第43話
薄暮の公園には、自分たちを除いて誰もいなかった。この公園が学校近くのものであることは明白だが、具体的な位置関係まではわからなかった。ただ恭一についてきただけで、周囲の様子は何も見えていなかった。
公園は遊具が二つあるだけの小さいもので、端に設置された照明灯が控えめに園内を照らしている。
水色のペンキが剥げかけたベンチに恭一と並んで腰かけて、無言の時間が過ぎた。ときどきすんと洟をすする音だけが沈黙にさざなみを立てる。
最初こそ涙を止めようとしていたが、諦めて流れるままにしていた。自分の内面がいかにぐちゃぐちゃだったかを思い知らされ、ますます情けない気分になった。そんな自分に対し、恭一は慰めるでもなく、ただ黙って隣に座っていた。
涙が止まったころ、ようやく口を開く気になった。
「おまえについての変な噂って、もうなくなった?」
「そんなの当然だろ。みんなおまえと藍澤先生の話しかしてねえよ」
「そう、ならよかった。一応目的は果たされたね」
恭一はあからさまに不満そうな顔をした。恭一にまつわる噂を消すために始めたことが、先生たちの逮捕で幕引きとなったのだ。彼としてはこんな結果を望んでいなかったのだろう、当然の反応だ。
「おまえは何も悪くないよ、全部俺が勝手にやったことだった。俺はいつも短慮のせいで取り返しがつかない事態を引き起こすんだ。本当にごめん」
恭一だけでなく、藍澤に対しても申し訳ないという気持ちがあった。あの時、職員室で藍澤がナイフを握っていたのは、おそらく自らの命を絶つためだ。そこまで藍澤を追い込んだのは、紛れもなく自分だった。
自分が梶尾の事件を調べなければ、ほとんどの物事は良い方向に収束していっただろう。ただ一つ、恭一への誹謗中傷を除いて。
「危ないことに巻き込んで、窓ガラスまで割らせてごめんね。約束の一年は経ってないけど、付き合うのももう終わりにしよう」
「それは困る」
「はい?」
「夏祭りに一緒に行く人がいないと、困る」
想定の斜め上をいく答えに、思わずベンチから落ちそうになった。恭一も自分がおかしなことを言っている自覚があるのか、気恥ずかしそうに顔を背けている。
「急に現金なこと言うじゃん……。そういうの行きたいタイプなの? 他の人を当たりなよ」
「今から新しい人と付き合うとか無理だろ、受験勉強で忙しいし」
俺だって忙しいんですけど、おまえも勉強で忙しいだろ、てか友だちと行けよ、と言い返す気にもなれなかった。あっそ、とだけ言った。
「人ってそういう理由で付き合いを続けることもあるんだね。やっぱり俺にはよくわからないな」
ため息をついて空を見上げた。日が沈み、空の青が深みを増して、星の光が見えやすくなっていた。時間はしばらく見ていないが、そろそろ寮の夕食の時間かもしれない。だが、焦る気持ちは一切湧かなかった。
ぼんやりしていると、頭に浮かぶのはいつもと同じ疑問だった。いつもと違うのは、心が少し軽くなっていることだった。
「なんで藍澤先生は梶尾を殺したんだろうね。好きな人のためだったのかな。愛や恋は、人をそうまでさせるものなのかな」
なんの脈絡もなく言って、恭一の方を見た。恭一は肩をすくめる。
「先生はおまえにだけ話してたりしないのか? あの時、警察が来るまで少し時間あっただろ」
「まさか、俺は何も聞いてないよ。先生は警察にも動機を話してないらしい。もしかしたら、墓まで持ってく秘密なのかもしれないね」
いつか藍澤に教えてもらえるだろうか、と考えてみるが、無理だろうと結論が出る。藍澤がどんな罰を受けるにしろ、二度と会ってもらえない気がしていた。
「おまえはなんでだと思う?」
「わからねえよ」
「わからなくてもいいからさ、いつもみたいな作り話でいいから、聞かせてよ」
恭一は困った顔をしたが、嫌だとは言わなかった。黙り込んで、腕を組んで、考える姿勢を取った。
恭一が話し出すのを待ちながら、メガネを外してぼうっと星を眺める。街灯の明かりが邪魔をしていたが、辛うじて星の光が見えた。
夜空の中で、幼いころに覚えた星座を探した。生まれつきの遠視のおかげか、幼いころから星を見るのが好きだった。あの頃は人より星の輝きを身近に思っていた。
北斗七星を見つけて、それを頼りに春の大曲線を描いた。それを頼りにデネボラ、アルクトゥールス、スピカと、春の大三角を繋ぐ。
さらに星座を探そうとするが、また視界がにじんで、星が見えなくなった。押しては返す波のように、視界はぼやけたりはっきりしたりを繰り返した。
「まるっきり創作だけど、話していいか?」
不意に恭一が言った。十分に考えたのだろう、落ち着いた表情をしている。
「それでいい。今、本当のことは聞きたくないからさ」
「そうか。じゃあ、全部話半分で聞いてくれ」
頷くと、恭一は淡々と話してくれた。
聞いた瞬間に、どれもこれも作り話だとわかった。でも、だからこそ聞き続けることができた。
一つも忘れたくなくて、一つ一つ丁寧に頭の中にしまい込んだ。それらは自分で見つけた真実よりずっとやさしいものだった。
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