第3話 事故キス一発で世界を壊しかねない妹が降臨
「……帰るぞ。」
リアムが淡々と指を鳴らすと、
転移光が二人を包み――学院裏庭に帰還した。
夕焼けが差し込む静かな場所。
だが、その静寂は――
三秒後に粉々になる。
「ん?」
「え……あ……」
フィーネ・レストリアの震える手が、リアムの袖を握ったまま。
その姿はどう見ても、
──デート帰りの雰囲気。
そして、タイミング悪くそこへ現れたのは……
「リアム!?」「フィーネも!?」「なんで二人一緒に……!」
よりにもよって、Sクラスの連中が数名。
バッチリ視線がぶつかる。
フィーネの顔が瞬時に真っ赤になった。
「ひっ……!? え、あ、その……! ち、違っ……これは……っ!」
「落ち着け。」
「む、無理ぃぃぃぃぃ!!?」
完全にパニックだ。
フィーネの足がカクンと揺らぎ――
「きゃっ!」
「おい。」
リアムが抱き寄せるように支えた――
その瞬間。
フィーネの身体が勢いあまって前に倒れ込み、
二人は地面へ――
ドサッ!!
リアムが受け止め、
そして。
──フィーネの唇が、リアムの唇に触れた。
ほんの一秒。
されど永遠にも感じる一秒。
夕風が止まった。
葉の揺れる音も止まった。
Sクラス全員も止まった。
時間が世界ごと凍りつく。
「「「…………………………は?」」」
次の瞬間――
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!?!?!?!?」」」
爆音のような悲鳴が校舎に反響した。
フィーネはリアムの胸元で、
「~~~~~~~~~~!?!?!?!?」
(言葉にならない悲鳴+呼吸困難)
耳まで真っ赤、目は涙目。
まるで爆発寸前の火山。
一方リアムは、
「……転倒事故だな。」
無表情。
> 《リアム様!? 反応ゼロ!? 少しくらい照れましょうよ!!》
(接触事故だ。)
《違う違う違う!! 完全にキスです!! 物理的事実です!!》
(事故だ。)
※会話が噛み合っていない。
倒れた姿勢のまま、フィーネの手がリアムの胸をぎゅっと掴む。
「ち、ちがっ……! これは……違っ……ちが……その……あの……」
「き、キス……きしゅ……キス……リアム君と……うそ……っ……」
涙目で呼吸が乱れ、顔の赤さは限界突破。
周囲のSクラスはもう地獄絵図だ。
「おい嘘だろ!!?」
「マジでくっついたぞ!? リアムの唇に!!?」
「リアム × フィーネ……公式化……?」
「今の映像記憶に焼き付けたい!!」
「いややっぱ消したい!!」
カオス。
事故キスで固まるフィーネ。
無表情のまま揺れもしないリアム。
――だが。
その“唇と唇の触れ合い”という事実が、
ひとりの少女の精神世界で何かを完全に破壊した。
その瞬間。
学院全体に、異常な震動が走った。
風が逆方向へ流れ、木々が軋みを上げ、
大地そのものが苦しむように低く唸る。
ただの魔力反応ではない。
この世界の理(ことわり)が軋む音だった。
「な……なんだ……!? 息が……吸えない……!」
「魔力圧じゃない……もっと……悪い……もっと深い……!」
「空間が裂けてる!? 魔法じゃない……現象そのものが崩壊してる!?」
教師でさえ膝をつき、
生徒たちは恐怖で立ち上がることもできない。
上空。
静かに――静かに――
パキ……パキ……パキ……パキ……ッ……!
空間に白いひびが走り、
まるでガラス越しに他の世界を覗いているかのようだった。
だが、そこから漏れ出したのは光ではない。
どす黒い“呪い”そのもの。
黒霧、黒炎、黒糸、黒膜――
あらゆる呪術的構造が混ざりあい、
世界を侵食しようと蠢いている。
> 《り、リアム様!? 妹様の魔力量、測定不能です!
……たぶんあれ、“世界破壊クラス”の殺意です!!》
(……出たか。)
リアムは微動だにしない。
しかし周囲の生徒は呼吸さえ困難になり、
涙や涎が勝手に出始めていた。
「な……んだよ……これ……殺される……っ……!」
「目、目を合わせたら終わりだ……!!」
「誰だ!? 何が来る!?」
ひび割れの向こう――
そこには、黒く沈んだ部屋が見えた。
照明はなく、光源もなく、
ただ“壁一面に貼られた写真”だけが輝いている。
写真。
写真。
写真。
全部――リアムの。
祝福のように貼られ、
呪術的に並べられ、
赤い糸が一本ずつ丁寧に結ばれている。
そしてベッドにも、枕にも、床にも。
まるで 「リアム教の神殿」 と形容できるほど整然。
その中央に、少女がひとり。
金髪が乱れ、顔は涙で濡れ、
笑みと嗚咽が同時に漏れていた。
「お兄ちゃぁぁぁぁぁ……ん……
今日も……かわいい……
世界で一番……尊い……
息をしてるだけで……幸せなの……
私の……全部……全部……全部……♡」
その声には、
狂気、愛情、信仰、呪い、執着、幸福、破滅
すべてが均等に混ざっていた。
少女は自分の胸をぎゅっと抱きしめ――
「愛してる……愛してる……
愛してる愛してる愛してる愛してる
お兄ちゃんは……私の……神……♡」
痙攣するように震えた瞬間。
――空間が破裂した。
ドガァァァァァァァァァァン!!!!!!
爆音も遅れて届く。
破壊された空間の断片が黒い光となって四散し、
その中心からひとりの少女が降臨した。
制服ではない。
ただの少女でもない。
その姿は――
神にも魔王にも分類できない、規格外の存在――
地面が陥没し、
黒い煙のような呪気が地中から滲み出す。
草木は一瞬で枯れ、
小さな虫はその場で黒炭になり、
鳥の鳴き声すら止んだ。
彼女がそこに“存在する”だけで、世界が弱り始める。
「…………」
リリアが一歩、歩く。
その一歩で、周囲に“黒い領域(カース・ドメイン)”が広がり、
世界の理(ことわり)がねじ曲がる音が響いた。
ひび割れた空間から黒炎が吹き出し、
風は逆流し、
学院の防衛結界は緊急警告を連打するが、
すべての警報がノイズ混じりに歪んでいった。
「っ……なんだ……!?
絶対に人間の気配じゃない……!?」
「息が……できない……
魔力が、勝手に……食われていく……!」
「リアムの……妹……?
冗談だろ……こんな存在……生き物じゃねぇ……!」
生徒も教師も、その場で膝をつくしかなかった。
呪いの圧力が、魂ごと押し潰しにきていた。
その中心に立つ少女――
リリア・アルヴァードは
“神でも魔王でもない。世界を呪い殺す概念”
そのものだった。
リリアはゆっくりと顔を上げる。
その双眸は、深紅と漆黒が入り混じる螺旋。
狂気と愛情、そして破滅が共存している。
その視線の先――
リアムの胸元で震えるフィーネ。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!!!!!!
地面が震え、
空気がねじれ、
空間に黒い“拒絶線(アンチ・マナクラック)”が走る。
リリアの唇が震えた。
「……お兄ちゃんの……
だいじな……だいじな……くちびる……」
涙が一粒、落ちる。
だが次の瞬間。
リリア
「――“あのアバズレに奪われた”……ってこと?」
その言葉とともに――
学院裏庭が 爆発した。
ドゴォォォォォォォォォォン!!!!!!
黒い衝撃波が四方八方へ走り、
地面の土を削り、
木々を黒い炭に変え、
周囲にいた生徒たちは吹き飛ばされ、
教師たちは結界で自分を必死に守るしかなかった。
「ひっ……!?」 「な、なにこれ……殺意が……直接、脳に……!!」 「やばい……目を合わせるな……殺される……!!」
黒い呪符が勝手に生成され、
空間に浮かぶ。
リリアの両手がゆっくりと持ち上がる。
その掌に――黒い呪殺術式が編まれていく。
「……お兄ちゃんの唇に触れた罪……」
フィーネの足元から黒い呪糸が伸び、
四肢を絡め取り、
動きを封じる。
「ひっ……! ま、待って……リアムく――」
リリアの瞳が細まり――
「――この世界が五つ滅ぶくらい、重いのよ?」
呪殺術式が光る。
フィーネの心臓へ向けて、黒い槍が形成される。
その殺意は純粋。
悪意も、迷いもない。
ただひとつ。
「お兄ちゃんの唇に触れた“罪”を殺す」
その一点だけ。
周囲の空気が裂け、大地が沈む。
フィーネの身体から魂が引き抜かれかける。
《りっ……リアム様!!
リリア様の呪殺術式、完全に魂ごと破壊するタイプです!!
フィーネさん、もう1秒保ちません!!》
(……仕方ない。)
リアムが一歩前に出た――その瞬間。
リリアの呪殺術式が 発動する。
黒い槍がフィーネへ向けて放たれ――
リリアの呪殺術式が完全発動し、
黒い槍がフィーネの心臓へ一直線――
魂ごと貫かれるまで、あと0.4秒。
その瞬間。
世界がひっくり返った。
ゴオオオォォォォォォン!!!!!!
上空から天光の柱が落ち、
学院の地面が衝撃で波打つ。
空間そのものが反転し、
黒い呪いの空間へ――“黄金の亀裂”が走った。
「おいこらリリアぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
神鳴りのような声が響く。
黄金光をまとい、白いコートをひるがえして降臨したのは――
リアムの創造した兄にして、
神術系統の最上位を操る男。
◆ アウル・アルヴァード
――“世界で最も妹に甘い兄”かつ“神罰級の制御者”
その落下地点だけ、天界のように明るくなる。
彼が一歩踏み出すだけで、
リリアの呪い領域が弾け飛び、
死の気配が後退していった。
「よォ、我が可愛い弟♡
今日はまたずいぶんカオスを撒き散らしてるじゃねぇか♡」
にっこり笑うアウル――だが次の瞬間。
片手で、リリアの呪殺槍を“握り潰した”。
バキィィィィッ!!!
黒い槍がひしゃげ、
呪殺術式そのものが音を立てて崩壊していく。
「は?」 「え?」 「…………?」
生徒たちは意味が分からず沈黙。
だがアウルは笑顔のまま言った。
「リリア。
ここで彼女殺したら――」
黄金の瞳がすっと細まる。
「リアムに、嫌われるぞ?」
その一言が、
リリアの心臓に“直撃”した。
動きが完全に止まり、
「………………っ!!」
唇を噛みしめ――
「そ、それは……嫌っ!!!」
涙目で叫んだ。
その瞬間、
学院裏庭を覆っていた呪いの覇気が一気にしぼんだ。
黒い靄が消え、
空間の裂け目も閉じ、
死の圧力が霧のように晴れていく。
「あ、あれ……空気が……吸える……!」
「結界……正常化……!」
生徒たちは地面に倒れ込みながら息を整える。
――その兄妹喧嘩、国家防衛レベル
リリアが泣きそうな顔で呪殺を止めた……はずだった。
しかし。
アウルが空間を軽く払ってリアムへ近づこうとした瞬間――
森の奥で眠っていた魔獣たちが一斉に逃げ出し、
学院の結界は第二警告を鳴らし、
地面が小刻みに震えた。
発生源はもちろんリリア。
「いや~ほんと焦ったぞリリア!
リアムの前で世界壊す気か? 可愛い妹だな~♡」
アウルがにこにこしながら言うと、
リリアのこめかみに青い筋が浮かんだ。
怒りの波動が、魔獣を10体まとめて昏倒させる。
「なにが“可愛い”よクソ兄……!!
あんた今、私の呪殺術式を――素手で壊したでしょ!?」
「壊すよ~。
だってぇ、フィーネちゃん死んだらリアム悲しむもんねぇ♡」
アウルはなぜか胸を張っている。
それが、リリアの地雷を踏み抜いた。
「“ねぇ♡”じゃないわよ!!
あんたなんでそんなにリアムにベタベタするわけ!?
ふざけんな!!」
リリアの周囲に黒い火柱が上がる。
呪符がぱらぱらと空間に浮き出し、
地面に刻まれた呪紋が深くなり、
学院の防衛システムが三度警報を鳴らした。
《アラート:未知の呪術領域が発生――》
《リアム様! 警報が“未知の呪術”扱いです!!
この2人だけで国家災害級です!!》 (知っている。)
アウルはそんな非常事態を無視し、
リアムへ両腕を広げる。
「だってぇ……
愛しの弟、リアムぁぁぁ~~ん♡
抱きしめるの久しぶりだねぇぇぇ♡♡♡」
その声は、完全に天使のような甘さ。
が――
「近づくなクソ兄!!!!」
リリアが絶叫した。
怒号と同時に、黒い呪い糸が数百本、
空間を切り裂きながらアウルへ殺到する。
地面に落下した草木は一瞬で枯れ、
小石は粉々に砕け、
空間そのものがざらついた悲鳴を上げた。
「おわっ!? ちょ、リリア!?」
アウルは片手で呪い糸をすべて薙ぎ払った。
その光景はまるで、
“災害を手でさりげなく払う神”そのもの。
だが、リリアの嫉妬は止まらない。
「お兄ちゃんに触れていいのは私だけなの!!
リアムは私のものなの!!
あんたの汚い手で触れないで!!」
「え~?
だってさぁ、俺もリアム好きだし?」
「死ねクソ兄!!!!」
黒い稲妻がアウルを直撃――
したかに見えたが、アウルは笑顔のまま。
「はいはい、妹ちゃん嫉妬のしすぎ~。
兄としてリアムを愛でるのは当然の権利でしょ~?」
「どこにそんな権利があるのよ!!
リアムに触れていいのは私だけ!!
私一人だけなの!!」
怒りの圧が暴走し、学院裏庭の空が黒く染まる。
黒い雲が渦巻き、
魔力嵐が発生し、
風が逆流し、
地面が波打った。
「フィ……フィーネちゃん…………?
あれ……本当に妹さん?
なんか世界滅びません……!?」
「Sクラスの誰か」
「……あれは人じゃねぇ……」
《リアム様!? このままだと学院の半分が崩壊します!!》 (分かった。)
リアムは心の底からため息をついた。
(……本当に面倒だ。)
黒呪雷と金の光壁がぶつかり、
空間は悲鳴を上げていた。
学院裏庭の地面が波打ち、
大気は渦を巻き、
空は赤黒く滲み始め、
次の瞬間には裏庭ごと破壊されてもおかしくない――
そんな末日レベルの魔力衝突が起きた、その刹那。
リアムが、ただ 一歩 前へ踏み出した。
――たった、それだけ。
だが。
世界が 止まった。
風が凪ぎ、
木々が沈黙し、
魔力の流れがぴたりと止まり、
呪殺陣の光すら動かない。
全てが凍りついたような感覚。
自然現象ではない。
魔法ではない。
圧でも、殺気でもない。
それは――
“存在そのものによる絶対的な支配”。
神話で語られる“理の座”に座した者だけが、
本気を出すまでもなく発する概念の暴力。
それがリアムから、無造作に溢れた。
《り、リアム様……!? これは……“理の支配”……!
領域じゃなくて……概念の固定化です……!?》
(黙れ。)
リュミナでさえ震えた。
この世界の物理法則は、今――
“リアムの気分”だけで動いている。
リリアは呪雷を放つ体勢で固まり、
アウルは両腕を広げたふざけた姿勢のまま動けず、
フィーネはリアムの背に隠れたまま息を止めた。
その静寂の中。
リアムの声だけが、
氷より冷たく響いた。
「――いい加減にしろ。」
それは怒号ではない。
怒気でもない。
ただの、淡々とした一言。
だがそれだけで。
リリアもアウルも、全身が悲鳴を上げた。
「っ……!!?」
「うぐっ……!!」
膝が抜け、
魔力は霧散し、
呪殺式も光壁も強制終了。
二人とも、地面に崩れ落ちる。
リリアは震える声で呟いた。
「お、お兄……ちゃんの……“本気の一歩”……
な、なんで……今……」
アウルは地面に片膝をつきながら、
表情を引きつらせた。
「あ、あはは……っ……
いや……ほんとに……怖っ……!
世界、止まったじゃん……!」
兄妹は知っていた。
リアムには――
“理を二、三本ほど書き換えるくらい”は、
散歩感覚でできるということを。
だが。
その力が向けられたときの恐怖を、
今、骨の芯から思い知った。
リアムは淡々と、
二人を見下ろしたまま続けた。
「お前たちは、俺の世界を壊す力を持つ。
だが――」
わずかに目を細める。
「壊す場所を間違えるな。」
リリアは震え、
アウルは苦笑し、
フィーネは背中越しにリアムの気配を感じながら息を飲んだ。
その場にいた全員が悟った。
この世界で最も怒らせてはいけない存在が誰なのかを。
暴走しかけたアウルの光、
世界を呪いで塗りつぶすリリアの闇。
常識で考えれば、
どちらかが学院ごと吹き飛ばしてもおかしくない。
そんな、終末寸前の空気の中――
リアムが、
まるで”埃を払うような”軽い仕草で、指を鳴らした。
パチン。
たった、その一音。
だが。
世界が変わった。
「――っ!?」
「おぉっと……マジか……これは……」
透明の
リリアとアウルの周囲の空間が、
音も光もなく、ただ静かに“変質”した。
空気の密度が変わり、
色彩の階調が一段減り、
世界から“情報”が引き剝がされたような違和感。
次の瞬間――
ふたりの全身から魔力の灯が、
完全に、“消えた”。
「ちょっ……!?
な、何これ……!? ど、どうして……
呪術が……流れない……っ!?」
リリアが両手を広げ、呪符を浮かべようとする。
しかし、指先ひとつ動かない。
呪いの回路が、
術式の糸が、
黒い魔力が、
どれも“一粒”も動かない。
「……うそ。
この世界……魔力が……“存在しない”……?」
彼女の声が震える。
リリアはこの世界屈指の呪術師であり、
存在そのものが“魔”の体系に近い。
その彼女が、魔力を呼び出せない。
ありえない。
絶対に。
だが今は――
現実だった。
「いや~……これヤバいな。
魔力循環が完全に“ブロック”されてる。
俺の“神域”の感覚すら一切届かないって……」
アウルは笑っているが、瞳の奥は笑っていない。
「ねぇこれ、魔力遮断じゃなくて……
“概念断絶”だろ?」
アウルは理解した。
ここは――
魔力が存在すること自体が禁止された空間。
魔力を発生させる行為すら、“理”の段階で潰される空間。
つまり。
リアムが、この世界の法則ごと切り取って、書き換えた空間。
「俺たち……これじゃ本当にただの一般人……」
リリアの顔色が真っ青になる。
「いや……一般人以下……
魔力が無い世界で呼吸してるみたい……苦しい……」
リアムは言う。
「Null-Domain。
“この空間には魔力という概念が存在しない”という設定だ。
お前たちが何をしても、魔力は発生しない。」
それは“封印”ですらない。
世界のルールを丸ごと書き換えたただの箱庭。
「お前たちが暴走すると面倒だ。」
「め、面倒って……お兄ちゃん……
私……世界壊す一歩手前だったのに……?」
「知っている。」
「知ってて軽い一言で対処したのお兄ちゃん……?」
「うるさい。」
リリアの肩がビクリと跳ねた。
アウルがようやく笑いを消し、
少し震える声で言った。
「……リアム。
本気で言うけど……
これ、王国どころか、世界最高位の術式でも突破できないぞ?」
「ああ。」
「“全魔力の否定領域”なんて……
普通は存在自体が許されない……
神の座でも、ここまで自由に作れないんだが……?」
「そうか。」
「そうか、じゃねぇわ!!?」
リリアは呪術が使えないことに気づき、
初めて、目に見える恐怖で震えた。
「おに……お兄……
こ、これ……嫌……
魔力が……何も……ない……世界……
こんなの……何も聞いてない……!」
いつもの狂気的な嫉妬や愛の叫びはなく、
ただ純粋な“不安”だけが滲み出ていた。
その光景に、
周囲のSクラスも息を呑む。
「あの化け物みたいな妹が……怯えてる……?」
「リアムの“檻”の方が怖いってこと……?」
「ど、どんだけなんだよあいつ……」
リアムは、ため息をひとつ。
「騒ぐな。
危険だから閉じ込めただけだ。」
その声音は淡々としている。
だが、兄妹には“絶対値”として刺さる。
誰よりも恐れて、
誰よりも信じている存在が。
たった一秒で、自分たちを無力化した。
その事実が、
アウルとリリアの心を深く抉った。
そして、リアムの背後。
フィーネは見てしまった。
兄妹の圧倒的な力。
そしてその兄妹を、
リアムが無感情な一手で停止させた光景を。
胸が熱くなり、
同時に震えが止まらない。
(……リアム君って……
本当に……“桁違い”なんだ……)
守られた――
という実感が、心臓を強く締め付けた。
透明の
魔力も呪術も完全に奪われた兄妹。
暴れようにも暴れられず、
ただ幼い子供のようにリアムの一言を待つしかない。
そんな二人を前に、リアムは――
淡々と、無表情で。
「うるさい。」
たったそれだけ。
だが、リリアとアウルの背筋が“ガクン”と落ちた。
声も出ない。反論すらできない。
なぜなら――
この一言は、世界の“上位”から下された命令のように響いた。
普段どれほど暴走しようと、
どれほど狂気と神域の力を振りかざそうと、
リアムの一言は――
絶対。
覆すことができない。
「……あのな。」
リアムはわずかに目を細め、
兄妹に視線を向ける。
「お前たちの兄妹喧嘩で、学院の結界が三つ壊れた。」
「え……?」
アウルの笑顔がひきつる。
「学院の魔獣飼育舎が泣きながら逃げていった。」
「えっ……?」
リリアの肩が小刻みに震える。
「学生十五名が、殺意と呪気で気絶した。」
「うそぉ……」
二人の顔から完全に血の気が引いた。
本気で“世界壊す勢い”だった自覚が
ようやく芽生え始めたらしい。
リアムは続ける。
「だから言う。」
その瞬間、
アウルもリリアも、息を止めて待つ。
リアムの次の言葉が、
全てを決めるからだ。
「次に問題を起こしたら――」
空気が凍りつく。
風の音すら止まった。
「二人とも、しばらく存在を“ログアウト”させる。」
「ろ、ログアウト……?」
アウルが笑顔のまま固まる。
リリアは真っ青になって口をパクパクさせた。
「お兄ちゃん、それって……
ちょっと休ませるって意味……じゃないよね……?」
リアムは答えない。
ただ、事実だけを告げる。
「理解できるまで、お前たちを世界から消す。」
「ひっ……!?」
リリアの瞳から涙が溢れ出る。
「やっ……やだ……!
リアムに……嫌われたくない……!!
いやあぁぁぁぁぁぁ!!」
Null-Domainの檻の中で暴れようとするが、
魔力はゼロ。
呪術もゼロ。
力も通らない。
ただ苦しむだけ。
アウルも苦笑していたが、
額に汗が滲む。
「り、リアム、その……それ冗談……だよな?
兄として……その……なぁ?」
リアムは一切の感情なく言い捨てる。
「冗談を言うと思うか?」
「……ッ!!」
アウルは完全に黙った。
学院裏庭にいた生徒達も、
あまりの緊張に声が出ない。
誰もが悟った。
――この二人でさえ、リアムの怒りを買えば“消される”。
世界の覇者クラスの兄妹が、
リアムの一言でガクガク震えている。
その光景は“絶対的な階層差”を見せつけるには十分だった。
「……分かったなら、黙って座っていろ。」
リアムがそう告げた瞬間、
二人は反射的に正座した。
アウルは背筋を伸ばし、
リリアは涙目でうつむきながら震えている。
まるで幼い子供が親に怒られているようで、
周囲のSクラスは言葉を失った。
「な、なんだこの……地獄の家族関係……」
「いや家族? 世界を滅ぼす兄妹を、
ワン操作で黙らせられるってどういう……?」
「リアム……どんだけ強いんだよ……」
フィーネはリアムの背中を見つめながら、
胸がぎゅっと締め付けられた。
(……やっぱり……この人は……
私の想像より、ずっとずっと……)
(……規格外の存在……)
涙の跡が残る頬を押さえながら、
心臓が壊れそうなほど鳴っていた。
怒りも焦りも表に出さず。
リアムはただ一言――静かに言った。
「……フィーネが怖がっている。」
兄妹は、音が聞こえるほど“ビクッ”と震えた。
アウルは冷汗を流し、
リリアは顔から一瞬で血の気が引く。
(あ……終わった)
二人の中で、同じ結論がはじき出されていた。
――リアムの大切な存在を怯えさせた。
これは、死より重い罪。
兄妹は同時に地面に飛び込み、
額を土にこすりつける勢いで土下座した。
「ご、ごめんなさいリアム!!!
本当にごめんなさい! 悪かった!!」
「わ、私が悪かったの!!
フィーネに呪殺術式飛ばしてごめんなさい!!!
殺すつもりはなかったの!!!
いや殺すつもりはちょっとあったけど!!!
ごめんなさいぃぃぃ!!!!」
裏庭に響く兄妹の絶叫。
フィーネはまだリアムの服を握りしめて震えている。
その姿を見たリアムは――
完全に表情を消した。
「……罰だ。」
その瞬間。
空中に淡い光が集まり、
一点を中心に“ぎゅううう”と凝縮されていく。
周囲の魔力が逆流し、
風が渦を巻き、光が重力を帯び……
そして形を成す。
巨大な光の塊。
巨大な……ハンマーだった。
学院裏庭に数十人が集まっていたが、
全員が口を開いたまま動けなくなる。
「……で、でか……っ……」
「なんであれが空中に浮いてんだ……?」
「死刑道具じゃねぇか……」
アウルとリリアは顔面蒼白。
「ちょ、ちょっと待てリアム!?
お、俺たち、反省してるだろ!?
なあ!? なあああああ!!?」
「お兄ちゃんやだっ!!!
お兄ちゃん死んじゃうぅぅぅぅ!!!」
リリアは半泣きで兄にしがみつく。
「リアム!!
優しめで!!
“優しめに殴ってください”お願いします!!!
ほんとにお願い!!!
死ぬのは嫌ぁぁぁぁ!!」
だが。
リアムは一切聞かない。
「殴れ。」
淡々と、その一言。
光のハンマーが――
重力に逆らうように静かに上昇し……
次の瞬間――
ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
天地を割る轟音。
裏庭の大地が爆発的に沈み込み、
兄妹二人の姿がクレーターの底へと消える。
衝撃波で周囲の木々が揺れ、
地面が波打つように揺らぎ、
Sクラスの数名は尻餅をついた。
「うわああああああああ!?!?」
「死んだ!? 今の死んだよな!?」
「地面割れてんじゃねぇか!!」
クレーターの底では――
「…………ぐふっ」
「ひ……ひぃ……ッ……」
アウルが変な声を漏らし、
リリアは目を回しながらプルプル痙攣していた。
しかし。
リアムは言い放つ。
「それでもまだ生きている。
耐久だけは褒めてやる。」
兄妹は涙と土まみれで震えながら答える。
「ご、ごめんなさいぃぃぃ……
ま、まじで反省してます……」
「も……もうしません……
フィーネ殺しません……
唇も……奪いません……
ごめんなさい……」
世界最強レベルの兄妹が、
今はただの泣きじゃくる子供のようだった。
フィーネはその様子に呆然としつつ、
リアムの袖を掴んで小さく震えている。
(リアム君……やっぱり……
本当に……とんでもない存在……)
その目には恐怖ではなく、
“安心”が浮かんでいた。
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