第15話 不屈のアテム

「グレイ、今の一撃で僕が諦めると思ったのか。だとしたら、僕のことを少し見くびっているよ」


「……アテム様は本当に変わられたようですね。しかし、どうしてそこまでするのですか?」


彼の問い掛けで、訓練場にしんとした静寂が訪れる。


どうやら、この場にいる皆が思っていたことらしい。


注目を浴びるなか、僕は深呼吸をして切り出した。


「悪戯に……出来ないことを口にするなと言われたからだ。僕は君を必ず見返してみせる」


「そうですか。しかし……」


グレイは頷くと同時に跳躍し、僕との間合いを詰めて木剣を振るってきた。


何とか木剣で受けるも、両手が痺れるような感覚に襲われ、乾いた木が激しく打つかり合う音が訓練場に轟いた。


「ぐ……⁉」


鍔迫り合いに持ち込まれて歯を食いしばっていると、グレイが目を細めながら顔を寄せてきた。


「恐れながらアテム様は焔斬りを習得できなければ、その片鱗すらありません。どうか諦めてください」


「何度も言わせないでしょ。嫌だね、絶対」


「残念です。ならば、諦めていただけるよう少し反撃させていただきましょう」


グレイはそう告げると鍔迫り合いの状況から力を抜いて流れるように僕の体を掴み、勢いよく放り投げた。


「うわ……⁉」


再び訓練場をぐるぐる転がされ、全身に衝撃が走った。


周囲から悲鳴や怒号が聞こえるが、僕は顔を上げながら「やめろ」と再び叫んだ。


「言っただろ、これは全て承知の上なんだ」


周囲にいる皆が戸惑った様子でざわめくと、正面から手を叩く音が聞こえてきた。


見やれば、笑顔でグレイが拍手をしている。


「素晴らしい決意です、アテム様。先程、見返すと仰いましたが、すでに私はアテム様を見直しておりますよ。専属護衛は引き受けられませんが、どうか諦めになってください」


「……それはできないんだよ、絶対に」


ゆらりと立ち上がって木剣を構えるも、正直なところ八方塞がりだ。


ラグナロクファンタジー同様の世界なら、グレイと戦うことで経験値を得てレベルアップして『焔斬り』を扱えるという考えだったんだけど、もっと情報を集めてから挑むべきだったかもしれない。


それにしても、どこの誰だか神様だか、何の因果か知らないけどさ。


僕に前世の記憶を蘇らせたってことは未来を変えたいって思惑があるんでしょ。


もしどこかで見てるなら、少しぐらい力を貸してくれたっていいんじゃないの。


『いいでしょう。未来を切り開こうとする不屈の心、気に入りました』


「え……⁉」


どこからともなく気が強そうな女性の畏まった声が聞こえてきた。


ハッとして周囲を見渡すも、それらしい人は誰もいない。


それどころか、何やら時間が止まったかのように皆が固まっていてぎょっとした。


『恐れないでください。私は貴方の心に語りかけています』


「ぼ、僕の心だって……⁉」


な、なんだろう。


前にも似たようなことがあった気がする。


困惑のするなかで、女性の声が再び聞こえてきた。


『そうです。あの子が選んだとはいえ、果たして貴方に力を貸してよいものか。ずっと見定めていたのです』


「あの子が選んだ……見定めていたって、どういうこと⁉」


『よく考えれば貴方ならわかるはずです。しかし、私に残された力はごく僅か。手を貸せるのは、これが最初で最後でしょう。いずれ、私を見つけ出してください』


「見つけ出してって……」


こんなことができる不思議な力を持ち、僕が見つけ出すのを待っている。


よく考えればわかるって、この声の主は一体誰だ……⁉ 


その時、それらしい人物が脳裏に思い浮かんだ。


「もしかして、貴女は三女神の次女イナンナ様……?」


三女神の次女イナンナ。


ラグナロクファンタジーにおける彼女は褐色肌に黒い長髪、鋭く厳しい目に黄金の瞳を浮かべていた。


白を基調としたエジプトやアラビア風の衣装と帽子、金色の装飾品に身を包んだ神秘的かつ凜とした強かさを放っている。


イナンナは姉ルテラスと共に地上に舞い降り、邪神ペルグルスを封じ込めた後、自らの体を邪神特攻の『武具』に変えた女神だ。


でも、こんな風に語りかけてくるのは『あの場面』を除いて記憶にない。


『ふふ、答え合わせは楽しみにとっておいてください。それよりも貴方に私の力を授けましょう』


「ち、力だって……⁉」


『そうです。一滴の雫でもいずれは石を穿つもの。ありとあらゆる経験をその身に蓄え、自らをどこまでも高めることができる祝福です。しかし、怠惰に過ごせばその経験はたちまち消えゆくでしょう。さぁ、おゆきなさい』


「ちょ、ちょっとまだ話したいことが……⁉」


必死に呼びかけるも返事はなく、代わりに全身が温かくて力強い光に包まれる。


やがて、その光は収縮して僕の胸の中に消えていった。


「な、なんだったいまの……」


「……アテム様、どうしたのですか?」


困惑して周囲を見渡していると、グレイが眉を顰めてこちらを訝しんでいた。


「い、いや、何でもないよ」


頭を振ってグレイに向けて木剣を構えたその時、脳裏に『これまでに得た経験値をまとめて集計します』という女性らしい声が淡々と響いてきた。


「は……?」


呆気に取られていると、再び声が脳裏に響いてくる。


『集計が終了しました。おめでとうございます、経験値が一定数に達しました。アテム・アステリオンはレベル5となりました。焔斬りを習得したことをお知らせします』


「え、えぇ……⁉」


訳が分からず頭を抱えていると、グレイが首を捻った。


「アテム様、本当に大丈夫ですか?」


「え、う、うん。大丈夫、僕は大丈夫」


心を落ち着かせるべく深呼吸をすると、僕は「と、ところで……」と切り出した。


「グレイは『焔斬り』を使うとき、どうやってるの?」


「どうって、自らの中にある魔力を手に持つ武器に宿すイメージしながら『焔斬り』と暗唱もしくは心中で発するのです」


「な、なるほど。教えてくれてありがとう」


首を傾げて訝しむグレイ。


僕は決まりの悪い顔を浮かべて頬を掻きながら誤魔化すと、言われたことをものは試しにやってみる。


その瞬間、身の内に眠る魔力が体を巡り、手に持つ木剣に集まっていくのを明確に感じた。


これなら、やれる……⁉ 


そう確信した僕は、再びグレイを見据えた。


「多分、次の一撃が最後になる。受けてもらえるかな」


「畏まりました。全力で打ち込んできてください」


余裕綽々の表情で微笑む彼に、僕は木剣を正眼に構えて目を瞑り、深呼吸して集中を高めていく。


体の中に今まで感じなかった不思議な力が渦巻くのを感じる。


これが『魔力』というのなら、やれるはず……僕ならやれるはずだ。


グレイが藁束を『焔斬り』で真っ二つにしていた動きを脳裏で思い返し、木剣に焔が宿るイメージを明確に固めていく。


アステリオン王国滅亡回避に向けた最初の一歩だ。


絶対に踏み外すわけにはいかない、女神の力。


祝福か何だか知らないけど有り難く使わせてもらうよ。


「……アテム様、どうしました。打ち込んでこないのですか?」


彼が眉を顰めて訝しんだその時、僕は息を吐いて目を見開いた。


「いくぞ、グレイ」


僕は木剣を上段に構えて駆け出すが、木剣に焔はまだ宿っていない。


――――――――――

◇あとがき◇

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