窓の外に流れる景色を眺める。


これが私の「 本当の初恋 」だったらなぁ〜。


あぁ、楽しかった……私の妄想。




やっと最寄り駅に着いた。

定年まであと少し…。

明日もまた頑張ろ〜っと!




駅から歩いて7分…、灯りのついた部屋が見えた。


「ただいまぁー。」


「おかえり〜。残業だったの?

ご飯できてるぞ。」


リビングから、定年を先に迎えた夫が答えた。



靴を脱ぎ揃えると、玄関の鏡に映る私が、微笑んでこう言った。


『幸せだねー、 これからも、まだまだこの幸せが続くんだよ。

今日の私ーーーお疲れさん! 』


私は鏡に満面の笑みを浮かべた。



「いい匂い〜〜お腹すいたぁ。」


……またカレー…。


でも……夫に感謝です。




40年経った今でも、色んな事を楽しみたい心は、何ひとつ変わらない!

定年後…どんな私で リスタートできるか、今から ワクワクする。



だからー明日が もっと楽しみだわ〜。





あ〜聖くん……今どーしてるかな〜。

ちょっとだけ考えちゃった。






おわり。

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