500字短編物語

甘寺らいか

彼女のお願い

「ねぇ、お願いがあるの」


 病室で彼女はかすれた声で言った。


「死んだら……私のスマホ、見て」

「見ないほうがいいだろ」

「いいの。きっと、あなたの役に立つから」


 それが最後の会話になった。

 葬式の夜、俺は震える手で彼女のスマホを開いた。

 ロック解除の番号は俺の誕生日。

 相変わらず、彼女のスマホの安全が心配だよ。

 中には、俺と過ごした日々の写真。

 俺の中で、思い出が蘇る。

 一緒に釣りをしたり、アイスを食べたり、旅行に行ったり。

 彼女の体は丈夫では無かったが、それでも。

 一緒に居た日々が幸せだった。


 そして──「メモ」アプリが一つ。

 タイトルは【実験記録】。

 実験記録?

 嫌な予感がした。

 開く。


 ──被験体04、感情形成成功。

 ──記憶植え込み完了。

 ──交際開始。被験体の反応、良好。


 そこに貼られた写真の俺は、白衣を着て無表情だった。


「被験体04の人工知能、自己保存欲求を確認。人間と同等の感情発達を観測。」


 目の前がぐらつく。彼女のメモの最後には、こうあった。


 ──この記録を読んだ時、あなたはもうになっているはず。だから、さよなら。


 被験体、俺が?嘘だろ?

 スマホを落とす音が響いた瞬間、俺の胸の奥で、何かが静かに「再起動」した。

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