長電話-2
〔今、時間あるかな?〕
〔もう後は寝るだけだから大丈夫だよ〕
わたしは注意して返事をする。この時間に連絡をくれたことには何か意味がある。そう考えれば、気楽にやりとりを続けたいと思うのだ。
〔じゃあ、電話してもいいかな〕
電話ということは音声通話のことだろう。わたしはドキリとするし、逡巡もするが、断る理由は見つけられない。
わたしはベッドに腰を掛け、自分の方から音声通話のアイコンをタップする。
「どうしたの? 登校できないから寂しくなっちゃった?」
わたしはおどけて訊く。
『半分くらいはそうかな。もう半分は御法さんの声を聞きたかった。聞いたらもう懐かしい気がしたし……』
わたしはそんなこと少しも思わない。いつもの彼の声だと思っただけだ。きっとアイドルと高校生の時間の流れは違うのだろう。
「まだ数えるほどしか休んでいないのにね」
『そう言われるとそうなんだけど、感じたままに言うとそうなる』
わたしはその言葉にぐっとくる。わたしなんぞの声を聞きたいなんて、そして聞いたら聞いたで懐かしく思うだなんて、ちょっぴり、ほんのちょっぴりだが、もしかして八柱くんがわたしに恋愛感情の火種みたいなものを持っているのではないかと思ってしまう。
「思ったより八柱くんは寂しがり屋さんなんですね」
『子ども扱いする~~』
わたしがそう言った理由は照れ隠しである。
「それで、わたしの声を聞けて他に何か思いましたか?」
『こんな声だったかな、と。ゲーム中の声ともまたちょっと違う気がするし、実際に聞くのともまた違う気がする』
「なるほど。でもどれもわたしですよ」
『いかにも御法さんの言い回しだ。聞いていて安心するね』
「……何かあったとか?」
わたしは直感する。しかし何かあったとしても、元山くんにではなく、わたしに電話してきた意味はあるはずだ。
『何があったって、テストの結果が配信されてさ』
そうか。八柱くんはお休みしてたから、PDF化して担任が電子媒体で送ったんだな。
「どうでしたか?」
『全教科赤点なし。恥ずかしくない成績で自分でも驚いたよ』
それは彼にとってビッグニュースだから、わたしに電話してきたのだ。それが分かりほっとした。
「八柱くんの勉強に割けるリソースが少ないってことはわかっていますから。その少ないリソースで最善を尽くさないとならないのですよ」
『御法さんが作ってくれたノートと勉強会のお陰だよ』
「割いたリソースを無駄にしなかったことが大きいんですよ」
わたしはくすくすと笑った。八柱くんの喜び方はやっぱり子どもみたいだ。
『これで補習や余計なレポートを書かなくて済むから、結局、時間の節約になるんだよね。それに勉強会も楽しかった』
「わたしも〝はーちゃん〟に会えてよかったですよ」
『意地悪だな』
わたしはまた笑った。
『日々の勉強は大切だし、いろいろ邪魔されなくなったし』
「邪魔、ですか?」
『2年生になってから1度も告白されてない』
「うちの学校にそんな不遜な輩がいたんですか。アイドルの紫苑くんと八柱くんは区別しないとならないのに!」
わたしは憤慨した。それこそ国民的アイドルA⌒Ωのメンバーの紫苑と1人の高校生でしかない八柱くんは、別人だと思うくらいでちょうどいい。プライベートで仲良くならずに、アイドルの幻影だけ見て告白なんて絶対にやってはいけない――よな。そんな告白されるほど仲がいい女子がいたわけじゃないよな。
訊くタイミングなら今だと思ったところに、八柱くんが返事をした。
『御法さんと常盤さんのお陰だよ。仲がいい女子がいると違うね』
聞くまでもなかったようだ。わたしはニンマリして応える。
「そうですか~わたしたちはちゃんと鬼瓦になっていますか」
『鬼瓦ってお寺にある怖いデザインの瓦のこと?』
「西洋の教会ならガーゴイルですね」
『ガーゴイルって鬼瓦みたいに実在するの!?』
どうやら八柱くんはガーゴイルの存在をゲームに出てくるモンスターとしてしか知らないらしい。
「普通にあります。電話が終わったら画像検索してみてください」
『御法さんは博識だなあ』
「ガーゴイルなら狛犬と同じ扱いかもしれないです」
『なるほど~なんとなく分かった気がする』
彼は電話を楽しんでくれているらしく、わたしも嬉しくなる。
『他にそういうのはあるのかな?』
「ホビット? こちらはホビットの方が先ですけど」
『え、どういうこと?!』
「インドネシアのフローレス島っていう島で、小型化した原人、たぶん原人だと思われる古代人類が発見されて、身長が1メートルくらいしかなくて、通称ホビットって呼ばれてるんです」
『本当に!?』
「一説によると5万年前に絶滅したと言われているから、現生人類と会っていた可能性がある。それだけではなくて、インドネシアにはエブゴコだのオランペンディクだのの獣人の伝承があって、100年くらい前まで目撃情報があるから、まだ生き残っていたりしてというUMAな話も……」
『ガーゴイルよりずっとロマンがあるなあ』
「将来、紫苑くんが海外の仕事でUMAのリポーターになってジャングルを探検してたりしたら面白いですね」
『そういう勉強もしたら仕事の幅が広がるかもしれないね。面白いなあ。御法さんはそういうの好きなの?』
「ううん。雑学として知ってるだけですよ。好きなのは、って言うか趣味と言えるのは短歌と俳句ですね。最低限の音で気持ちや風景を封じ込めるのは楽しいし、他の人が詠んだものも、情景を思い浮かべたりするのも心躍るものですよ。最近全然詠んでいないですねえ」
『それでも御法さんはすごいなあ』
「八柱くんほどじゃないですよ。〝ときめきの専門家〟って元山くんが言っていたけど、何万人っていう女の子に黄色い悲鳴を上げさせられるんだから、それは才能だし、努力の成果だし、結果を出しているんだから。わたしみたいにただ趣味が好きだってだけですごいって言われるのとはわけが違います」
わたしは常にそう思っている。
『ときめきの専門家か。先輩方は確かにそうかも。御法さんはボクに黄色い悲鳴を隠れて上げてたりする?』
「意地悪した仕返しが来ましたね!」
『やっぱり上げないか』
「正直に言うと上げそうになることがたまにある。でも絶対に我慢する。たぶんそれは美古都も同じ。本郷さんなんてもう過飽和状態なんじゃないでしょうか」
『……どうして我慢するの?』
「八柱くんの居心地のいいクラスにしてあげたいからですよ」
それ以外の理由はない。
『ありがとう』
わたしたちの気持ちが伝わっているようで安心する。
『本郷さんはよく我慢してくれていると思うよ』
「やっぱりわかるんです?」
『ボクは前から彼女のことを知っていたから――握手会でボクに並んでくれていたから』
え! それはまずいのでは!? 握手会に、しかも紫苑くんに並ぶなんてガチ勢以外の何物でもないではないか。
「ちょ……ちょっと驚いています。じゃあわたしのしたことって悪手以外のなにものでもないじゃないですか?」
『でも新学期からずっと彼女はボクに近づかないで尊重してくれた。だから大丈夫だと思ったんだ』
「でもクラスメイトの私服を見るの初めてだって言ってなかった?」
『そんなことを言ったってよく覚えているなあ。当時はまだ本郷さんはクラスメイトじゃないからだよ』
「あ、そうか。それにしても驚きましたね」
わたしが考えていたよりずっと本郷さんは耐えていたようだ。
『しかし過飽和状態とはうまく言ったね。いつか結晶ができちゃうかも』
「結晶ならいいよ。爆発しないといいんですけど」
『そうだね……人間の心はままならないものだからね』
たまに飛び出す大人っぽい八柱くんの発言を、わたしはいつもより実感を伴って聞くことができた。わたしだってどうかしたら爆発してしまうかもしれない。
あのCMの中の、犬と戯れる紫苑くんが脳裏によみがえってくる。こうして大人気アイドルグループの一員である彼と電話をしていることだって、現実味がない。クラスメイトの八柱くんだと思うことで、話ができている。わたしはしばらく黙ってしまった。
『……どうしたの? なにかあった?』
「ううん、そもそも男の子とこうやって電話するの、わたし、初めてなんですよ」
『それは光栄です』
わたしはベッドに身を投げ出した。
「わたしがこうやって夜に男の子と話をしているなんて信じられないです」
まずはそこからだ。
『僕も女子とこうやって話をするのは初めてだよ』
「嘘。アイドルとかファンとかと音声通話くらいあるでしょう?」
『無いというか、そういうのは厳禁だよね』
「男性アイドル大変ですね……」
『ごめん。アイドルに興味ないよね』
「アイドルには興味ないけど八柱くんの交友関係には関心ありますよ」
『お母さんが?』
「いやいや、わたしが」
母は
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