じゃじゃ馬セレナの不器用真っ直ぐ錬金術〜未来の誰かのための魔導具作り〜

八坂 葵

【小さな錬金術師の第一歩】

第1話 セレナ5歳 前世の記憶を迎えた日

 五歳の誕生日、食卓へ向かおうとドアに手をかけた時にそれは起こった。


 急な息苦しさ、全身に広がる激しい痛み。濁流だくりゅうのような情報が私の頭を襲った。


――


 大学、プログラミング、カフェ、親友の亜美......


みお?』


 それが『私』の名前?


車に引かれそうな亜美を見て、『私』はとっさに突き飛ばし、


「澪っ!!」


薄れゆく意識の中、亜美の無事な姿を確認し、私はホッとしながら闇に落ちる。

そして世界が音もなく閉じる。


 ――


 ハッと息を呑み、私は目を開いた。


 違う!『私』はセレナだ。セレナ・シルヴァーノ。


 ヴェルダの街で錬金術師を営むパパのルキウス、ママのマリエッタに森で拾われ、今日でちょうど五年。それが『私』


 でも今流れ込んできた二十二歳の『澪』の記憶も他人とは思えない。

 これは......まさか前世?



 ドアをノックする音がして、ママが顔をのぞかせた。


「セレナ、おはよう。5歳のお誕生日おめでとう」


 私は混乱した頭をグッと抑え込んで


「おはよう、ママ」


 とにこやかに挨拶をした。

 ママに余計な心配なんかさせたくないから。



 リビングに行くと、パパがもうテンション全開で待っている。


「おはようセレナ、誕生日おめでとう!!」


 わしゃわしゃと頭を撫でられ、高い高いのように持ち上げられる。


「はいはい、パパ。そろそろ降ろしてねー」


 ちょっと冷たく言うとパパはシュンとして、私をおろしてくれる。

 よし、効果抜群!


 ママが苦笑しつつ食卓に皿を並べる。

焼きたてのパンとミルク、それに黄色い皮の『月の葡萄』。


 濃い黄色は貴族用、薄い黄色は私たちのって決まってるんだけど、それでもすっごく美味しいの。


「わぁ、ママありがとう!」


私はパンよりミルクより先に葡萄をひと粒。

ツルン、ジュワッ!


「んー!美味しーい!!」



 こんな普段のやり取りのおかげで、私は『セレナ』なんだと、ようやく落ち着くことが出来た。


 前世の『澪』の記憶は私の中にまだあるけど、ひとまず大切にしまっておくことにしよう。


 ――


 朝食の後、私はママの工房で簡単な荷運びやお掃除のお手伝いだ。

 今日はベッドサイド用の魔導ランタンを作るらしい。


 『魔導回路』の書かれた紙を金属に置き、魔力で焼き付けてランタンを作り出す。

 相変わらず早くてキレイな手つきだ。



 そういえば昔、外食先でランタンが突然故障し、ママが頼まれて修理をしたことがあった。


 夜の暗がりにみんな少し不安そうな表情だったけど、ママがすぐに修理を終えて明かりが灯った時、不安はすぐに溶け、とても幸せそうな空間へ早変わりしていた。



(私もいつかあんな笑顔を作り出したいなぁ......)


 そう思っていた。

 けど魔導回路が難しくて、最近少し諦め気味だったんだよね。


 そんなことを考えながら、ふと『魔導回路』に目を落とす。

 あれ、これ、もしかして?


「ねえママ、ここってなんて書いてあるの?」


「ん? これはね、『魔石から受け取った魔力をこっちの線に流しなさい』っていう命令よ」


「そしたら丸いのは、『光をともしなさい』ってこと?」


 私の質問にママがとても驚いた顔を見せる。


「まあ、セレナ、魔導回路が読めるの!?」

「ううん、なんとなくそう思っただけ」


 私はそう誤魔化したが、見ると流れが頭の中で組み上がる。まるでプログラ厶のコードを組むときのように。


 これは澪の知識?

 プログラミングにも似たこの流れなら理解できる!


(私、もしかして魔導具作れるのかな?澪の知識借りたら、あの笑顔にたどり着けるのかな?)


 そう考えた時、私の心の奥底から奔流のような思いが溢れ出し、


「ママ、私もなにか作ってみたい!!」


 気づけば大きな声で叫んでいた。

 胸が高鳴って、その一言だけで全力を使い果たしたかのように息が荒くなっている。

 胸の奥で何かが燃え上がった。


 ママは少し驚いたけれど、すぐに嬉しそうに微笑んで、


「いいわよ。じゃあ、まずは簡単なものから練習しましょうか」


 こんな小さな手でも、誰かの笑顔を作り出せるかもしれない。

 澪の知識に心から感謝した。


 ――


「あらあら、セレナごめん。忘れてたわ」


 準備をしていたママから、突然呼びかけられた。


「その前に、セレナに魔力があるかどうか、調べないとね。魔力がなきゃ魔導具なんて作れないから」


(えっ.......?)


 せっかく胸に燃え盛っていた炎が、急に小さくしぼむ。代わりに胸に広がる不安という名の冷たい空気。

 ダメ、まだ消えないで!


 未来への道がシャボン玉のようにふっと消えてしまいそうで息が苦しい。



 ママは私のそんな苦しみには気付かず、工房の棚から魔力の測定機を取り出す。


「ここに手を置いて、じっとしててね」


 私はおそるおそる右手をペタリと当てる。ひんやり冷たい。冬の水道みたいだ。


 ママがスイッチを押すと装置が光り始める。

 その時胸の奥で何かが弾ける。


 装置の輝きが私の視界を白く塗りつぶす。


 そして――




―――――――――――――――――

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