ゲーム世界にモブとして転生したのでゲームの知識で最強になる

桐葉

第1話 見慣れた世界

 夢を見ていた。

 黒い空間に、淡い光が浮かんでいる。


 見覚えのある構図だった。メニューウィンドウ。レベル、スキル、所持金。

 あの頃、画面越しに何百時間も眺めてきた――《コネークスクランブル》のそれだ。


 なぜ、こんな夢を。

 指を伸ばす。ウィンドウが揺れ、ステータス欄の中央に“西日高にしひだか”の名前が浮かんだ。


 ――俺の、名前?


 その瞬間、眩しい光が弾ける。

 次の瞬間、ベッドの上で跳ね起きた。


 心臓が痛いほど脈打っている。

 息が荒い。額に浮いた汗が冷たくて、現実感がまるでなかった。


「……今の、夢……じゃ、ないよな……?」


 視界がぐらりと揺れ、強烈な頭痛が襲ってきた。

 脳の奥で、何かがひっくり返るような感覚。

 そして――洪水のように、過去の記憶が流れ込んでくる。


 日本。コンビニ弁当。モニターの光。

 ゲーム、ゲーム、またゲーム。

 そして、《コネークスクランブル》。

 俺は、あの世界を極めた廃人だった。


「……思い、出した。まさか、この世界……」


 窓の外では、淡い朝日が差し込んでいた。

 街の石畳、煙を上げる煙突、空に浮かぶ青い結晶――

 それは紛れもなく、ゲームの中で見た“ワーバル公国”の風景。


 信じられないが、理解できた。

 ここは俺が前世でプレイしていたあのゲームの世界で、

 俺自身は“モブ”として生まれた存在だ。


「……モブか。よりによって、モブかよ。」


 苦笑が漏れた。

 ゲームでは、英雄も勇者も、何人も見てきた。

 けど今の俺はレベル七。剣も魔法も中途半端。

 このままじゃ、通りすがりの盗賊にも負ける。


 それでも――胸の奥で、妙な高揚があった。


「……やってやろうじゃないか。」


 この世界で、もう一度強くなる。

 誰にも気づかれない場所から、最強を目指す。

 ゲームじゃない。現実として、この世界で。



 翌朝、朝食の席で、父と母に向かって言った。


「俺、アルストフェリア学園に入りたい。」


 父の手が止まる。カップが軽く音を立てた。


「おい日高、あの学園は世界でも屈指の名門だぞ。貴族や天才ばかりだ。そんなところに行ってどうする。」


「挑戦したいんだ。」

 日高は真正面から父を見つめた。

「自分がどこまで通用するのか、試してみたい。」


 母が心配そうに口を挟む。

「あなた、あんなに勉強が嫌いだったのに……急にどうしたの?」


「少し、変わった夢を見たんだ。」

 日高は笑ってごまかした。

「そのせいかもしれない。どうしても、強くなりたいんだ。」


 父はしばらく沈黙していたが、やがて小さく息をついた。

「……わかった。お前が本気なら止めはせん。ただし、条件がある。」


「条件?」


「鍛錬を積め。あの学園に入るには、才能より努力が必要だ。お前に剣を教えられる人間を呼ぼう。」


 日高は驚いた。

 父が誰かに頼み事をするなど、滅多にないことだ。


「知り合いに一人、腕の立つ剣士がいる。お前に合うかはわからんが、きっと何かを学べる。」


「……わかった。頼むよ、父さん。」



 数日後。

 屋敷の庭に、一人の男が現れた。


 黒い外套を羽織り、長い剣を腰に下げている。

 無駄な言葉を一切使わない空気。

 その佇まいだけで、ただ者ではないとわかる。


「アヴィル=レームだ。」

 低い声が響いた。

「お前に剣を教えるよう頼まれた。」


 その名を聞いた瞬間、日高の心臓が跳ねた。

 アヴィル=レーム――。

 《コネークスクランブル》で、隠しルートにのみ登場する剣聖。

 通常プレイヤーでは出会えず、攻略サイトでも都市伝説扱いだった人物。


(……本物、なのか?)


 全身の血が騒ぐ。

 父の知り合いが、まさか“あの”アヴィルとは。

 記憶の中で、彼の剣を何度も目にしてきた。

 だが、今はその本物が目の前に立っている。


「構えろ。」

 アヴィルが木剣を差し出す。


「い、いきなりですか!?」


「言葉よりも剣だ。――来い。」


 その瞬間、アヴィルの足が動いた。

 風が割れ、木剣が空を切る。

 速い。まるで見えない。だが、俺は知っている。


(初撃は右から、二撃目で回り込む――!)


 日高は反射的に体を沈め、木剣を横に振る。

 ガン、と金属音のような衝撃が腕に走った。

 アヴィルの剣が止まっている。受け止めたのだ。


「ほう。」


 アヴィルが目を細めた。

「初見でこれとは……面白い。」


「い、いえ……ただ、なんとなく動きがわかった気がして……!」


「そうか。だが、剣は“なんとなく”で振るものではない。」


 アヴィルが一歩踏み込み、木剣をはじいた。

 日高の体が宙に浮き、そのまま背中から地面に叩きつけられる。


「ぐっ……!」


「悪くない。立て。」


 息を整え、再び立ち上がる。

 足が震える。腕も痛い。

 それでも、心のどこかで笑っていた。


(これが……この世界の本物の強さか。)


 アヴィルの動きは、ゲームよりも鋭く、速い。

 まるで生きたデータのように、目の前の現実を削り取っていく。

 だがそれが嬉しい。

 夢じゃない。この世界は確かに、生きている。


「もう一度お願いします!」


 アヴィルは口の端をわずかに上げた。

「いい目をしている。続けろ。」



 その夜。

 手のひらには豆が潰れ、痛みが残っていた。

 けれど、それよりも心が燃えていた。


「やっぱり、間違ってない。」


 窓の外では月が静かに光っている。

 この世界で、自分の知識と努力だけでどこまで行けるのか。

 想像するだけで胸が熱くなる。


「次は…


…明日だな。」


 日高は木剣を握りしめたまま、目を閉じた。

 剣士アヴィルとの修行が、こうして始まった。




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