第10話 遠距離攻撃魔法の特訓
「指輪はマジックアイテムだから、お互いが普通の格好だと使えないんだ。だからね」
「ああ、そう言う……」
こうして2人はSNSにそれぞれのアカウントを登録する。確認が取れたところで弓月はスマホをしまい、もう一度後輩の顔を見ると体の向きを変えて歩き出した。
「じゃ、またね」
「あのっ!」
「ん?」
去っていく弓月を呼び止めた鈴奈は、彼女が振り返ったのを確認して深く頭を下げる。
「今日は本当に有難うございました!」
「うん。間に合って良かったよ。次からヤバい時は呼んでね」
「はい!」
こうして、今度こそ弓月は去っていく。その歩みの先に彼女の家があるんだろうなと思いながら、鈴奈は姿が見えなくなるまで見届けるのだった。
やがて静寂が戻り、いつもの景色が鈴奈の感覚にも戻ってくる。そこで彼女は改めてラアサを抱き上げた。
「ラアサも守ってくれてありがとね」
「あたしが引き込んだんだもの。守るのは当然よ」
「それでもありがと」
白黒ハチワレ猫に感謝の言葉を述べた鈴奈は、そのまま歩いて帰宅する。今回のバトルは彼女にケガレとの戦いと厳しさと、仲間の心強さを同時に学ばせた。
大きな経験を得た鈴奈は自室に戻った後、両手をぎゅっと握ってひとつの決断をする。
「何とか飛び道具技を習得出来ないかな」
「え? 無理でしょ」
「私のパワーも魔法ならさ、こう……波動拳みたいにさ、撃てないかな?」
「波動拳?」
きょとんとするラアサを見て、鈴奈はポンと手を打った。ゲーム機が部屋にあったら実物を見せれば良かったものの、生憎なかったのでスマホで該当する動画を探して見せる。その画面を興味深そうに覗き込んだラアサは、波動拳がどんなものかを感覚で理解した。
その上で、彼女はゆっくりと鈴奈の顔を見上げる。
「自分の手から元素魔法を射出するみたいな感じかしら?」
「よく分かんないけどそんな感じ」
「魔法は信じる力。出来ると思えば出来るかもね」
「やった!」
言質を取った鈴奈は、早速波動拳の構えを取る。まぶたを閉じて集中し、氣を溜めるイメージを強く念じる。
と、この段階でこの修行の欠点に気が付いた。
「あ、もし撃てたら部屋の壁に穴が空くかも! やば!」
「撃てたらねぇ~」
ラアサは鈴奈の方に顔もむけず、後ろ足でカリカリカリと頭を掻く。そのやる気のない態度を見て、鈴奈は自分が全然期待されていない事を感じ取った。
「ラアサ、亜空間なら何も壊さずに済むんだけど……」
「開けて欲しいの?」
「人が入る大きさは無理?」
「いや……。じゃあ、開けるね」
鈴奈のリクエストを受けたラアサは立ち上がり、素早く爪で空間を切り裂いた。切れ目はじわじわと広がり、人が入れる大きさになる。その縁に手をかけて広げると、むわあああと広がっていった。
その感覚はどこか気持ち悪くて、どこか気持ちいい。
「何だか不思議な感覚だなあ。これ入って大丈夫なんだよね?」
「平気平気。出る時は声をかけてくれたら出したげる」
「分かった。信じるかんね」
亜空間の中は蛍光色でサイケな色で満ちていて、絶えず中の模様がウネウネと動いている。その様子が慣れなくて、すぐには入り込む事が出来なかった。
何度か逡巡していると、ラアサからの冷たい視線が刺さる。
「やっぱ止める? あたしはどっちでもいいけど」
「あ! ちょっと靴取ってくる! 穴は開けといて!」
鈴奈は部屋を出ると速攻で玄関まで走っていく。ドタドタと割と大きめな足音が部屋の中まで響いて、ラアサは軽くため息を吐き出した。
「本当、行き当たりばったりねえ」
「ただいまっ!」
自分の靴を持ってきた鈴奈は亜空間の中にそれを揃える。そうして、ゆっくりと空間の中に足を伸ばした。地面がないはずなのに硬い地面があるような感覚。それのおかげで無事空間内に立ち入る事が出来た。
「何だか不思議」
「その中は思念領域だからね。強く思えばその通りになる。だから決して怖がらないで。恐怖が顕在化してしまうから」
「りょっ了解!」
亜空間に入り込んだ鈴奈は、まぶたを閉じてまず深呼吸。そうして、ラアサの言葉を自分なりに咀嚼すると、まずは武道館のイメージを広げる――。
ある程度しっかり形にしたところで視界を戻すと、そこには畳1000畳はあろうかと言うだだっ広い武道場が広がっていた。
「よし!」
思い通りの空間が想像出来たところで、鈴奈は早速靴を脱いで波動拳の練習を開始する。腰を入れて構えを取ると、両手を合わせて後方に引く。後は気合を入れて氣が溜まる様子をイメージ。
力が溜まったと感じたところで、両手を勢いよく前に引き出すと同時に技名を叫ぶ。
「波動拳!」
しかし、その両手からは何のエネルギー波も出なかった。ある意味予想通りの展開に、彼女はその原因を考える。
「やっぱ、波動拳ってのが良くないのかな。魔法なんだし、魔法らしい名前で……」
鈴奈は失敗の原因をまず技名に求めた。これも魔法の一種なのだから武道の名前は相応しくないと。きっと魔法らしい名前をつければ気分も乗って、エネルギー波も出せると考えたのだ。
魔法らしいエネルギー波攻撃名。彼女は指を顎に乗せるとそれっぽい名前を生み出そうと思考を巡らせる。短くない時間の中で、幾つかの候補が浮かんでは消えていった。
「う~ん。マジカル波……は安直だし、魔波……は魔法っぽくないし、最後に波って言葉は付けたいし、でも逆にその縛りがない方がいいのかもだし……」
考えに考えた結果、そもそも魔法の名前が原因じゃないかもと言う所に辿り着く。そもそも、普段の攻撃がそうだからだ。パワー特化と言う部分も大きいけれど、叫ばなくても実行出来ている。
つまり、それが出来るなら無言でだって撃てるだろうと言う結論に達したのだ。
「までも、何か叫びたいからそこは魔法っぽい名前で行こう。て事は、撃てない原因は経験不足って事?」
それから、鈴奈は何度も何度もエネルギー波を放とうと波動拳の練習を続ける。数を重ねていく度に手のひらに何かしらの力が集まる感覚を覚えたものの、それを放出する事は叶わなかった。
1時間ほど続けたところで、気力の尽きた彼女はバタリと倒れ込む。
「今日はここまで~。もう無理~」
精神と体力を使い果たした鈴奈は、ものすごくグッスリ眠ったのだった。
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