犯人は読者、あなたです──探偵が死んだ朝  二人称ミステリー連作

ソコニ

第1話「探偵が死んだ朝」


1

あなたは目を覚ます。

違和感が、最初に来る。天井が違う。壁紙が違う。空気の匂いが違う。ここは、あなたの部屋ではない。

次に来るのは、痛み。頭が割れるように痛い。二日酔いに似ているが、もっと鈍く、もっと深い。脳の奥が軋んでいる。

そして──。

あなたは右手を持ち上げる。

赤い。

手のひらが、指が、手首まで、真っ赤だ。

血だ。

心臓が跳ね上がる。あなたは上半身を起こす。視界が揺れる。吐き気が込み上げる。だが、それよりも先に──あなたは見てしまう。

床に、倒れている男を。

背広姿。四十代半ば。黒縁の眼鏡が床に転がっている。そして、背中に──ナイフが刺さっている。柄まで深く。白いシャツが、赤黒く染まっている。

あなたは知っている、この男を。

名探偵・神代修一。

死んでいる。

あなたの手は震えている。赤く染まった手が、小刻みに震えている。呼吸が浅い。心臓が早鐘を打つ。

逃げろ。

本能が叫ぶ。

理由はわからない。何が起きたのかもわからない。だが、あなたの身体は動いている。立ち上がる。ふらつく足で、ドアに向かう。

ドアノブを掴む──血がつく。

構わない。あなたはドアを開け、廊下に飛び出す。見知らぬマンションの廊下。非常階段を駆け下りる。誰にも会わない。エントランスを抜け、外へ。

冷たい空気が肺に入る。

十一月の朝。午前七時過ぎ。通勤する人々の流れ。あなたはその中に紛れ込む。

歩く。ただ、歩く。

五分後、あなたは公園のトイレで手を洗っている。水が赤く染まる。何度も何度も石鹸をつけて洗う。爪の間まで。

鏡を見る。

顔に血はついていない。服にも、わずかな飛沫があるだけ。ジャケットを脱げば目立たない。

あなたは深呼吸する。

落ち着け。

何が起きた?

思い出せ。

昨夜──。

昨夜、あなたは何をしていた?

記憶が、ない。

いや、ある。断片的に。

午後七時。会社を出た。

午後八時。どこかの店で食事をした、はずだ。

それから──?

空白。

そして、目が覚めたら、あの部屋にいた。

あなたは、神代修一を殺したのか?


2

あなたは自宅に戻る。

妻は、いない。リビングのテーブルにメモが置いてある。

『母の具合が悪くて実家に行っています。今夜には戻ります』

あなたは時計を見る。午前八時。

テレビをつける。ニュースを流す。

まだ、報道されていない。

当然だ。あなたが部屋を出てから、まだ一時間も経っていない。遺体の発見は、これからだ。

あなたはシャワーを浴びる。血の匂いが消えない気がして、何度も身体を洗う。

着替える。汚れた服をゴミ袋に入れる。どう処分するか、まだ決められない。

リビングに戻る。

スマートフォンを手に取る。

着信履歴を確認する。

昨夜、午後十一時三十分。神代修一から着信。

あなたは、出なかった記録になっている。

メッセージが残されている。

『お話があります。今夜中に、私の事務所に来ていただけませんか』

事務所──。

あの部屋は、神代の事務所だったのか。

あなたは行ったのか? 行ったとして、なぜ覚えていないのか?

そして──なぜ、神代は死んだのか。

テレビのニュース速報が流れる。

『港区のマンションで、男性の刺殺体が発見されました。被害者は私立探偵の神代修一さん(46)。警視庁は殺人事件として捜査を──』

始まった。

あなたの心臓が、また跳ね上がる。

画面には、マンションの外観。規制線。集まる報道陣。

『現場は密室状態で、争った形跡はなし。警察は顔見知りの犯行とみて──』

密室。

つまり、犯人は内部の人間。

あなたか。

それとも──。

スマートフォンが鳴る。

発信者は、妻だ。

あなたは、電話に出る。

「もしもし」

『あなた──ニュース、見た?』

妻の声が震えている。

「ああ」

『神代さんが、殺されたって』

「知ってる」

『どうして──どうして、こんなことに』

妻は泣いている。

あなたは、何も言えない。

『あなた、神代さんに会ってたでしょう?』

あなたの喉が、凍る。

「会ってない」

『嘘。私、知ってるの。あなた、昨日の夜、神代さんの事務所に行ったでしょう?』

「行ってない」

『じゃあ、なぜあなたのジャケットに血がついてるの?』

血──。

あなたは、ゴミ袋の中のジャケットを見る。

「なぜ、それを知ってる」

『だって、昨夜、あなたが帰ってきたとき、私、起きてたもの』

帰ってきた?

あなたには、記憶がない。

「何時だ」

『午前二時。あなた、ふらふらで。玄関で倒れそうになって』

「それで?」

『私、あなたをベッドに寝かせたの。そのとき、ジャケットに血がついてるのを見たの』

あなたは黙る。

妻は続ける。

『あなた、何をしたの?』

「何もしてない」

『嘘。あなた、神代さんを──』

「殺してない」

あなたの声が、割れる。

沈黙。

妻は、小さく息を吐く。

『警察が来るわ。すぐに』

「なぜ、そう思う」

『だって──あなた、犯人でしょう?』

電話が切れる。


3

午後三時。

警察は、まだ来ない。

あなたはパソコンの前に座っている。ニュースサイトを次々と開く。

事件の続報が出ている。

『被害者の神代修一さんは、都内で探偵事務所を営む私立探偵。過去に多くの難事件を解決し、"名探偵"として知られていた』

『現場からは、凶器と見られる刃物が発見。指紋が検出されており、警察は鑑定を急いでいる』

指紋。

あなたの指紋が、ナイフについていたとしたら──。

いや、きっとついている。あなたは現場にいたのだから。

だが、あなたには、アリバイがある。

昨夜、午後七時から午後十時まで、あなたは名古屋にいた。

会社の講演会。五百人の聴衆。ライブ配信の記録。

神代が死んだのは、午後十一時から午前二時の間だと、ニュースは報じている。

その時間、あなたは新幹線に乗っていた。午後十時三十分発の最終便。東京駅に着いたのは、午前零時過ぎ。

それから──。

記憶がない。

駅からタクシーに乗ったのか? それとも──。

スマートフォンが鳴る。

知らない番号だ。

あなたは出る。

「もしもし」

『こちら、警視庁捜査一課の──』

あなたは、電話を切る。

手が震える。

逃げるのか?

どこへ?

なぜ?

あなたは何もしていない。

していない──はずだ。

だが、妻は言った。「あなた、午前二時に帰ってきた」「血がついていた」

もし、それが本当なら──。

いや、待て。

あなたは、冷静に考える。

午前零時過ぎに東京駅に到着。それから、神代の事務所まで、タクシーで三十分。午前零時半には着く。

神代を殺害。それから逃走。自宅に戻ったのが午前二時。

時間的には、可能だ。

だが──なぜ、あなたは神代を殺したのか?

動機が、ない。

いや──ある。

五年前の、娘のことだ。


4

あなたには、娘がいた。

美咲。九歳。

五年前の秋、美咲は学校から帰ってこなかった。

警察に届け出た。捜索が始まった。三日後、川の下流で遺体が発見された。

死因は溺死。事故死と判断された。

あなたは、納得できなかった。

美咲は泳ぎが得意だった。川に落ちるような子ではなかった。

あなたは、神代修一を雇った。

神代は、二週間かけて調査した。

そして、報告書を提出した。

『結論:事故死。被害者は川岸で足を滑らせ、転落したものと思われる』

あなたは、それでも納得できなかった。

「本当に、事故なのか?」

神代は答えた。

「事故です。ただ──」

「ただ、何だ」

「娘さんは、何かに悩んでいたようです」

「悩み?」

「ええ。学校の友人に聞き込みをしました。娘さんは、最近元気がなかったと」

「それが、何か?」

神代は、少し躊躇った。

「家庭に、問題はありませんでしたか?」

あなたは、眉をひそめた。

「どういう意味だ」

「いえ、もし何か、娘さんが悩むような──」

「ない」

あなたは、きっぱりと言った。

「我が家は、円満だった」

神代は、それ以上何も言わなかった。

だが──あなたは気づいていた。

神代の目に、疑念があったことに。


5

あなたは、神代の事務所に忍び込む。

午後九時。夜の帳が下りている。マンションの入口には、まだ規制線が張られているが、警察官の姿はない。

あなたは、裏口から侵入する。非常階段を上る。三階。神代の事務所の前。

ドアには、封印のテープが貼られている。

あなたは、ポケットからカッターを取り出す。テープを切る。

ドアを開ける。

室内は、暗い。あなたは懐中電灯をつける。

床には、まだ血の痕が残っている。チョークで描かれた遺体の輪郭。

あなたは、デスクに向かう。

引き出しを開ける。

書類。名刺。ボールペン。

そして──。

歯ブラシ。

なぜ、事務所に歯ブラシがあるのか?

あなたは、それを手に取る。

ビニール袋に入っている。新品ではない。使用済みだ。

ラベルが貼ってある。

『DNA鑑定用サンプル』

あなたの背筋が、凍る。

これは──あなたの歯ブラシだ。

自宅の洗面所から、消えていた歯ブラシだ。

なぜ、神代が持っているのか?

あなたは、さらに調べる。

パソコンを起動する。パスワードは──。

神代の誕生日を試す。違う。

娘の名前を試す。違う。

あなたの名前を試す──ログインできた。

なぜ?

あなたは、ファイルを開く。

『美咲ちゃん事件・追加調査』

フォルダの中に、音声ファイルがある。

あなたは、それを再生する。

神代の声が流れる。

『録音日時:五年前、十月十五日。依頼人との面談記録』

『依頼人は、娘の死を事故だと信じたくない様子。だが、調査の結果、事故であることは間違いない』

『ただし──気になる点がある』

『娘の友人の証言によれば、娘は"お父さんが怖い"と漏らしていたという』

『虐待の可能性も考えたが、証拠はない。あるいは、娘の思い込みか』

『いずれにせよ、この件は依頼人に伝えるべきではないと判断する』

音声が途切れる。

あなたは、呆然とする。

虐待?

あなたが、美咲を虐待していた?

違う。そんなことは、していない。

美咲を愛していた。誰よりも。

だが──。

記憶の中で、何かが引っかかる。

あなたは、時々、記憶が飛ぶことがあった。

仕事のストレスで、酒を飲みすぎた夜。

翌朝、目が覚めると、何をしたか覚えていない。

もしかして、その間に──。

いや、違う。

あなたは、美咲を傷つけるようなことは、していない。

していない──はずだ。


6

あなたは、妻と対峙している。

自宅のリビング。午前零時を回っている。

妻は、ソファに座っている。目は赤い。泣いていたのだろう。

あなたは、尋ねる。

「なぜ、神代に電話したんだ」

妻は、視線を逸らす。

「午後三時十五分。あの日、お前は神代に電話した。泣きながら」

妻は、答えない。

「何を話したんだ」

妻は、小さく息を吐く。

「美咲のこと」

「美咲?」

「神代さんが、報告書に書かなかったこと」

あなたは、眉をひそめる。

「どういう意味だ」

妻は、あなたを見る。

「あなたは知らないのね」

「何を」

「神代さんは、あなたに本当のことを言わなかった」

「本当のこと?」

妻は、立ち上がる。本棚から、一冊のノートを取り出す。

「これ」

あなたは、それを受け取る。

妻の日記だ。

開く。

五年前の日付。

『今日、神代さんから報告書を受け取った。事故死、と書いてあった』

『でも、神代さんは私にだけ、本当のことを教えてくれた』

『美咲は──自殺だった』

あなたの手が、止まる。

自殺?

『神代さんは言った。"娘さんは、家庭に悩みを抱えていた"と』

『"お父さんから、虐待を受けていた可能性がある"と』

あなたは、日記を閉じる。

「俺は、美咲を虐待なんかしてない」

「私も、そう思ってた」

妻は、涙を流す。

「でも、神代さんは、証拠があると言った」

「証拠?」

「美咲の日記。美咲が、怖いって書いてた。お父さんが怖いって」

あなたは、頭を振る。

「それは、誤解だ」

「そうかもしれない。でも──神代さんは、それを信じてた」

「だから、お前は神代を殺したのか」

妻の顔が、強張る。

「何を言ってるの」

「神代を殺したのは、お前だろう」

あなたは、ポケットから、一枚の写真を取り出す。

神代の事務所で見つけたものだ。

写真には、妻が映っている。

そして──特殊メイク工房の前で。

「これは、何だ」

妻は、写真から目を逸らす。

「お前は、俺に成りすました。マスクを作って、神代の事務所に行った」

「違う」

「俺の歯ブラシを持ち出して、DNAを偽装した」

「違う!」

妻は、叫ぶ。

「じゃあ、説明しろ」

妻は、崩れ落ちる。

「私は──私は──」

そのとき──。

あなたのスマートフォンが鳴る。

メールだ。

差出人不明。

件名:『犯人へ』

あなたは、それを開く。

動画ファイルが添付されている。

再生する。

画面に、神代の顔が映る。

『犯人へ。つまり、"あなた"へ』

あなたの心臓が、跳ね上がる。

『あなたは私を殺した。だが、あなたは知らない──なぜ殺したのかを』

神代の声は、落ち着いている。

『私は、真相を知っていた。五年前の事件の、真相を』

『娘・美咲ちゃんは、自殺ではなかった』

あなたは、息を呑む。

『彼女は──殺された』


7

動画は続く。

『犯人は、美咲ちゃんの母親。つまり──あなたの妻だ』

あなたは、妻を見る。

妻は、蒼白だ。

『私は、最近になって気づいた。美咲ちゃんの死因に、不審な点があることに』

『溺死とされていたが、実は首に痣があった。絞殺の痕だ』

『警察は見落としていた。あるいは、見落としたふりをしていた』

『私は、再調査を始めた。そして──真相に辿り着いた』

神代は、一呼吸置く。

『美咲ちゃんは、母親から虐待を受けていた』

『理由は──嫉妬だ』

『母親は、夫(あなた)が娘ばかり可愛がることに、耐えられなかった』

『だから──娘を殺した』

あなたは、妻を睨む。

「本当なのか」

妻は、顔を覆う。

「違う──違う──」

『そして、母親は罪を隠すため、すべてを"父親の虐待"に見せかけようとした』

『美咲ちゃんの日記に、"お父さんが怖い"と書いたのは──母親だ』

『美咲ちゃんの筆跡を真似て、偽装した』

あなたは、言葉を失う。

『私は、それを証明する証拠を集めた』

『そして──母親を問い詰めた』

『だが──彼女は、私を殺すことを選んだ』

神代の顔が、悲しげに歪む。

『彼女は、あなたに罪を着せるため、周到に準備した』

『特殊メイクで、あなたの顔を再現した』

『あなたの歯ブラシを持ち出し、DNAを偽装した』

『あなたが眠っている間に、凶器を握らせ、指紋を採取した』

『そして──私を殺した』

動画が、一時停止する。

数秒の沈黙。

そして、神代の声が、再び響く。

『だが──私は間違っていた』

あなたは、画面を凝視する。

『母親を問い詰めたとき、彼女は言った』

『"私じゃない。私は、美咲を殺していない"』

『"本当の犯人は──"』

動画が、ノイズで乱れる。

そして──。

画面が暗転する。

あなたは、呆然とする。

「続きは?」

妻は、泣いている。

「知らない──知らないわ──」

あなたは、妻を掴む。

「お前が、美咲を殺したのか!」

「違う!」

妻は、あなたを突き飛ばす。

「私じゃない! 私は──私は──」

妻は、崩れ落ちる。

「美咲を、愛してた──」

あなたは、混乱する。

では、誰が?

誰が、美咲を殺したのか?

そして──誰が、神代を殺したのか?

スマートフォンが、再び鳴る。

メールだ。

差出人不明。

件名:『真相』

あなたは、それを開く。

一行だけ、メッセージが書かれている。

『あなたが犯人だと思ってくれて、助かったわ』

あなたの血が、凍る。

これは──妻からのメールだ。

あなたは、妻を見る。

妻は、もう泣いていない。

微笑んでいる。

「ようやく、気づいたのね」


8

妻は、ソファに座り直す。

「座って」

あなたは、動けない。

「座りなさい」

妻の声は、冷たい。

あなたは、従う。

妻は、深呼吸する。

「神代は、途中まで正しかった」

「どういう意味だ」

「美咲を殺したのは、私」

あなたの拳が、握られる。

「だが──理由は、神代が思っていたのとは違う」

「何が違う」

妻は、あなたを見る。

「私は、あなたに嫉妬なんかしてなかった」

「じゃあ、なぜ」

「美咲が──知ってしまったから」

「何を」

妻は、笑う。

「私の秘密を」

あなたは、眉をひそめる。

「五年前、私には愛人がいた」

あなたの呼吸が、止まる。

「美咲は、それを知ってしまった。偶然、私が男と会っているところを見た」

「それで──殺したのか」

「美咲は、あなたに言うと脅した。"お母さんの秘密、お父さんに言う"って」

妻の目は、冷たい。

「私は、困った。あなたに知られたら、離婚される。財産も失う」

「だから──」

「だから、美咲を黙らせた」

あなたは、立ち上がる。

「殺人鬼が」

妻は、動じない。

「そして、神代も黙らせた」

「なぜ、俺に罪を着せようとした」

「簡単よ。あなたが犯人になれば、私は被害者。同情される。誰も疑わない」

あなたは、妻に詰め寄る。

「許さない」

「許さなくていいわ」

妻は、立ち上がる。

「でも──証拠はないわよ」

「神代の動画がある」

「あれは、証拠にならない。神代は"母親が犯人"とは言ったけど、私の名前は出してない」

「DNA鑑定がある」

「DNA? あれは、あなたのDNAよ。私のじゃない」

「特殊メイクの証拠がある」

「ないわ。工房には、私の記録はない。すべて偽名で依頼したから」

あなたは、歯噛みする。

妻は、微笑む。

「あなたが犯人だと思ってくれて、本当に助かったわ」

そのとき──。

玄関のチャイムが鳴る。

「警察です」

あなたと妻は、同時にドアを見る。

「開けてください」

あなたは、妻を見る。

妻は、あなたに囁く。

「どうする? 警察に、私が犯人だと言う? でも、証拠はないわよ」

「お前を──」

「黙って見逃す? それとも──」

チャイムが、再び鳴る。

あなたは──選ぶ。


エピローグ

三ヶ月後。

あなたは、独房にいる。

殺人罪で起訴された。

証拠は、揃っていた。指紋、DNA、防犯カメラの映像。

妻は、法廷で泣いた。「夫が探偵を殺すなんて、信じられません」と。

陪審員は、妻に同情した。

あなたには、弁護士がついた。

だが──アリバイは崩された。

「新幹線の到着後、被告は神代の事務所に向かう時間があった」

「動機もある。娘の死について、神代が虚偽の報告をしたことへの恨み」

判決:有罪。

懲役二十年。

あなたは、控訴しなかった。

なぜなら──。

あなたは、独房の壁を見つめる。

妻の顔を思い出す。

あの微笑みを。

「あなたが犯人だと思ってくれて、助かったわ」

あなたは──知っている。

いつか、真相が明らかになることを。

いつか、妻が裁かれることを。

それまで──。

あなたは、待つ。

ただ、待つ。

探偵が死んだ朝から、始まったすべてが、終わるまで──。


【第1話・完】


次回予告:

第2話「消えた証人」

あなたは弁護士だ。そして今、あなたは殺人容疑で逮捕されている。被害者は──名探偵・神代修一。だが、あなたには完璧なアリバイがある。それなのに、なぜ自白調書にサインがあるのか? そして──消えた証人「白石京子」とは、誰なのか?

「証人は、最初から存在しなかった」

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