すべての魔法使いはこの世にただひとりきり
深夜
パンプキンパイ
市場で色艶のいいカボチャを見繕って、買って、切って、煮て、皮を取って、面倒くさいけれどもしっかり裏ごしして、粗熱を取る間にパイ生地を用意しようとしてあら? 嘘でしょ? ちょっとこれ……待ってよ……パイ生地はここから二時間寝かせるんだったわ……終わりだ……、なんてことをしなくても、魔法使いなら簡単だ。
ぼろ切れをドレスに、カボチャを馬車に、ネズミを馬に。
そんなのが魔法使いだ。だからおやつの時間ぴったりに、魔法でおやつを生み出すことくらいはできて当たり前。
ということで、今回は逆をやってみたわけである。
すなわち、馬車をカボチャに、馬をネズミに。
ついでに馬車の客と御者も、ひとまとめにネズミに変えてしまった。馬車からカボチャに、カボチャからパイにと変える中で、これは食い手が足りないなと思いなおしたのだ。ネズミであれば人間ほどはかさばらないし、袋に詰めて持ち帰れる。
「ほら、遠慮せずお食べ。どんどんお食べ。紅茶のおかわりも用意してあげるからね。君たち用のサイズがないのは恐縮だが、テーブルマナーはうるさく言うまい。気楽に好きにやってくれたまえ。夢だっただろう? 子供はだれでも夢を見る。そして誰しもかつては子供だ。小さくなって食べてみたい、小さくなって自分よりも大きなケーキにありつきたい! なのにどうした。食べないのか? ケーキがパンプキンパイなのが不満か? ホイップクリームでもかけてほしいのか?」
六人掛けの机いっぱいの巨大なパンプキンパイ。その上から鈍い動きで逃げ出そうとするネズミの一匹を、魔法使いの手がむんずと掴む。
「君は何だったかな。馬車を引っ張っていたのが年寄りの栗毛だったのは覚えてるんだがね。人間は、どれが誰で何人いたんだったかね。ハハハハハ、ケーキよりお外を走るのがいいのかい。そんなに牧草が恋しいかい。ねえ、そら、どうにかお言いよ」
言いながらネズミの腹を撫であげる。ひっくり返されて情けなくよじるネズミの腹は、内側に詰まったものでパンパンに膨れている。膨れた腹。見た目の上ではパイの上にいるネズミとも大差ない。どのネズミもまんまるに膨れ、カボチャのオレンジ色でべたべたに汚れている。そして彼らは魔法使いの手の中でヂヂヂィと悲鳴をあげるネズミを、凝視した体勢のまま硬直している。彼らの目が恐ろしいものを見る目と知ってか知らずか、魔法使いだけは安穏として告げた。
「安心をし。私は優しい魔法使いだからね。おやつが済んだら帰してあげよう。きっと無事に帰してあげよう。それまではほら、楽しいティータイムを続けようじゃないか」
手首を返してネズミをパイの上に戻す。ネズミが戻されたのは、まだ誰もくちばしをつっこんでいない、まっさらでなだらかなオレンジ色の地平だ。パンプキンパイはただ広大に、六人の大人が六人かけて食べきれないだけの質量をもって、彼らの足元に広がっている。
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