僕たちは放課後、たぶん、多分に考えすぎている。
石田灯葉
第0話:放課後、いつの間にかいつもの場所で。
「ねえ、結局、『恋』と『愛』の違いってなんなんだろう?」
放課後。おれの家のダイニングテーブル。
鳥見ゆいなの突然の質問に、だけどその場の誰も『突然だな』とは言わない。
その議論は各自がおそらく頭の中で100回くらいしてはいるだろうから。
「なんか、『愛』は『恋』の
と、鳥見は続ける。
「そもそも感情に優劣はないはず……ですよね」
紅茶を飲んでいた
俺もそこに乗っかってみる。
「たしかに。バターとマーガリンってあるけど、あれって別にバターがマーガリンの上位互換ってわけでもないしな……。バターは牛乳の乳脂肪から出来てて、マーガリンは植物性の油脂から出来てるっていう、明確な分類の差がある。そんな感じと考えたほうが自然か……?」
「家族への恋心は一般的には存在しないけれど、家族愛は存在する。とすると、風村くんの言う通り、恋と愛はやっぱり分類の差という可能性は大きいわね。……ただ、鳥見さん」
「ん?」
「どうしてそんなことを突然聞いてきたのかしら?」
前言撤回。
完璧主義の
「いやー……それなんだけど……」
なんだか気まずそうに、そして気恥ずかしそうに、鳥見はそっと打ち明ける。
「クラスの男子に今日『好きなタイプは?』っていきなり聞かれたんだけど、これって、
その質問に俺たち3人は紅茶と緑茶とコーヒーを同時に吹き出しそうになる。
「けほ、けほっ……わたしは、先ほどの抽象的な質問よりも今の具体的な質問の方が唐突に感じますね……!」
紅茶を飲んでいた花野井が頬を染める。
「ただの恋バナの導入にしては、前置きが大仰ね。そもそも、クラスの男子って誰なの?」
緑茶を飲んでいた月白が
「それは、その人のプライバシー的にちょっと言えないんだけど……」
「まあそうだよな」
俺が助け舟を出すと、
「まさか風村くんじゃないでしょうね……?」
月白が
「そんなわけないだろ」
俺がコーヒーカップを置きながら否定すると、
「そんなわけないんだ?」
ココアのマグカップを手にした鳥見はなぜか俺に尋ねるように小首をかしげる。なんだその表情。
「もし俺が
「うん、そうなるよね」
「他人の感情に敏感な鳥見がそういう
「あ、そっか。……えへへ、信頼されてるんだね、あたし」
「信頼っていうか……普通に感想だけど」
鳥見が気恥ずかしそうに頬をかくと、
「いちゃつかないでもらえるかしら?」
月白がジト目を向けてくる。
「「いちゃついてないよ!?」」
「否定が
花野井がくすりと微笑む。別に微笑ましくないだろ。
「でも、どんな流れで聞かれたんだ? まさか、休み時間に入ったらいきなり席まで来て『なあ鳥見、好きなタイプを教えてもらってもいいか?』って言われたわけじゃないだろ? ハリウッド映画じゃあるまいし」
「ハリウッド映画ってそうなのですか……!?」
「間に受けないで、花野井さん。正しくないわよ」
「いやいやそれが、お昼休み学食行こうと思って廊下にでたら、とことこついてきた男子に突然、『なあ鳥見、好きなタイプって聞いてもいい?』って言われたんだよねー……」
「怖いわ……! なんなのよその男子は」
月白が顔を青ざめさせる。ドン引きのご様子だ。
「ねえ、どういう意味だと思う……? そこまで絡んだことがある男子じゃないんだけど……」
「うーん、ポケモンの『タイプ』の話をしてる可能性は?」
なぜか俺を見てくる鳥見に、一応あとでズコーっとならないように潰しておく意味で質問するが、
「あたし、学校でポケモンの話したことない」
と、当然の答えが返ってくる。
「じゃあ……そういう意味なんじゃないか?」
「そういう意味……」
「どういう意味でもそういう意味でも……いずれにせよ、無意味、ということはないですよね」
文学少女の花野井らしい、少しレトリックを含んだ言い方だ。
「たとえば、『ペン持ってますか?』と聞かれるとするじゃないですか。その時に、『はい、ペン持ってますよ』とだけ答えるって変ですよね」
「持っているなら持っているかどうかだけでなくて、『はいどうぞ』とペンを差し出すのが自然、ということね。日本の英語教育の失敗例、みたいなことでよく引き合いに出される話ね」
「はい。つまり、『好きなタイプは?』という質問も単純に『好きなタイプ』を聞かれているわけではないと思います。その方は、ゆいなさんの好きなタイプになろうと思ってるんだと思います。つまり……恋にせよ愛にせよ、好意を持っていると考えるのが自然でしょう」
花野井がひっそりと話すと。
「おめでとう、鳥見さん」
「おめでとう、鳥見」
「おめでとうございます、ゆいなさん」
「なにそれ!? ていうか、そもそも本当に……そういうことなの!? さっきも言ったけど、あたし、全然その男子とこれまでそこまで絡んでないんだよ?」
それでも『仲良くない』とは言わないのが鳥見らしい。気がする。
「いいえ、行間を含めて読み解いていくとそうなります。告白です」
「告白なの!? これを告白だと思うの、やばくない!?」
「鳥見さんの言う通りよ。深読みしすぎだわ、花野井さん」
「だ、だよね……!? 桜子ちゃんが攻め攻めでびっくりしちゃったよ」
「また深読みしすぎる悪癖が出てしまいましたね……申し訳ございません」
しおらしく花野井が頭を下げた。
「ただ、
「もしくは……その男性と仲の良い方が代わりに聞いてほしいと頼んでいる可能性はありますね。物語の世界では、
「そっか……うーん……?」
色々言われて頭の上にNow Loading…をぐるぐるさせる鳥見。
「いずれにせよ大事なのは、鳥見さんがなんて答えたか、よ」
「あー……」
鳥見はバツが悪そうにマグカップをいじいじしながら目を伏せる。
「なんて答えたんだ?」
「『好きになった人が好きなタイプかなー』とか……」
そして、目を伏せたまま言った鳥見の言葉に、
「「「はあ……」」」
3人がため息を漏らした。
「みんなで呆れた感じ出さないでよ!?」
「鳥見さんらしいわね……相手の感情に配慮しすぎた結果、何も答えられていないじゃない。『誰でもいい』って言ってるのと変わらないわ」
「言い方! 相変わらず正論モンスターだなあ、珠亜ちゃんは!」
「同語反復——トートロジーですね。しかし、相手を属性で判断するのではなく、その
「え、そうかな……? えへへ……」
ステレオで聞こえてくる正反対の意見に一喜一憂する鳥見。
「花野井さん。私もその考え方には
「発情!? 珠亜ちゃんはもうちょっと相手の感情に配慮した方がいいんじゃないかな?」
「すると、鳥見さんはその男が通常時なら絶対に選ばない相手でも、むしろそのことに酔って『あたしは属性じゃなくてこの人をこの人自身としてみてるんだ! 恋じゃなくて愛なんだ!』とか言ってほいほいついていってしまうというわけ」
「ついてかないよ!」
「あと、愛と恋に優劣はないって話をさっきしたのに、鳥見さんは『愛』と言われた方が嬉しそうなのも、一貫性がなくて不誠実だわ」
「不誠実!?」
「な、なるほどですね……!」
「桜子ちゃん、納得しないで、説得されないで!? 風村、なんとか言ってよ!」
水を向けられて、俺はさっきから疑問に思っていたことを口にする。
「なあ、女子ってひくほど発情するってことがあるのか……?」
「な、なな、ないよ!? ……ないよね? ていうか、さっきから黙ってると思ったらそんなこと考えてたの!?」
「す、すまん……」
「謝るとリアルね……」
月白がぼそりと呟いて、俺から少し距離をとる。おい、自分が言ったんだろうが。
「こほん……冗談はさておき、」
「冗談だったのですか?」
「冗談だった方が気持ち悪いけれど」
…………はあ。
「……さておき、それが恋と愛の定義だとしても、そもそもどこまでが『属性』で、どこからが『その人自身』なのかっていう定義自体、難しくないか?」
「それは言えてるかも。どうやってそれを判別するの? って話だよね」
「そんなの簡単よ」
さらり、と月白が長い髪を払う。
「え、そうなの?」
「相手のクローンがいたとして、それで代わりが利くか考えればいいのよ。つまり、まったく同じ属性を持った別人と言う意味ね。利くなら恋、利かないなら愛。これでどう?」
「「「ああ……」」」
なんだかトンチキなボケをかますのだろうと身構えていたら、案外ちゃんとした説を提唱してきた。
「SF小説のようですね……今の私には想像も出来ませんが……」
花野井が頬に手をあてて、もの思いに
「あのさ、愛とか恋とかってさ……友情にも存在するのかな?」
「ん?」
鳥見の質問で、話がもう一段階複雑になる。
「相手を属性で見るかその人自身で見るかって、恋愛関係に限らないでしょ?」
「『恋』と『愛』の話ですが、『恋愛』に限らない……ふふ、なんだか不思議なお話ですね」
花野井が嬉しい発見をしたように微笑む。
「もし、友情にも恋とか愛とか存在するとして……それでもし、あたしたちが相手を属性で選んでたとしたら、あたしたちって多分
「「「ああ……」」」
その言葉には妙な納得感があった。
俺たち4人は、同じクラスではあるが、いわゆるグループもカーストも……『領地』のまったく異なる4人だ。
きっと、あの日がなければ、一生交わることもなかったのだろう。
……そう、偶然に偶然が重なった、あの日が始まりだったのだ。
===
<あとがき>
ラブコメの新作です!
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