第48話 闇夜のまぐわい

 アサシンギルドのボスを討伐し、シーアと子供たちをダンジョンに迎えてから数日が過ぎた。


 俺は玉座の間でラーシュが設計した最新の快適な玉座に深く身を沈め、その平穏を満喫していた。


 アザゼルが俺の膝の上で、深紅のワインを口移しで飲ませてくれる。


「陛下、本日もダンジョンは平穏無事に稼働しておりますわ」


「うむ」


 俺は玉座の間に備え付けられた遠視の水鏡に視線を移す。


 水鏡が映し出しているのは、第九階層ウェリネの森の一角に新設された孤児院エリアだ。

 あの日連れ帰った子供たちとリリアが楽しそうに木の実を集めている。なんと魔王のダンジョンに似つかわしくない牧歌的な光景だろう。


 そして、その傍ら。

 木陰に隠れるようにして、シーアがその様子を静かに見守っていた。


 魔王軍諜報部隊長に任命したはいいが、現状ダンジョンの外に積極的に干渉するつもりはない俺の方針も相まって、彼女は暇を極めていた。


 アサシンギルド時代とは違い、殺すべき対象も、追われる恐怖もない。

 その結果、彼女は唯一の居場所であるこのダンジョンで自分にできることを探しているようだった。


 リリアや子供たちに文字や簡単な護身術を教えたり、ラーシュの工房で工具の整理を手伝ったり、ウェリネの森で薬草を摘んだり。

 ベリアスとの模擬戦――という名の、一方的なベリアスの打ち込み――に付き合わされている姿も見た。


(生まれながらの暗殺者アサシンが、人間らしい生活か。少しずつ馴染めればいいが……)


 俺がそんな事を考えていると、アザゼルが俺の頬に甘く口づけてきた。


「陛下? 先ほどから、シーアのことばかりご覧になって。……もしかして、あの痩せた小娘がお好みでしたか? わたくしというものがありながら……」


「馬鹿を言え。新しい『刃』の切れ味を主として確認しているだけだ」


「あら……。でしたら、その切れ味、今宵はわたくしが陛下のお身体で試して差し上げますわ」


(……やれやれ。今夜も忙しくなりそうだ)


 俺はアザゼルの誘惑に苦笑しつつ、その日の雑務をこなすのだった。


 ◇


 その夜。

 アザゼルとの濃厚な交わりを終え俺が自室のベッドで寛いでいると、控えめなノックの音が響いた。


「……入れ」


 音もなく開かれた扉の向こうにシーアが立っていた。


 ラーシュから支給された簡素な薄手のネグリジェを一枚まとった姿だ。

 月明かりが彼女の長い銀髪と痩せた身体のラインをぼんやりと照らしている。


「……シーアか。どうした、こんな夜更けに」


「…………」


 シーアは何も答えない。

 ただその金色の瞳で俺を真っ直ぐに見つめると、ゆっくりと部屋に入り扉を閉めた。


 そして俺の前に進み出ると、何の躊躇いもなく、そのネグリジェの肩紐に手をかけた。


(……ほう?)


 ストンと薄い布地が音もなく床に滑り落ち、月明かりの下に彼女の全てが晒された。


 その身体はアザゼルのような圧倒的な豊満さも、ベリアスのような鍛え抜かれた肉体美とも無縁だった。


 痩せた肢体。薄く、控えめな胸。


 そして、その白い肌を無数に走る生々しい傷跡。

 それは彼女がとして生きてきた過酷な日々の証だった。


「……マスター」


 彼女はその痛々しい裸身を晒したまま淡々と告げた。


「……私は、あなたが望む……道具、だ。……だが、まだ主に、この身を捧げていなかった」


「…………」


「……私は、これしか知らない。……こうしなければ、私とマスターの繋がりが、いつか消えてしまいそうで……怖い」


 震える声。

 それは、彼女が心の底から絞り出した本音だった。


 道具としてではなく、人間として他者と繋がる方法を彼女は知らないのだ。


 俺は寝台から起き上がり、彼女の前に立った。

 シーアはびくりと肩を震わせたが、目を閉じてこれから行われるであろう行為を待った。


 俺は彼女の痩せた肩に手を置いた。

 そして無数の傷跡の一つを指先で優しくなぞる。


「ひゃ……!」


 シーアが小さな悲鳴を上げた。


「……シーア。お前は、この傷を恥ているか?」


「――!」


「この痩せた身体を、この貧相な胸を、他の女たちと比べて卑下しているか?」


「……わ、私は……っ!」


 図星だったらしい。

 彼女の金色の瞳が、悔しさと恥ずかしさで潤んでいく。


 俺はそんな彼女の細い腰を引き寄せ、強く抱きしめた。


「馬鹿者が」


 俺は彼女の耳元で、魔王としてではなく、一人の男として囁いた。


「俺はお前を道具としてこのダンジョンに招いたわけではない」


「……え……」


「この傷はお前が過酷な運命と戦い、生き抜いてきた証だ。……誇れこそすれ、恥じるな」


「……!」


「この身体も、胸も、全てお前だ。……そして俺は、そんなお前が欲しい」


 俺は彼女の冷たい唇にそっと唇を重ねた。


 シーアの身体が驚愕に硬直する。

 道具として扱われることには慣れていても、女として愛でられることには何の耐性もなかった。


 俺は彼女を抱き上げベッドへと運ぶ。

 その身体は驚くほど軽かった。


 俺が彼女の痩せた身体に覆いかぶさるとシーアは観念したように、しかしどこか期待するように、潤んだ金色の瞳で俺を見上げてくる。

 

 俺はその小さな胸の頂きにゆっくりと口づけを残す。


「ひゃっ……! あ……!」


 シーアの身体がビクンと跳ねた。

 暗殺者としての訓練で研ぎ澄まされた五感が、彼女の身体を常人ではありえないほどの敏感なものへと変えていた。


「ま……待って……! そこは……っ!」


 俺の指が彼女の傷跡を、肌を、愛しむように撫でるたび、彼女は未知の快感に声を殺して震える。


 俺はその蕾が俺の熱で綻び濡れていくのを確かに感じ取った。


「シーア。……道具ではなく、女の声を聞かせろ」


「あ……! で、でも……っ!」


 俺はもう待てなかった。

 俺の魔王の力を彼女の最も奥深くに突き立てる。


「――ッ⁉」


 シーアの身体が強張るが、それも一瞬。

 俺の莫大な魔力が、彼女の冷え切っていた身体に流れ込み、灼熱となって駆け巡る。


「あ……! ああ……! な、なに……これ……! あつ……い……!」


 痛みを、未知の快感が瞬時に上回っていく。

 道具として鍛え上げられた身体が、俺が与える快楽を余すことなく吸い上げていく。


「あ……! だめ……! マスター……! ヴァエル、さま……!」


 彼女が初めて俺の名を呼んだ。

 理性の仮面が崩れ落ち、暗殺者としての冷静さをも一人の女としての情熱に呑み込んでいく。


 彼女の細い脚が、俺の腰に力強く絡みついてくる。


 やがて一際大きい甲高い嬌声が寝室に響き渡る。

 シーアの金色の瞳から、涙が溢れ、彼女の身体が俺の腕の中で、激しく痙攣した。


 ……どれほどの時間が経ったのか。


 俺の腕の中でぐったりと脱力し荒い息を繰り返すシーア。

 その表情からかつての翳りや道具としての冷たさは完全に消え失せていた。


「……マスター……。私……生きてる……?」


「ああ。お前は俺の女として、今を、生きてる」


 俺は彼女の汗ばんだ銀髪を優しく撫でた。


(フッ……。これで五人目。勇者パーティ最強の『刃』も、心身ともに完全に俺のもの、か)


 俺は堕ちた暗殺者のあまりにも無防な寝顔に満足し、そのまま彼女を優しく抱いたまま眠ることにした。

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