ゾンビ


 人はそれを代償と呼ぶが、魔法使いに言わせれば、それは単なる対価だ。世に二つとない宝石を購入したいのであれば、それに見合うだけの対価を支払う。当然のことだ。願いは常に対価とセット。差し出す覚悟がないのであれば、最初から不釣り合いな願いなど口にするべきではない。魔法使いはそのように考える。だが魔法使いに願いを告げる人間たちはいつだって、その多くが被害者面だ。不当な理由で奪われている、支払わされていると感じる。だから代償などと呼ぶのだろう。実に涙ぐましいことだ。だから魔法使いも彼らに合わせ、ときにそれを代償と呼んでやる。私は人々に寄り添う優しい魔法使いなのだ、いつだって。

「おっと、前置きが長くなった」

 魔法使いは思い出したように胸の前で手を打った。

「君はこんなわかりきったことを聞きたいんじゃないよな。だってわかっていて望んだんだもんな。対価に見合うだけの買い物だと思ったから、支払いに応じた。こんなはずじゃなかったこんなことになるなんて聞いてなかったこんなものは望んでいなかった、そんなことは言わない、そうだよな」

 願いに見合うだけの対価を支払うのならば、叶える。それが魔法使いが魔法使いであるべきルールだ。だから、たとえば、不老不死の対価として差し出すのは「死」だ。「死」を失う代わりに「不死」を得る。死を失った生き物になる。全身をみじん切りにされても毒を飲まされても死なないし、どこぞの怪物みたく朝日を浴びて灰になることもない。シンプルな不死だ。まさに願ったり叶ったり。

「いずれ人間はほろびる。この地は生命の住める場所ではなくなる。そうでなくても人間は人間同士で争ってばかりだ。私は言ったよ。ちゃんと説明したよ。たしかに死なない。首を切られても死ぬことはない。生首だけでも生き続ける。だからって、ただ死なないってだけで穏やかに生を全うできるわけじゃない。私はちゃんと言ったんだ。それで君も了承した。どんな状態におかれても死なない、死ぬことがない、それが重要なんだっけ?」

 全身をみじん切りにされても死にはしない。ただ死なないだけだ。ただ死なないだけで、肉体が再生するわけでもなければ、痛みは永続的に襲い来る。毒も同じだ。死なないだけで苦痛と後遺症は肉体に残る。肉体が肉塊になったところで変わらない。やがて精神はすり減り、尊厳は毀損され、死を剥奪されてなお生き続けるだけの野狗子ども。もうとっくに意思疎通のできる状態ではないにせよ、魔法使いの前でそのようなことは些事でしかない。

「いいさいいさ叶えてあげよう。私は寛大な魔法使いだから、これくらいのことで機嫌を損ねたりはしないのさ。不死の呪いを解いてほしい? いいとももちろん。差し出せる「生」があるのなら。死に見合うだけの生を持ち合わせているのなら、私は願いを叶えよう」

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