第21話


 朝の通学途中、急に立ち止まったので恭一と肩がぶつかった。


「どうした?」


 他のことに夢中になっていたので、しばらく声をかけられたことにも気づかなかった。目の前で手を振られてようやく我に返った。


「ここで立ち止まるなよ、邪魔だ」


 恭一に腕を引かれて校門の脇まで連れて行かれる。通学途中のほかの生徒にもちらちら見られていた。だが、その間も視線は一点を見つめていた。


「あのさ、監視カメラってどうやったら見られるかな?」

「何だって?」


 校舎の昇降口のひさし部分に取り付けられた監視カメラを指差した。カメラは校門に向けられている。当然、卒業式の日にも校門の様子を撮影していたはずだ。


「生徒がそんなもの見られるわけねえだろ。馬鹿言ってないで学校行くぞ、遅刻すんだろ」

「馬鹿なことかもしれないけど本気で言ってるんだよ。そうだ、学校内には監視カメラはないけど校門と裏門にはカメラが設置されてるんだった。あれさえ見られればいつ誰が学校に出入りしてたか全部わかるずだよ」


 校門横には守衛室があり、生徒たちが登校する姿を見守っている守衛の姿があった。学校の先生のみならず、守衛も監視カメラ映像を見られるはずだ。

 ポケットからスマホを出して時間を確認する。余裕を持って寮を出たので時間に余裕はある。


「ちょっと守衛さんに話聞いてくる。朝礼には間に合うように終わらせるけど、一緒に行く?」


 恭一は苦々しい顔で頷いた。


 守衛室に近づくと、生徒を見守っていた守衛がこちらに気づいて小窓を開けてくれた。今日も朝から熱いからか、守衛室の小窓からはひんやりした空気が漏れてくる。


 胸元に飯田と書かれたバッジを付けた守衛が、おはよう、とさわやかな挨拶をしてきた。


「おはようございます。お仕事中にすみません、質問してもいいですか?」

「大丈夫だよ、どうしたの?」

「二か前に校門近くで落とし物をしたみたいなんですが、監視カメラに映ってないか確認してもらうことってできませんか? 学校でも探したんですけど見つからなくて」

「結構前だねえ、残念だけど監視カメラの映像は一か月くらいで消えちゃうから残ってないんだ」

「そうですか……。卒業式前後だったと思うんですが、事故もあったしそれだけ特別に残してたりしないですか?」


 さらに食い下がったが、守衛の飯田は首を振った。


「データの管理は先生方でやってるから、そっちに聞かないとわからないかな。僕らから先生方に聞いてみようか?」

「いえ、そこまでしていただくつもりはないです」

「そっか、役に立てずごめんね。ちなみに落とし物ってどんなもの?」

「友だちと遊びで作ったクラスTシャツ案を描いたプリントでした。もう諦めることにします」


 ありがとうございました、と礼を言って、恭一とともに昇降口へと向かった。


「クラスTシャツ作るのか?」

「うちの三組はそんなもの作る雰囲気のクラスじゃないよ」


 ローファーから内履きに履き替え、三年の教室のある二階へと向かった。ほどなく朝礼の時間だったが、廊下はたくさんの生徒でにぎわっている。


「仲いい刑事に監視カメラの映像見せてほしいって頼めないのか?」

「さすがにそこまでやらせたら大木さんに悪いよ。近々結婚するらしいし、不祥事起こさせたら全部おしまいだ」


 犯人の存在が確信できていない現状で大木に連絡を取るのは気が引ける、というのも頼みづらい理由の一つだった。


「仕方がない、誰が信用できるかわからない状態だけど先生に質問しに行くしかない。犯人に俺が嗅ぎまわっていることが遠からずバレるだろうな……」

「他にいいやり方はないのか?」

「あるにはあるけど、やったらたぶん捕まるよ」

「ちなみにどんな方法なんだ?」

「白石君に頼んで先生のパソコンハッキングしてもらう、とか」

「……それは、だいぶ危険だな」


 三組の教室の前に着いたので、六組の恭一とはここでお別れだった。


「じゃ、また夕方に」

「ああ、またな」


 恭一は一緒に歩いていた時の倍くらいのスピードですたすたと歩いて行った。教室に入ろうとすると、戸口のところに立っていた白石が、厚いメガネの向こう側から胡乱な目でこちらを見ていた。


「何か俺の話してなかった?」

「おはよう。ちょっとした噂話、良い方のね」

「クラッキングとか頼まれてもしないから、やめてよね」

「ごめん、頼んだりしなから安心してよ」


 白石は不機嫌そうに鼻を鳴らした。彼は他人に対して心を開かず、当たりがきついところがあった。


「綿貫はなんで長谷と仲良くしてるんだ?」


 長谷という名前に込められたネガティブなニュアンスが、こちらを気遣うふりをして貶めようとする無意識の言動が、神経を逆なでする。


「ちょっとやそっとの暴力なんて怖くもなんともないからね」


 白石はかっと顔を赤くしたが、何も言い返さず大股で自分の席へと向かって行った。どうやら冗談はお気に召さなかったようだ。


 自分の席に座り、鞄から教科書やノートを出しながら、どうやって今後の捜査を進めるかを思考する。


 我慢できず白石をやり込めてしまったので、彼の助力は受けられないことは確定した。やはり、誰か先生に直接聞くしかないだろう。

 裏付けされたアリバイを持ち、監視カメラのデータにアクセスできる権限があり、話を聞いてくれそうな先生は……。

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