第9話 #放課後の沈黙会議

 あれだけ騒いでいたStarChatが、今日はやけに静かだった。

 #恋バレ警報発令中 はランク外に落ち、代わりに

 #テスト前地獄 が1位になっていた。

 恋より勉強。人間、切り替え早すぎる。


「なあ真嶋、今のうちに謝っとけよ」

「何を」

「七瀬のこと」

「……なんで謝る必要があんだよ」

「恋バレ騒動、あれで疲れただろ。

 お前、放っておくと“反省遅延型男子”だからな」

「初耳の診断名だな」


 悠真の言葉を無視して、黒板の方に目をやる。

 明日の小テストの範囲が、これでもかと書かれていた。

 “英表 Unit4〜6”。誤解どころか、単語すら覚えてない。


 放課後。

 教室の掃除も終わり、みんなが帰るころ。

 ひよりがノートを抱えて席に座っていた。


「勉強してるのか?」

「はい。少しだけ」

「七瀬って、真面目だな」

「そうですか?」

「誤解されやすいタイプなのに、地味な努力家ってギャップあるだろ」

「誤解されやすいのは、私が話下手だからかも」

「いや、そうでもねぇと思うけどな」

「じゃあ、真嶋くんが誤解を解いてください」

「え」

「ほら、沈黙の会議です」


 ひよりがノートを閉じる。

 “沈黙の会議”――たぶん、何も言わずに話すってことだ。

 でも、俺には難易度が高すぎる。


「……沈黙苦手なんだよな」

「どうしてですか?」

「何も言わないと、余計なこと考えるから」

「余計なこと?」

「たとえば――なんでお前、そんな顔してんだろうとか」

「どんな顔してます?」

「……テスト前なのに笑ってる顔」

「笑ってないと、暗記できません」

「理論が独特すぎる」


 ひよりは肩を揺らして笑った。

 その笑いが、静かな教室の中でやけに響く。

 沈黙の中に音がある。

 その音が、少し心地いい。


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StarChat #放課後の沈黙会議

【桜井先生@担任】

「沈黙にも、会話がある。

 それを理解した瞬間、君たちは“成長”する。」

コメント:

・「#ポエム先生今日も健在」

・「#沈黙の美学」

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「先生、どこから見てんだよ……」

「きっと屋上からですよ」

「監視衛星か何かか」

「でも、いい言葉です」

「お前、先生の信者だろ」

「違います。尊敬してるだけです」


 沈黙が戻る。

 だけど、さっきまでの沈黙とは違う。

 空気の温度が、少しだけ近い。


「七瀬」

「はい?」

「……その、“誤解”の話だけどさ」

「うん」

「もう、あんまり気にしてないのか?」

「うーん……たぶん、少し慣れました」

「慣れって怖いな」

「でも、“慣れ”って、優しさに似てると思いません?」

「優しさ?」

「はい。最初は違和感でも、続けてたら安心する。

 だから、“誤解”も、誰かと重ねていけば、

 もしかしたら“絆”になるかもしれません」


 ――この人、ほんとたまにズルいこと言う。

 理屈じゃなく、心の奥に刺さるタイプの言葉を。


「……絆、か」

「うん。たとえば、今日みたいに沈黙でも話せる感じ」

「……それ、もう誤解じゃねぇだろ」

「え?」

「いや、なんでも」


 夕焼けが教室を包む。

 ひよりの横顔が、光に染まっている。

 その光景を見ながら、俺は思う。


 “沈黙”って、案外うるさい。

 だって、心の音が聞こえるから。


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StarChat #放課後の沈黙会議

【校内ウォッチ】

「何も話さずに通じ合う2人。まるで空気が恋してるみたい。」

コメント:

・「#静かな恋愛現場」

・「#沈黙でもバレてる」

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「……ほんと、どこで撮ってんだよ」

「見られてるって、なんか不思議ですね」

「俺は落ち着かねぇ」

「でも、少しだけ誇らしいです」

「誇らしい?」

「だって、“誤解”でも、ちゃんと誰かに届いてる気がするから」


 その言葉を聞いた瞬間、

 心のどこかが、静かに震えた。


 ――誤解でも、届いてる。

 なら、もうそれでいいのかもしれない。

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