多数のお嬢様が通う学園に王室から転校生が来た

ゆうめい

第1話

俺は重厚な校門をくぐり抜けた。門はただの鉄格子ではなく、見たこともない合金製で、表面には微細なエネルギーシールドが張られているのが微かに感じられた。一歩足を踏み入れると、外の世界とは隔絶された、おとぎ話に出てくるような光景が広がっていた。

校庭を囲むようにして立つ校舎は、ゴシック様式を基調としながらも、随所に最新の宇宙技術が融合していた。半透明のクリスタルガラスが使われた窓からは、柔らかな人工太陽の光が差し込み、庭園には手入れの行き届いた色とりどりの花が咲き乱れている。空気は清浄で、微かに甘い香りがした。

「ここが、神聖エルベリナ女学園……」

思わず呟いた俺の声は、この広大な空間に吸い込まれていった。期待よりも不安が勝る、その感情は本物だった。俺は、ユウト・ブリタニア王子殿下。宇宙連邦王国の次期皇太子という、重すぎる肩書きを持つ身だ。本来なら、王城内の専用アカデミーで学ぶべき俺が、なぜこんな場所にいるのか。

脳裏に浮かぶのは、あの日の騒動だ。

第二皇妃エーメリ様と、第三皇妃エリマイ様。彼女たちの実家同士の些細な(いや、王家にとっては些細ではないが)対立が、俺の進路問題という形で爆発したのだ。

「ユウト殿下には、もっと一般の、いえ、王国の未来を担う令嬢方との交流が必要でございます!」

「そうよ、殿下はずっと王城内にいらっしゃったのですから、広い世界をご覧になるべきですわ!」

表向きは俺の将来を案じる言葉だったが、要は「自分の息のかかった教育機関に入れたい」という派閥争いだった。結局、両者の意見が平行線を辿った結果、「どちらの派閥にも属さない中立的な教育機関」として選ばれたのが、この「神聖エルベリナ女学園」だった。

ここは、宇宙連邦王国の属領である「エリア0」に位置するが、実質的には王室直轄の独立した教育機関だ。最高位の貴族の令嬢から、各惑星の有力者の娘まで、将来の王国を支えるであろう女性たちが集まる、最高峰の学び舎。そして、驚くべきことに、全寮制だ。

「……はぁ」

ため息をつきながら、俺は指定された寮の方向へ歩き出した。敷地が広すぎて、案内板がなければ迷子になりそうだ。

その時、目の前を二人の生徒が通り過ぎた。どちらも、王家御用達のデザイナーによるであろう、上品なフリルとエンブレムがあしらわれた制服を完璧に着こなしている。一人は栗色の髪をサイドでまとめ、もう一人はプラチナブロンドの縦ロールだ。

「ねえ、聞いた? 今日から編入生が来るんですって」

栗色の髪の令嬢が、少し声を潜めて言った。

「ええ、私も聞いたわ。しかも、男性なんですって。この神聖な女学園に……信じられないわ」

プラチナブロンドの令嬢が、わずかに眉をひそめた。

――俺のことか。

俺は足早にその場を離れた。いきなり目立つのは得策ではない。というか、すでに「男性の編入生」という噂は広まっているらしい。前途多難だな、これは。

寮の入り口に到着すると、年配の女性が待っていた。彼女は俺を一目見て、深く恭しいお辞儀をした。

「ユウト・ブリタニア殿下でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。私がこの『月の光』寮の寮母を務めます、マグダレーナでございます」

「あ、ああ、よろしく頼む」

少し驚きながらも、俺は挨拶を返した。寮母さんは俺の荷物を受け取ると、エレベーターへと案内してくれた。

「殿下のお部屋は最上階の特別室にご用意しております。学園長からの指示で、他の生徒とはフロアを分けておりますので、ご安心ください」

ご安心ください、と言われても。隔離されているだけだろう。

案内された部屋は、もはや寮室というレベルではなかった。広大なスイートルームで、窓の外にはエリア0の美しい都市景観が広がっている。遠くには宇宙港も見えた。

「何かご不便がございましたら、いつでも内線でお呼びくださいませ」

マグダレーナさんが退室した後、俺は一人、ベッドに腰掛けた。

ここでの生活が始まる。慣れない環境、周囲の令嬢たちの視線、そして何より、この女学園に男一人という状況。

俺はポケットから、出発直前に父である国王陛下から手渡された小さな通信端末を取り出した。それは王家専用の最高機密回線に繋がるもので、父は俺の肩を叩きながらこう言ったのだ。

「ユウト、この学園生活は、お前の将来にとって重要な経験になるだろう。単なる派閥争いの結果だと思うな。お前自身の目で、未来の王国の姿を見てくるのだ」

父の言葉を思い出し、俺は端末を握りしめた。

「未来の王国の姿、か……」

明日から、俺の長く奇妙な学園生活が始まる。

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