第1話 新学期、わたしはアイドルと出会う
新学期、わたしはアイドルと出会う-1
高校2年生、4月、新学期。
フィクションではいろいろなイベントが起きる年齢だが、いざ自分の身に降りかかってくるとなると話は違う。わたしは激しく動揺した。とはいえデスゲームでもなければ異世界転移でもないのだから、このイベントを受け入れろと言っている自分もいれば、いやいや、ここはなんとかこれをさらりと受け流せないかと考えている自分もいる。
「おはようございます、御法さん」
クラス替え初日の朝の教室、わたしの隣の席にはこの学校一の有名人がいた。
いや、この学校だけで済むネームバリューではない。わたし自身はテレビを見ないが、母曰く、テレビで見ない日がないというほどの
御法は〝みのり〟だが、これは姓の方で、名は律子という。続けて読むと御法律子になるわけだが、名は体を表すとはよくいったもので、誰もが認める堅物として16年間を生きてきた。そもそも〝り〟が重なる時点で相当読みにくいと思うのだが、親が付けてくれた名前だ。諦めるよりしかたがない。
「八柱くん。おはようございます」
「僕のこと、覚えていてくれたんですね」
そして八柱くんはにっこりと微笑んだ。アイドルに興味が一切ないわたしでも、美少年の笑顔には強大な力を感じるが、わたしは平静を装う。
「ええ。この学校に通っている人であなたのことを知らない人はいないでしょう?」
わたしがそう言うと八柱くんはちょっと顔を曇らせた気がした。疑問に思っていると彼が答えた。
「2年間よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
わたしは機械的に答える。クラス替えは2年生の1回きりなので自動的に彼とは2年間、同じクラスで勉強することになる。
八柱くんはお仕事中でもないのに芸能人が持っているオーラ全開の笑顔を作り、わたしを見て目を細める。
心臓に悪い。
彼は国民的男性アイドルグループ〝
身長は160センチくらい。175センチもある大女であるわたしから見ると彼は可憐で華奢だ。そして頭が小さく、小顔で、女の子みたいな顔をしていて、わたしと同じ人類とはとても思えないかわいらしい容姿をしている。
おそらく校内の女子の大半が彼とお近づきになりたいのであろう。しかし何故、よりによって全く興味がないわたしの席の隣になったのか。ただの偶然か、学校側が意図的にそうしたのか。全くの謎。なお席の位置は八柱くんが窓際、わたしがその隣で、結構後ろの方である。
風の噂ではアイドルのお仕事が忙しくて、授業に出られないこともあって学業がふるわず、2年生への進学が危ぶまれたと聞いていた。これはもしかしてそういうことなのだろうかとちょっと考えていると親友の美古都が登校してきた。
「よ~~律子。また同じクラスだな!」
今日もトレードマークになっている密閉型ヘッドホンを首からかけ、スカートをギリギリまで短くしている、ちょっとギャル風ファッションの彼女とわたしの接点は、客観的にはなさそうだと自分でも思うのだが、彼女とは同中の上に高校でも同じクラスで、腐れ縁かつ親友である。手にスポーツバッグを持っているところを見ると今日は真面目に柔道部の朝練にいっていたようだ。
「げっ! 紫苑がおる!!!」
美古都は八柱くんに気付き、結構失礼な反応をした。
「お……おはようございます」
美古都はわたしと同じく、教室前の張り紙で八柱くんが同じクラスだと確認していなかったらしい。ものすごい形相で彼を見て、ごくりと息をのんだ後、謝る。
「すまん。『げっ!』はなかったな」
「ううん。女の子にそんな風に言われるの、新鮮だったよ」
そうか。実はわたしも彼を見た時、『げっ!』と言いそうになったのだが、彼の前で口にしてもよかったらしい。
「紫苑、進級できたんだなあ」
「まあ、いろいろありまして」
八柱くんは意味ありげにわたしの方を見た。
んんんんん~~?
美少年に注意を向けられて悪い気はしないが、同時にイヤな予感がする。
「ウチの席は律子の後ろか。ありがたいな」
そう言って美古都はわたしの後ろの席に座った。
「わたしも嬉しいよ」
わたしは美古都を振り返って答える。
「おはよう」
男子が1人、八柱くんの前の席に座る。
「バル……じゃない、八柱くん、また同じクラスだね」
「
八柱くんは嬉しそうに彼の前の席に座った男子を呼んだ。私が知らない男子だ。おそらく一年次のクラスでの友人なのだろう。わたしは本当に彼の顔に覚えがなく、ちょっと戸惑った。あまり記憶に残らない顔だ。もしかしたら八柱くんと一緒にいるから、廊下とかですれ違っても彼の方ばかり見ていたかも、と考えてしまい、かなり毒されている自分を見つけ、反省する。八柱くんがアイドルだとしても学校の中では一生徒だ。それは尊重してあげたい。
「御法です」
「常磐だよ。よろしくな」
わたしは小さく頭を下げ、美古都は元気に手を挙げる。
「元山です」
モブ顔の彼も小さく頭を下げた。
「おお~~常磐の隣かよ。めっちゃラッキ-だ!」
大きな声をあげて教室に入ってくる男子がおり、彼はつかつかと八柱くんの後ろの席まできた。
「げっ! お前が隣の席かよ」
今回の美古都の『げっ!』には躊躇がない。彼とは1年間クラスメイトだったので、わたしも知っている。
「よう! オレ、功刀ってんだ。よろしくな」
彼が国民的アイドルだと知らないはずはないのだが、功刀は八柱くんに軽い調子で声を掛ける。
「ボクは八柱……」
「知ってる知ってる。女子はみんなお前の話をしてるからな」
「ウチらはしてないけどな」
美古都がふっと鼻で笑う。
「知ってる。常磐はオレみたいなスポーツマンが好みなんだよな」
「スポーツマンが好みというのは大分類であって、中分類以下、お前が掠るところは1ミリもない」
美古都は筋骨隆々のドウェイン・ジョンソンみたいな男性が好みだと常日頃から公言している。柔道をやっていると好みもそうなるのだろうか。
「御法さんもアイドルの話はしてなさそうだけどな」
「お見込みの通り。アイドルを追っかけている暇があったら他にやりたいことと、やらなければならないことが山ほどあるもの」
そこまで言ってアイドルを目の前にして言うことではなかった、失言だったと気付き、わたしは付け加える。
「かといって、別にアイドルという職業を軽視しているわけではないんですよ。わたしが興味がないってだけのことで、アイドルとして成功している八柱くんのことはリスペクトしているし、立派だと思ってます。詳しいことは知りませんけど」
そう言うと八柱くんは笑ってくれた。
「その方がボクも気楽だよ」
「すまん。ウチもぜんぜん知らんから失礼するかもしれん」
美古都が言うと八柱くんは小さく手を振って言った。
「失礼なんてことないよ。腫れ物扱いされるよりずっといい」
「大変そうですね」
思わずわたしは本音を口にしてしまう。
「仲良くやろうぜ」
功刀が言うと八柱くんは小さくはにかみながら頷いた。
さすがアイドル。かわいい。ファンだったら絶対逃せないシャッターチャンスだったんだろうな、と思いながら、わたしは彼との距離が物理的に近くなった意味を考えた。
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