新・黒崎探偵事務所
NOFKI&NOFU
01「秘湯に潜む古の記録」
プロローグ
山を縫う黒いセダンが、凍てつく峠を登っていた。
雪を噛むタイヤの音だけが、沈黙した世界を刻んでいる。
運転席の黒崎は、わずかに指先だけを動かし、
軽々とハンドルを操っていた。
助手席には防寒具に身を包んだ美咲。
後部座席には、事務所に入って半年の新人・松原が座っている。
車内では、あの『ありえない事件』たちが、
まるで昨日の出来事のように、笑い話になっていた。
だがその裏には、彼らが踏み込んできた異界の影が、
いつも薄暗く寄り添っている。
「『夢幻遊園』のときだって、あれ、笑えなかったですよね」
松原が肩をすくめながら言った。
「……あの地下の光景は、今でも夢に出るわ」
美咲は深いため息をついてうなずいた。
「その日、俺、風邪で休んでて逆に助かりましたよ。
美咲さんが『ノカサレた』熱のおかげで、
結果的に救われた感じっす!」
「『ノカサレた』じゃなくて、
『覚醒した』って言ってくれる?」
美咲は苦笑しながらも、どこか誇らしげだ。
「でも松原くんが『座標データ』を解析してくれなかったら、黒崎さんは今頃まだ『夢の住人』だったかもしれないのよ」
「本当に助かった。松原の『デジタル・オカルト』への嗅覚は、俺の直感や美咲の解析と並ぶうちの生命線だ」
黒崎はバックミラー越しに視線を送り、口元をわずかに緩めた。
「この半年でよく分かった。軽口を叩いてても、
いざという時の松原は頼りになる」
松原は照れくさそうに頭をかいた。
「へへっ、やる時はやるタイプなんで!」
「でも今回はマジでただの温泉旅行っすよ!
『山響荘』は秘湯百選だし、事前に調べた限り、
デジタル方面のノイズは一切ナシ!」
「『地の意思』とか『魔導書』とか、そういうアナログなヤバさはナシでお願いしますよ、美咲さん、黒崎さん!」
「……その言い方が一番フラグなんだけど」
美咲はわずかに眉をひそめた。
「松原くんが『絶対ない』って言う時ほど、
境界線が薄くなる気がするの。今回の宿、
『山響荘』って場所も、かなり隔絶されてるしね」
「隔絶?」
「ええ。村外れというより、本当に『山奥の一軒宿』って感じ。ネットに残ってた古文書には『山響の地は、古き御神体の声を聞く場所』って記されてるけど……まさか本当に神様がいるわけじゃ――」
美咲はそこまで言って、ふと口をつぐんだ。
まるで、「ただの旅行では終わらない」と心のどこかで悟っているかのように。
黒崎は車を止め、サイドブレーキを引く。
窓の外では、深く積もった雪が音を吸い込んでいた。
煙草に火をつけ、白い煙を吐く。
その白い軌跡は、夜の闇ではなく、まるでこの世の常識の境界線に溶けていくかのように、跡形もなく消え去った。
「……美咲、松原。俺たちの仕事は、
『常識の外』で起きた事件を、再び『常識の中』へ戻すことだ」
黒崎の声は、冷えた空気の中に静かに響いた。
運転席の黒崎は、雪化粧を始めた山々を冷静な瞳で見据え、
(この半年で、俺たちはいくつの境界を越えた――
そして今夜、その先に、また何かが待っている)
一拍置いて、黒崎は二人に向き直った。
「半年間、よくやってくれたな。
美咲、お前の冷静さが俺の衝動を抑えてくれた。
松原、お前のデータが俺たちを救った。
この旅は、その労をねぎらうためのものだ」
美咲と松原は顔を見合わせ、静かに頷く。
そして車は再び動き出した。
雪に閉ざされた山奥の秘湯へ――
その静寂の奥で、微かな『囁き』が、もう聞こえ始めていた。
次回 第1話「秘湯の誘いと魔導書の囁き」
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