第17話「お見合い」
卯月家が襲撃されてから数日は、平穏に過ぎていった。
あの日襲撃してきたものが多かった分、近くにいる怪異は減ったのかもしれない。
だが、殺し合いでこそないものの、重大事件が発生した。
「お見合い!?」
朝食の最中に朔夜から聞かされた話に驚いて、ご飯を噴き出しそうになった。
「おいナツミ、みそ汁がこぼれるぞ」
健人に指摘されて、自分が動揺していることに気付いた。
朱音の表情を見て、朔夜はおずおずと続きを話す。
「貴族の家の存続には霊力の高い跡継ぎが必須です。そのため、私に関しては時折縁談が持ち上がるのです」
「朔夜君ってあたしよりちょっと年下だよね!? 早くない!?」
朔夜の姉を気取っているせいか、彼の恋愛事情に対して過剰に反応してしまっている。
「これも世界による違いでしょうか……私たちの世界ではそれほど早くはないかと思います」
それでは、朔夜は近いうちに結婚してしまうのか。
「朔夜君、好きな人いるの!? どんな人!?」
半端な女に朔夜は任せられない。せめて、この目で相手を見極めなければ。
「特定の方が好きという訳ではありません。おそらく、卯月家にふさわしいと認められる家の方と結ばれることになるかと」
朔夜の口振りだと恋愛結婚ではないということだ。
朱音の価値観だと、とてもじゃないが許容できない。
「そんなのおかしいよ! 家のために朔夜君が好きでもない人と結婚するなんて……!」
ここまで口にして、一つ疑問が湧いた。
「そうだ! 白夜様が長男なんだから、白夜様の子供が跡を継ぐんじゃないの?」
「本来ならそうなのですが、兄上は意地でも結婚をしないとおっしゃっているので……」
「あー、それもそうかー……」
白夜が女性と抱き合ったり口づけをしたりするところを想像しようとしてみたが、色々と無理があった。
「で、でも、今までにも縁談があったってことは今回も流れる可能性が高いんでしょ?」
尋ねながら、どうにか自分を安心させようとする朱音。
「それが……今回は卯月家にほぼ匹敵する家ということもあり、家臣からの期待も大きいのです。私も逃げ続ける訳には……」
朔夜の表情は決して明るくない。乗り気でないことは一目瞭然だ。
あくまで家の存続のため。朔夜はその義務感に従わされている。
「白夜様は結婚しろって言ってるの? 自分はしたくないから」
「いえ、兄上はこの件についてなにもおっしゃっていません。仮に私が縁談を断り続けてもその態度は変えないと思います」
白夜は冷淡ではあるが、誇り高い人物だ。責任を弟に押しつけるようなことはしないか。
「だったら、その次に偉い朔夜君は好きにしたらいいんじゃないの?」
誰からも命令されていないのに嫌なことをする必要はない。それが朱音にとっての普通だ。
「それが……そうとも言っていられないのです。卯月家が崩壊すれば、この家に仕える多くの人たちが生活に困りますから……」
朔夜は自らの下につく者たちの心配をしている。
そこへ健人も意見を出す。
「恋愛結婚が当たり前ってのは、俺たちの世界の現代での話だからな。恋愛感情はなくても、お互いにいい関係を築けるならそれもいいんじゃないか?」
朱音としては、いまひとつ納得できない。
「う~ん。タカオはどうせ、美人から告白されても断ってるからいいんだろうけど、朔夜君に好きな人ができちゃったら困るじゃない?」
元の世界で健人が振った女子の数はこの数年で二ケタだ。振られた中にはクラス一の美少女とうわさされていた人もいた。女に興味がないのではないかと疑っている。
そんな女子に冷たい健人とは違い、朔夜は愛情にあふれた人柄だ。慈愛が恋愛に変わる時が来るかもしれない。
「私に好きな人……ですか。少し前まで考えたことがありませんでした」
清廉潔白な朔夜が色恋沙汰と無縁でいたことはイメージ通りだと思った。しかし、微妙に違和感も覚えた。
(少し前まで……?)
今初めて考えたのではないような言い方だ。もちろん、話し言葉なので少々事実とかみ合わない表現が出てきてもおかしくはないが、朔夜だとその辺りはしっかりしていそうだ。
「家のために結婚するなんて時代錯誤よ。タカオだって元の世界で同じことは言わないでしょ」
「そりゃあな。俺だって結婚するなら好きな人との方がいいし」
「あれ? タカオ、恋人作る気あるの?」
先ほどまでの認識を崩された。
「いや……まあ……俺にも好きな人くらいいるしな……」
健人は普段あまり見せないような照れた表情で答えた。
「マジで!? 誰よ、あたしたちと同じクラスの人? よそのクラス? よその学校?」
朔夜の見合いも捨て置けないが、これはこれで気になる。
「クラスは……まあ、同じだな……」
「具体的に誰!?」
「これ以上は言わん」
身を乗り出して聞いていたら肩を突かれた。しつこくしすぎたか。
「そんなことより朔夜の見合いだろ。おまえとしちゃ、朔夜に結婚はさせたくないんだろ?」
当然ながらそちらが優先だ。
「どうして、私の結婚についてそう気になさるのでしょう?」
朔夜は小首をかしげる。確かに余計な世話をしているともいえる。
しかし、友達が望まない結婚をさせられそうなら止めるのが筋ではないか。
「朔夜君には幸せになってほしいからだよ。朔夜君は違うけど、向こうも貴族の娘だったら高慢ちきな奴かもしれないでしょ?」
「そう……ですね。その場合はお断りするように努めます」
いずれにしても朔夜に努力を強いてしまうのか。なにか力になってあげられればいいが。
朔夜の結婚を止めたい理由。それは今口にしたような殊勝なものだけだっただろうか。
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