第33話 可能性に出会えば

「――失礼。どうやら、お困りのようだね?」


 俺が商人ヴァエルとしての人好きのする笑みを浮かべ工房に足を踏み入れると、ゴツい全身鎧を纏った人物――ラーシュが勢いよく振り返った。


 溶接に使っていたのだろう顔面を覆うマスクのスリットから、鋭い警戒の色を宿した瞳がこちらを睨みつけてくる。


「……ああん? 誰だアンタら? 見慣れねえ顔だな。アタシも人間の依頼は受けねえよ! 今、取り込み中なんだ! 冷やかしなら帰りな!」


 鎧越しでくぐもってはいるがその声は若々しく、そして予想通りかなり喧嘩腰だ。

 工房の入り口に立つ俺の後ろから、アザゼル、ロシエル、ウェリネ、リリアが心配そうに覗き込んでいる。


「いやいや、冷やかしなどとんでもない。実はこちらの工房の評判を聞きつけてね。素晴らしい技術をお持ちだと伺ったものだから、ぜひ見学させていただきたくて」


 俺はあくまで低姿勢に、しかし相手のプライドをくすぐるような言葉を選ぶ。


「……はっ! 評判だぁ? どこのどいつだ、そんなデタラメを言ったのは! この工房はなぁ、街の連中からガラクタ置き場って呼ばれてんだぞ!」


 ラーシュは自嘲気味に吐き捨てると、足元に転がっていた黒焦げのゴーレムの腕を蹴飛ばした。


「どうせアンタらもアタシの失敗作を見て笑いに来たんだろ! さっさと――」


「いや、これは実に興味深い」


 俺はラーシュの言葉を遮り、黒焦げのゴーレムの腕を拾い上げた。


「この構造……通常は魔力で土塊を動かすゴーレムにドワーフ伝統の機械技術の融合を試したものだろう? 発想自体は素晴らしい。魔力による瞬間的な高出力を、歯車の精密な動きで制御する……完成すれば、既存のゴーレムとは比較にならない性能を発揮するだろう」


「……なっ!?」


 マスクの奥で、ラーシュが息を呑む気配がした。

 俺がただのガラクタに見えるであろう残骸から、その設計思想の核心を一瞬で見抜いたことに驚いているのだろう。


「ど、どうしてアンタがそれを……!?」


「それだけじゃない」


 俺は次に、壁に立てかけられていた枯れた蔦の絡まる鎧の試作品に目を向けた。


「こちらは自然の力……植物の生命力を鎧に取り込み、自己修復機能を付与しようとしたと見える。鎧そのものはドワーフの金属加工技術により上等な品が仕上がっている。あとはエルフの魔法があればあるいは……」


 俺がそこまで言うと、ラーシュは完全に狼狽し始めた。


「な……なんなんだアンタは!? 魔術回路のことも、森の民の力のことも……なんでアタシがやろうとしてることがそんな簡単にわかるんだよ!?」


 鎧の隙間から覗く瞳が、警戒から驚愕、そしてわずかな好奇心へと変わっていく。


(食いついてきたな)


 俺は畳み掛けるように核心を突く指摘を加えた。

 もちろんこれも全て『バビロンズ・ゲート』の知識だ。ラーシュのキャラクタークエストで、彼女が行き詰まっている原因として語られていた内容そのもの。


「――だが惜しい。君の理論は素晴らしいが、どちらも完成には至っていないようだ」


「……ッ!」


 俺は黒焦げのゴーレムの腕を示す。


「この魔力回路では、おそらく高出力の魔力を流した瞬間に焼き切れるだろう? ドワーフの金属は魔力伝導率こそ高いが、ただ単に魔石による一定の魔力を流したのでは安定性に欠ける。魔術的な制御理論がなければ、宝の持ち腐れだ」


 次に蔦の絡まる鎧を指差す。


「こちらの鎧もそうだ。植物に生命力を与え自己修復させるには、ただ絡ませるだけでは不十分。常に外部から精霊の力を供給し、循環させるための触媒となる素材とそれを制御する術が必要なはずだ。……だが君にはその知識も協力者もいない」


「…………‼」


 ラーシュは完全に言葉を失っていた。


 自分が何年も一人で悩み、試行錯誤を繰り返し、そして挫折してきた問題点。

 その全てを、今日初めて会ったばかりの見知らぬ男に完璧に見抜かれたのだ。


 鎧のマスクの奥から荒い息遣いが聞こえる。

 深まる疑念と、もしかしたらという微かな希望。


「……アンタ……いったい、何者なんだ……?」


 絞り出すような震える声。


 俺は満足げに微笑み、俺の後ろに控えていた仲間たち――ロシエルとウェリネ――を一歩前に進ませた。

 ラーシュが必要としている、答えそのものを提示するために。


「私はヴァエル。ただの商人だ。だが、君が必要としている力を持つ協力者を連れてきた」


 困惑した声色で立ちすくむラーシャの前に、俺はロシエルとウェリネを引き合わせる。


「彼女は最高の魔導博士ロシエル。そして彼女は精霊術の扱いに長けた専門家ウェリネだ。……君のその素晴らしい融合技術を完成させるために、力を貸してくれるだろう」


「ま、魔導博士……!? エルフ……!?」


 ラーシュの視線がロシエルとウェリネに向けられる。

 

 ロシエルは興味深そうに工房内のゴーレムの残骸を見回しながら口を開いた。


「こちら、拝見しました。この魔力回路の設計思想は素晴らしいですが、安定化機構が原始的なままですね。これなら私の理論を応用すれば、魔力効率も安全性も飛躍的に向上させられます。試作品なら、今すぐにでも」


「え……!? アンタ、そんな凄い理論を……!?」


 ロシエルのこともなげな口調にラーシュが驚愕する。


 続いてウェリネが枯れた蔦の絡まる鎧にそっと触れた。


「こちらの鎧も……。この蔦には大地の力が足りていません。もっと森の精霊の祝福を注ぎ込み、生命力を循環させるための経路を作ってあげれば……ほら」


 ウェリネが魔力を注ぐと、枯れていた蔦がみるみるうちに瑞々しい緑を取り戻し、鎧の表面で生きているかのように脈打ち始めた。

 そしてすぐさま蔦が鎧の欠けた部分を覆うように伸びていく。


「なっ……!? う、嘘だろ……!?」


 目の前で自分の夢見ていた技術がいとも簡単に実現される様を示され、ラーシュは興奮のあまり鎧の中で震え始めた。


「本当に……本当に、アタシの夢が、叶うのか……!?」


「ああ。君の『技』と、彼女たちの『智』と自然の力が合わされば、これまでにない革新的なものが生まれるだろう。……どうだラーシュ? 俺の元で、その夢を実現してみないか?」


 俺が最高の笑顔で手を差し伸べると、ラーシュは一瞬その手を掴みかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る