【閲覧注意】2 連休明け(前編)女子トイレ

(※性、トイレの描写があります。ご注意ください。)






 北国きたぐにほんしゅうからいっ月遅げつおくれで、さくらはじめた。

 しょう学校がっこうそつぎょうしきにゅうがく式で、ピンクのようりして満開まんかいの桜のつくったり、まいの桜のはなびらにしてみたりする。だから、学校のなかでは、「桜イコール三月さんがつ下旬・月上旬」のイメージがていちゃくしている。でも、学校から一歩いっぽそとたら、そうじゃない。

 っていく桜の花びらをびながら、とうこう

 五月四日よっか日曜にちよう夕方ゆうがた。おかあさんとおにいちゃんと三にんで、ショッピングモール「セイレーン」へくと、さいじょうなつまつりはな大会用たいかいよう浴衣ゆかたがもううりしの時期じきになっていた。

 じょ高生こうせいが桜のモチーフのピンクの浴衣をえらんでて。夏なのにいのかなーっておもっていたら。

 お母さんが「桜は通年つうねんれるがらだよ」とおしえてくれた。

「まあ、日本にっぽん=桜のイメージがあるからね。実際じっさいいているのはみじかあいだなのに」とお兄ちゃんも教えてくれた。

 わたしはまだまだらないことがあるんだなと思った。



 今年ことしのゴールデンウィークは四月じゅう六日ろくにちようから五月六日むいか曜日まで石連いしれんきゅう

 だから。四月二十八日はちにちげつ曜日、三十にちすい曜日。五月一日ついたちもく曜日、五月二日ふつかきん曜日。このよっかんは、つうじゅぎょうがある。


 ちなみに、はどこにも旅行りょこうかけない。がえりのピクニックもし。えいかないし、動物園どうぶつえんにも行かない。

 それでも、いっしゅう間に一かいはセイレーンなりうつわてん一番いちばん最寄もよりのスーパーマーケット「フルムーン踏板ふみいた店」にかけて、たく大容だいようりょう冷蔵れいぞうにドカドカったものをっこんでおく。

 だから、お母さんとお兄ちゃんとわたしの三人そろって出かけたのは、今月こんげつ四日だけだった。


 お母さんは自ぶん担当たんとうしているちゅう学年がくねんじゅくせいのためではなく、自しゅうしつようしに六年生ろくねんせいのために、見まもやくとしてしゅっきん

 おとうさんは天王てんのうひゃっちかくのビジネスホテルで寝起ねおきしながら、物産展ぶっさんてんにつきっきり。

 お兄ちゃんは高校受験こうこうじゅけん生として、べんきょうけ。がっ校と塾のりょうほうから「受験生をあそばせないための問題もんだいしゅう」がくばられて、ひっつすすめている。


 わたしが計算けいさん問題でわからないところをお兄ちゃんにたずねようとすると、ものすごくいやそうなかおをして、シッシッと左手で「あっち行け」のハンドサインをされた。

 はらわれたわたしは、自ぶん部屋へやもどって、がんって自りきかう。

ひゃく十分じゅっぷんいちかける……」

 <ひゃく、ろくじゅう、ふん、いち>

「あっ、勝手かって音声認識おんせいにんしきして!しずかにしててよ」

 AIエーアイ音声を自どうどうしたスマホをクッションのしたきにして、こえさずに計算を再開さいかいする。


「百五十分の一かけるきゅうぶんの五十」は……。

 まず、五十でかたけると、三でしょ、こっちは一でしょ。

「三分の一かける九分の一」になったから。

 答えは……じゅうなな分の一。


 こんなに真面目まじめこまかく計算の段階だんかいけて、計算メモをのこしつついている。それは、このプリントにちいさな文字もじただきがあったせいだ。

解答かいとうちゅうの計算メモはしゴムで消さずにのこすこと」なんて、のがすところだったよ。


 ちゅうがく受験をするなら、こんなのパパッと出来できちゃうんだろうな。

 きちんと分数ぶんすうのかけざん解しているかアピールしなくちゃいけないのが、このゴールデンウィークの宿しゅく題のじゅうよう分だ。

 算数とは永遠えいえんなかくなれないわたしにとって、三年じゅっげつの高校受験なんてえられるだろうか……今から、心配しんぱいになってちゃった。


 わたしが計算問題から高校受験にまでなやみをひろげたように。

 ほかひとたちも、小さな問題をおおきくひろげてかんがえてしまっていた。

 そう、鍵盤けんばんしょう六年どうおやたちだ。

 六年一組担任いちくみたんとうけんしているがく主任しゅにんぐん ごう先生せんせいつくったであろう「あお」にいてあった、遠そくさきらなかったんだって。

 塾生に問題解せつたのまれつづけていたお母さんにも、しに連絡れんらくが来ていたみたい。いえかえって来たお母さんのスマホには、ママともからざいちゃくしんがかかって来て、かなりこまっていた。


 けっきょくだい数のおやが「行き先変更へんこうなんてぜんいてません」と学校がわにバラバラにこうしていた。

 そのせいで、しょく員室いんしつでんがパンクじょうたいになってしまったことから、保護ほご者会しゃかいもよおすことが即決定そくけってい

 六年児童保護者けのきんきゅう保護者説明せつめい会は、五月七日なのか水曜すいよう午後ごごしちから時までのかん、鍵盤小体育館たいいくかんおこなわれることとなった。


 なにせ、六年の遠足の行き先は、ゆう賀市がしみなみだいやま公園こうえん

 その公園には、きちんとせいされた山道ざんどうがあるけれど。

 もちろん、小がく生でも簡単かんたんのぼれちゃう。

 つまり。六年はるの遠足はただ公園までの徒歩とほ遠足をダラダラするのではなく、公園にとうちゃくしてから「登山遠足で完全燃かんぜんねんしょうしよう」ということだ。



 五月七日水曜日。

 四苦しくはっ苦しながら五枚の計算プリントをわらせて、あさの会で無事ぶじていしゅつしたわたしはギリギリおこられなかった。

 わすれて来たはいなかったけれど、問題てんひとつ。

 あのいんでさえ、「このていの計算えんしゅうなら、段はかないけれど、但し書きをまもらなくちゃいけなかったから」といやっぽくいながら計算メモを書きしるしたプリントを提出していた。

 計算が面倒めんどう佐久間さくまぎし鹿しまどうせい数の四桁よんけたかけ算で、スマホの電卓でんたくアプリを使用していて、ちゅう計算のメモがまったくて、解答だけの入でませていた。

 最悪さいあくなのは……佐久間、西脇にしわきどう谷本たにもとにんは、スマホのカメラで計算式をって、AIに解せきしていてもらっていたのだ。


 でも、サッカーしょうだんいそがしい工藤と吹奏楽すいそうがくクラブで頑張っている鹿島のりょうめいは「切羽せっぱまってやってしまった」とひらあやまりで、反省はんせいもしていた。

 他の子たちは、「わからないからかいたよってなにわるい?他の子だって、おや兄弟きょうだいたすけてもらってるはずだ」とずっとネチネチわけして謝ろうとしなかった。


 荒立あらだて先生せんせいはこのにんたいして、今日きょう明日あした明後日あさって三日みっかかんほう課後かご、スマホの使用がきんされている鍵盤小校しゃの会室で習をけることがはっぴょうされた。

「九人は黒板こくばんまえならんでください。

『二度とスマホに計算問題を解かせるようなズルはしません。すみませんでした。』と黒板に書いて、皆の前で発表してください」なんて荒立先生がうもんだから。

 九人全員ずかしそうにモジモジして、ちいさな文字もじ謝罪文しゃざいぶんを黒板に書いてブツブツ発表した。


 いやふん囲気いきからはじまった連休明け初日しょにち

 ふと、ドアのほうからせんかんじて見てみると、わたしにかってまねきサイン。

「ナワナワー、おっはよう!」

 三・年三組で二年間どうきゅう生だった、宮前みやまえ 万理夜まりやちゃん。ハッキリ言って、ココとは学校生かつでの仲良し感。でも、万理夜ちゃんはわたしがあしわるいことで外遊そとあそびが出来ないとると、かえりの会わりにお手がみをプレゼントしてくれていた。

 うれしくて、わたしもへん事を書いてつぎの日の朝わたして。手紙交換こうかんをたくさんした。交換日記にっきみたいに、、五にんのメンバーで気をつかいながら書いて渡すことが無かったから、マイペースにつづけられた。

 五年のクラスえではなれてからは、なかなか手紙交換が出来なくなってさびしかった。

 こうして、ときどきわたしをたずねに来てはくれる。

 わらない、ほそいカチューシャがとっても似合にあっているセミロングヘア―のおんな

 でも。いま青白あおじろかおなのにげん気のこえ。……ううん、なにいそいでいるみたい。

「万理夜ちゃん、おはよう」

 教室のドアからろうへ出て、万理夜ちゃんにペコリとあたまげる。

四組よんくみだけ、朝の会ながかったね。大丈夫だいじょうぶ

 また、いつものように荒立先生にガミガミおこられた感じ?」

「宿題でチート発動はつどう。スマホで計算と、AI計算だってさ」

「あー、あの但し書きんでなかったの?駄目だめじゃん。でも、ナワナワはそんなことしないよね。真面目だもん」

「万理夜ちゃん、どうしたの?」

「うん……げん気?」

「元気だよ」

「……アレ、い?」

「行こう」

 わたしはリュックサックからポーチをしてズボンのポケットにっこんで、万理夜ちゃんの手を引いて、そっとじょトイレにはいった。


 女子トイレに入ってすぐ、五年生とすれちがったけれど、室はほとんどドアがいている。

「さっき、朝の会の途中にトイレ行ったら始まっちゃってて、ティッシュペーパーはさんだけど……一階いっかいけん室まではたなそうで」

よる用しかないけど、良い?」

たすかる。ごめんね、かえすね」

 ポーチから夜用の生ナプキンをひとつ取り出して、万理夜ちゃんの手に渡す。

 万理夜ちゃんはすぐ個室にとつ入して、わたしは女子トイレのかがみまえった。


 そのあと、手をあらっているときでも。

かえすね、絶対ぜったい」と万理夜ちゃんはなん度もってくれたけれど。

「いらない。わたし、それじゃないとぎゃく使つかえないんだよね。れるの心配しんぱいしてストレスで禿げそうになるもん。

 こん度、遠足でのこったあめでもちょうだい」

OKオーケー

 貧血ひんけつあたまはたらかないのに、漏れの心配しなくちゃいけないとかキツイもんね」

「わたし、もう予備しか無いからあげられないわ。中休なかやすちゅうに保健室でナプキンなんもらったほうが良いよ」

「そうする……ああ、早退そうたいしたいよ~」

体育たいいくは?」

「今日は無い。あと、他のどう教室も無いから、ヒヤッとすることは無いかも」

そうとう番は?」

「それが教室掃除なんだ……」

「生理来てる子、ナワナワしからなくて。ごめんね、ありがとう」

「頑張って行こう。大丈夫だいじょうぶ。よしよし、万理夜ちゃんは良い子。万理夜ちゃんはつよい子」


 万理夜ちゃんがさきに教室へ戻っていく。はしれはしないけれど、そのあしりはさっきと全然ぜんぜん違う。


 まだ、しょく員室に行けるか。

 階段でせのほうが良いか……。

 遠足前に、無駄むだに走ってケガしたくない。

 六年ホール(きゅう六年五組)よこかべにメモちょうをあてて、いつも持ちあるいているシャープペンでメモメモ。



 はちはん

 本当は教室に入っていなくちゃいけないけれど、わたしは六年一組教室の前では無く、階段前で六の一ふくにんを待ち伏せることにした。

 二組や三組の先生たちは不思議ふしぎそうにわたしを見つめても、何も声かけはしなかった。

 おくれて、スーツ姿すがたでちょっとぐせがパイナップルのヘタみたいにびょーんびょーんねている、桜先生がやって来た。

「桜庭先生!」

「あっ、四組のあっ……なわさん」

「桜庭先生にお手紙書いたの。んでください」

「え?うれしいな!

 今の子スマホスマホで、こういうのぎゃく新鮮しんせん!」


 手紙には、[朝、一組のカチューシャちゃんが合悪あいわるそうでした。給食きゅうしょくじゅん備前に声かけてください。給食をべられそうになかったら、早退そうたいさせてあげてください。 火]と書いた。

 先生だからとすことは無いと思いたいけれど、だれかに見られても良いように、万理夜ちゃんの本みょうは書かなかった。


「……これを渡すために、ぼくを待ってたの?」

「桜庭先生は郡司先生とも上手うま調ちょうせい出来るから、たのみます」

「はい、頼まれました。

 火縄さん、ころばないようにゆっくり教室へもどってね」

「お気づかいありがとうございます」と桜庭先生にお辞儀じぎをしてから、六の四教室へ戻った。


「火縄さん、こくじゃ無いわよね?」

「桜庭先生に一組のことで相談そうだんがあって」

「それじゃあ、わたしはたよりにならないかー……なんちゃって!」と心底残念しんそこざんねんがるりをしてみせる荒立先生。そのうしろで、担任を心配そうに見つめている副担任。

 何か、問題がきたのか。

 それとも、不とう校児童のことかな。

 わからない。

 だから、わたしはそれじょうはなしふかりせずに「遠足、ものすごくたのしみです。とくに、おやつが!」と題をらすことにした。

「先生も遠足がものすごーくたのしみだよ。とくに、コーヒーが!」と荒立先生もげんくして、話にのってくれた。

 だから、かな。

 荒立先生のふん警戒けいかいを、わたしはおこたった。

 親友しんゆうの生理と貧血よりも、先生の噴火活動かん優先ゆうせんすべきだったか。

 そして、コミュニケーションにおける、いっしゅん一瞬の判断はんだんむずかしさを痛感つうかんした。

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