第12話 想定外の出来事

 次の日に現れたケガレは、全身が真っ黒で鰻のようなヌルヌルした体の長いタイプ。ヤツメウナギのような不気味な顔で、全長は軽く5メートルを超えていた。本当に鰻なのだとしたら、何故地上で自由に動けるかは分からない。それがケガレだからだろうか。

 とにかく、その異様な姿を見ただけで鈴奈は悪い予感を覚える。


「もしかして、攻撃が全て滑って無効化されちゃうやつじゃない?」

「それでもケガレは放っておけないわ! 頑張って!」


 ラアサの応援に応え、鈴奈は格闘の構えを取る。鰻ケガレが向かってきたところで、彼女はカウンターを狙って勢い良く拳を突き出した。


「うっりゃあああ! マジカルパンチッ!」


 魔力を纏った鋭いパンチは見事に鰻ケガレの体表にヒットしたものの、お約束通りにツルッと滑って攻撃は無効化される。そればかりか、勢い良く滑ったのでそのまま地面に倒れ込むおまけ付きだ。

 それをチャンスと判断した鰻ケガレが、倒れた鈴奈にニュルリとまとわりつく。長い体によってヌルヌルと締め上げられた彼女は脱出しようと両腕に力を込めるものの、力は分散されて全く身動きが取れない。


「このっ! なんで……」


 完全に鈴奈の動きを封じた鰻ケガレは体内電気を発生させて、魔法少女に高圧電流攻撃を開始。衣装の防御機能があってなお、その刺激は鈴奈を強烈に痺れさせた。


「キャアアアア!」

「鈴奈ーっ!」


 強烈に拘束された状態で、鈴奈は電流攻撃を受け続ける。度重なる電撃に彼女の意識は途絶え、ラアサは思わず飛び出した。


「鈴奈を離せギャアアアア!」


 鰻ケガレの電流を帯びた尾に弾かれ、白黒ハチワレ猫はダメージを受けながら吹っ飛んでいく。その際に強く地面に叩きつけられ、ショックで体が動かせなくなった。


「あ、あたしが……何とか……しないと……」


 動かない体で、ラアサは必死に顔を上げて攻撃を受け続ける鈴奈を見つめる。彼女は既にぐったりしていて、命の危険すらも感じさせた。

 次の瞬間、ラアサの背後から射出された光の銃弾が鰻ケガレの頭を弾き飛ばす。


「ふう、間に合ったかな」


 その攻撃の主は弓月だ。頭を失った鰻ケガレはそのまま形を崩して消滅する。意識を失った鈴奈はその場にバタリと倒れ込んだ。

 ラアサは今回の救世主を呼んでいない。疑問に思った彼女は魔法少女衣装を解除した弓月の方に顔を向ける。


「助かったわ。でもどうして?」

「鈴奈から連絡が入ったのよ。私が着くまでバトルを長引かせてって言ったんだけど、そう上手くは行かないものね」


 そう、鈴奈は鰻ケガレと対峙したその場で先輩魔法少女にヘルプを要請していたのだ。その時点では時間稼ぎをして共闘する予定だったらしい。

 ダメージから回復したラアサはうつ伏せに倒れている鈴奈の前に行って、無事かどうかの確認をする。大魔女の使い魔らしく、見る事で対象の身体状況が分かるのだ。彼女の見立てでは、命に関わるような深刻なダメージは負っていないようだった。


「全く、共闘するんなら何で襲いかかってきた時に逃げなかったのよ……」


 ラアサの愚痴に鈴奈は目を覚ます。そうして上半身を起こし、弓月が伸ばしていた手を握って起き上がった。


「ごめん。カウンターなら行けるかと思っちゃった」

「間違いは誰にでもあるし。でも無茶はしないでね」

「弓月ちゃん、有難う。やっぱ銃は強いね」

「相性が良かっただけだって」


 軽く談笑しながら起き上がった鈴奈は、ここで変身を解除する。お互いに制服になったところで、彼女は弓月に笑顔を見せた。


「本当に助かったよ。ねぇ、まだ時間ある? 何かお礼させて」

「うん、今日は予定あるから。また今度ね」


 弓月は軽く手を振ると爽やかに去っていく。この頼もしい先輩ともっと仲良くなりたいなと思った鈴奈は、足元にいたラアサをひょいっと抱き上げた。


「ねえ、弓月ちゃんの事を教えて」

「ん、いいけど。どしたの?」

「私、もっと先輩と仲良くなりたいなって」

「分かった。話してあげる」


 ラアサは「私が知っている範囲内の事だけだけど」と前置きして、弓月の事について語り始める。名前に、性格に、趣味に、食べ物の好みに……。

 もしかしてストーカー? と思わせるほどの詳しい内容に、鈴奈は顔を引きつらせて若干引いた。


「それと、弓月はねえ……」

「ちょっと待って。じゃあ私もそんな感じで分析されてんの?」

「一緒に戦うパートナーだもの。相手を詳しく知らないとしっかりとしたサポートは出来ないわ」

「それは、そうかもだけど……。先輩の事は大体分かったから話はもういいよ」


 急に話題を切られたため、ラアサは不完全燃焼で不満げな表情を浮かべる。まだまだ話し足りないと言った風なパートナーのストレスを感じ取った鈴奈は、体を撫でまくったり褒めまくったりとスキンシップを取って、必死になだめるのだった。

 どうにか機嫌の直った白黒ハチワレ猫は、素直な瞳で鈴奈の顔を見上げる。


「ま、連絡先を交換してんだし、普通に雑談とかして仲良くなればいいのよ」

「そうだね。ありがと」


 アドバイスは受けたものの、まだそこまで仲良くなっていないと思い込んでいる鈴奈が自分から連絡を取れる訳もなかった。弓月からの連絡待ちをすると言う受け身な姿勢は崩れる事もなく、その日も呆気なく終わっていく。


「やっぱり、何か用事がないと話せないよ……」

「不器用ねえ……」



 翌日の放課後、またしても街にケガレが現れる。しかし、今回のケガレはいつもとは違うパターンで現れた。何と、今まで起こらないと言われていた現象が発生していたのだ。

 この前代未聞の出来事を前に、鈴奈はまずラアサにツッコミを入れる。


「ラアサ、あなたケガレは複数では出現しないって言ったよね?」

「ええ、言ったわ」

「じゃあこの現象はどう説明するつもり?」

「想定外ってヤツね」


 そう、鈴奈の目の前にいるケガレは一体ではない。少なくとも20体は出現している。厄介なのは、そのケガレが全て蚊のような姿をしていると言う事だ。羽根を伸ばした全長は30センチ程度なものの、その姿と同様の機動力があるなら駆除は困難を強いられるだろう。

 見た目が巨大な蚊と言う時点で、鈴奈は気が遠くなりそうだった。

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