第6話 ケガレ退治の日々の始まり

 歩道に出た途端にラアサに遭遇して、鈴奈は焦る。けれど、全身の毛を逆立てている様子を見てすぐに事態が逼迫している事を理解した。


「もしかして、帰って荷物を置いてくる時間もない?」

「カバンは私が亜空間を開けるからそこに預けて」

「分かった!」


 ラアサが爪を出して空間をひっかくと、すぐに穴が開いた。その中に入れろと言う事らしい。すぐに意図を理解した鈴奈はポイッとカバンを放り投げる。


「場所は近いの? 今から変身した方がいい?」

「とりあえず着いてきて!」

「分かった!」


 全速力で駆けていく猫の後を鈴奈も懸命に追いかけた。行き先は分からないのでラアサを見失わないように集中して走る。いくら猫でも、本気で走られると人間は引き離されてしまう。だからこそ、ラアサも気を使ってスピードを調整している事が分かった。

 とは言え、鈴奈はそもそも体育会系ではないため、割と早めに体力が尽きる。


「ちょ、待って……」

「もう見えるよ、あそこ」

「え……?」


 ラアサの顔を向けた方向に鈴奈が視線を合わすと、そこには150センチくらいの大きさのダンゴムシがいた。小さいと可愛いダンゴムシも、人間大のスケールだとただの化け物にしか見えない。

 鈴奈は、初めて見る巨大節足動物に身体が固まった。


「アレもケガレだよね? 無茶苦茶硬そうなんだけど?」

「早く変身して! 倒すよ!」

「えっと? どうやって……?」


 初めての変身が無意識だったのもあって、鈴奈はまだ変身のコツを掴めていなかった。彼女が慎重な性格だったなら、昨夜の内に変身の練習をしていただろう。

 いきなりのぶっつけ本番と言う最悪の状態で変身しなくてはならなくなった彼女は、完全にパニックになった。

 顔を青ざめさせている鈴奈を見て、ラアサは檄を飛ばす。


「何も考えなくていいの! 出来るって信じればいいだけ!」

「へ、変身っ!」


 パニックがピークに達して破れかぶれになった鈴奈は、まぶたをギュッと閉じてありったけの声を張り上げた。この時の精神的な高まりが、彼女を魔法少女の姿に変えていく。

 この時に鈴奈の体の内側から発生した不思議な光は、巨大ダンゴムシを驚かせて丸くさせる。


「今よ!」

「う、うわああああ!」


 ラアサに急かされた鈴奈は丸くなったダンゴムシに向かって突進。拳の届く範囲まで近付いたところで、すかさずパンチを繰り出した。


「マジアーッパァー!」


 ダンゴムシにぶち当てたのは腰の入ったアッパー。最初から防御形態だったダンゴムシは、一切の反撃が出来ないままこの一撃をモロに受けて空の彼方に吹っ飛んでいく。こうして、鈴奈にとっての第二戦もあっけなく決着が着いた。

 ケガレが見えなくなったところで、ラアサが鈴奈の健闘を讃えにやってくる。


「ナイスパンチ!」

「アレで良かったの?」

「当然。百点満点よ!」


 ラアサによれば、鈴奈の一撃はマトモにヒットすれば空の向こうまで飛ばせるのだそうだ。大魔女のエネルギーグリットより向こうに飛ばせばもう戻ってこられない。ケガレへの対処はそれでOKらしい。


「倒せなくてもいいと?」

「大事なのはこの街を守る事。追い出せて済むならそれでいいのよ」

「そっか。結構楽勝だね」


 敵がいなくなった事で変身は自動的に解除された。ケガレは1日に一度しか出ないと言う事で鈴奈達は安心して自宅へと戻る。今回のバトルが簡単に終わったため、これからの日々もそんなに心配しなくてもいいと彼女は胸を撫で下ろしたのだった。



 翌日からも鈴奈のケガレ退治は日課のように続いていく。一日に一度しか来ないと言う事は、逆に言えば最大頻度では毎日現れると言う事だ。ただ、遭遇するケガレは鈴奈の敵ではなく、単純作業のようにワンパンで倒す日々が続く。

 その日現れた全長5メートルほどの大蛇のケガレも、捕まえてぐるぐる縛って空に向かって放り投げたところで今回の退治は終わった。


「お疲れ様!」

「ねえ、ケガレって強いのとかはいないよね?」

「どうかしら? でも油断はしないでね」

「うわ、その言葉フラグっぽ~い」


 ラアサの含みを持たせた言い回しにツッコミを入れつつ、彼女を抱いて帰宅。ケガレ退治以外は全く何も変わらない日常は過ぎていく。

 この日々がいつまで続くのか、終わるはあるのか、それまでずっと続けていくのか。そんな事を鈴奈は一切考えなかった。ただ、家に猫がいると言うこの幸せがずっと続けばいいと願うばかりだった。


「今日も頑張ったぁ~」

「鈴奈、勉強もサボらない!」

「へぇ~い」


 ラアサは朝の目覚ましだけじゃなく、帰宅後の勉強や、夜ふかしについてもしっかり目を光らせる。鈴奈の監視役を買って出ていたのは、生活の面倒を見てくれるせめてもの恩返しらしい。小言は煩わしく思うものの、見た目が猫なので鈴奈もなんとなく逆らえない。

 鈴奈の母親もラアサが来てから娘が真面目になったと大喜びだ。本当の猫でない事は秘密にしているけれど、猫にしては賢いので何となく察しているのかも知れない。



 この日現れたケガレは少し厄介だった。何故なら空を飛ぶ個体だったからだ。しかも、鈴奈が苦手な昆虫系。苦手度ランキング上位の蜂のケガレだった。当然、その大きさは普段目にする数センチ単位のそれではない。全長は1メートルを超えた化け物蜂だ。まだミツバチタイプだったら可愛かったもの、その顔は凶悪なスズメバチに酷似している。

 当然、ケガレをひと目見た瞬間に鈴奈の戦意は喪失した。


「ギャ~ッ! スズメバチ!」

「ちょ、鈴奈!」

「あんなのムリムリムリムリムリムリィーッ!」

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