第20話 5-4:原初の医療(プリミティブ・ケア)

 「おい、ケイ! ダメだ、熱が下がらねえ! 『接続部(ジャンクション)』が、もう、真っ黒だ!」

 アジトの奥から、悲鳴のような声が上がった。

 ケイは、アキラの「スレート」の解析を中断し、舌打ちを一つすると、その声の元へと駆け出した。

 アキラは、好奇心(それは彼にとって非論理的な感情だった)ではなく、ただ、この「コンテナ」という「密室」の不潔さから逃れたい一心で、その後に続いた。

 アジトの奥。

 そこは、かろうじて「医療区画」と呼べる場所らしかったが、アキラが知るエデンの「純白の無菌室」とは、正反対の「地獄」だった。

 床には、油と、乾いた「血」の「染み」がこびりついている。

 「患者」——それは、5-2でアキラを襲ってきた「ジャンク」どもよりも、さらに若い「少年」だった——が、粗末な台の上で、全身を痙攣(けいれん)させていた。

 彼もまた、エデンから廃棄された「義足(ジャンク・レッグ)」を、自らの脚に「接続」していた。

 だが、その「接続部」は、すでに「腐敗」を通り越し、「壊死(えし)」していた。

 黒く変色した肉が、錆びついた金属に、醜悪に癒着(ゆちゃく)している。

 (……非衛生的だ)

 (……論理的じゃない)

 アキラの思考は、その光景を「理解」することを、再び拒否した。

 (エデンならば、即座に患部を「切除」し、クリーンな「義体」に「交換」する。ナノマシンで「再生」させる。それが「論理的」だ)

 (なぜ、こんな「非効率」な状態になるまで、放置した?)

 「ケイ……頼む……」

 少年が、高熱にうなされながら、ケイに助けを求めている。

 「……間に合わなかったか」

 ケイは、少年の「壊死」した脚を見て、苦々しく呟いた。

 彼女は、そばにいた仲間に、怒鳴った。

 「火! 湯を沸かせ! それと、あの『ナイフ』を持ってこい!」

 (……ナイフ?)

 アキラの思考が、その「単語」に引っかかった。

 (……メス、ではないのか?)

 数分後。

 仲間が持ってきたのは、「医療用レーザーメス」ではなかった。

 それは、エデンの「廃棄物」から削り出したとみられる、分厚い「金属片」——「サバイバルナイフ」だった。

 ケイは、その「ナイフ」を、アジトの焚火(たきび)で沸騰させただけの「汚れた湯」に、数秒間浸した。

 (……煮沸消毒)

 アキラは、その「単語」を、歴史のデータ(・・)としてしか知らなかった。

 (……非効率だ。不完全だ)

 (……細菌(バクテリア)は、死滅しない)

 (……この環境では、確実に「二次感染」を起こす)

 (……この女は、「医療」ではなく、「殺人」をしようとしている)

 アキラの「論理」が、警報を鳴らした。

 「待て」

 彼は、思わず声を出していた。

 「その行為は、非論理的だ。その環境での『切開』は、破傷風(はしょうふう)と敗血症(はいけつしょう)を引き起こす。生存確率は、10%未満だ」

 ケイは、その「煮沸」したナイフを、油汚れた布で拭きながら、アキラを振り返った。

 その目は、もはや「怒り」ではなく、絶対的な「軽蔑」に満ちていた。

 「……黙ってろ、『エリート』様」

 「だが、論理的に……!」

 「『論理』? お前の『論理』じゃ、こいつは救えねえんだよ!」

 ケイが、吠えた。

 「このまま放置(・・・)した場合の、こいつの『生存確率』は、何%だ? ああ?」

 「……それは……」

 アキラは、言葉に詰まった。

 (……ゼロだ)

 「あたしの『非論理的』な『医療(これ)』なら、10%は、ある(・・)。そうだろ?」

 ケイは、アキラの「論理」を、ピットの「現実」で殴りつけた。

 彼女は、少年に向き直った。

 「トシ! 死ぬなよ! 今、この『クソ(ジャンク)』を、切り離してやる!」

 彼女は、仲間に命じて、少年の体を、ロープで台に縛り付けさせた。

 そして、アキラが「不潔だ」と断定した、その「ナイフ」を。

 少年の「壊死」した脚の、「生身」と「機械」の「境界線」に。

 ——躊躇(ちゅうちょ)なく、突き立てた。

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