第6話

「数学準備室に細工をして梶尾を殺害できた可能性について話す前に、イメージしやすいように学校の絵を描くから少し待ってて」


 机の棚からルーズリーフを引っ張り出し、数学準備室周辺の図を記憶と写真に基づいて描いた。


「まず、数学準備室の出入口を確認しよう。この扉一つ、以上。別棟にはベランダはないから窓側から部屋に入ることは不可能。屋上からロープを使用して侵入しようにも、そもそも屋上は進入禁止で鍵がかかっている。では屋上の鍵はどこにあるかだけど、知ってる?」

「知らねえよ。職員室とか?」

「たぶんそうだよね。では、職員室に屋上の鍵があると仮定しよう。梶尾が死亡した卒業式の朝までに職員室から屋上の鍵を取り、屋上からロープで降りて数学準備室の窓から侵入、そこで何らかの細工を――」

「待て待て。あの部屋は鍵がかからなかったから、誰でも出入りが可能だったのは周知の事実だ。事件前に数学準備室に入るために命を懸ける必要性はゼロだろ?」


 そうだね、と言いながら、ルーズリーフに外から窓に向かう矢印を書き、ばつマークで上書きをする。


「両隣と下の部屋から窓を使って数学準備室に侵入を試みることも、屋上からの侵入と同様に考えづらい。犯人が存在したとしても、普通に扉から出入りしていただろうね」


 校内図の廊下から扉に向かう矢印を描き、矢印の横に侵入経路と書き加える。


「これ、わざわざ書く意味あったか?」

「……あんまりなかったね」


 言って、シャーペンをペン立てに戻した。


「梶尾の死因は落下物が頭に当たったことらしいが、実際には何が当たったんだ?」


 恭一の質問に答えるために写真を見せようとスマホを取り出したが、彼が事故現場を見てショックを受けそうな気がして、ポケットに戻した。

 その様子を見た恭一が、呆れとも苛立ちともつかないため息を吐いた。


「おまえは何で写真見せてくれないわけ?」

「ただでさえ変な噂が立ってる恭一がやけに事故当時の様子に詳しかったらやばいと思い直したから」


 現場写真を見ることに耐えられなさそうとは言えなかった。頭部からの出血はかなりのものであるし、絶命した梶尾の顔はそれより恐ろしい。誰が見たってショックを受けるはずだ。とはいえ、軟弱物扱いされたら彼は本気で怒るだろう。


「それも一理あるな」


 と、恭一が納得してくれたので難を逃れた。


「話を戻すけど、梶尾は重い木箱が頭に当たって死んだ。麻雀牌が入った木箱で、たぶんもともと数学準備室にあったんじゃないかと思われる。なぜならあんなインパクトのあるものが人の出入りする部屋に置かれていたら、俺も含めて生徒や先生が知らない筈がない」


「その木箱は数学準備室のどこにあった?」

「梶尾が覗き込んだ古い教員机の上にあったはずだよ。数学準備室には他にも棚や机があるけど、梶尾が亡くなっていた位置からは遠くて、もしその上から木箱が落下したとしても梶尾には当たる筈がない」


 もう一度ペン立てからシャーペンを取り出して、棒人間を描き、机や棚を長方形で表現した。フリーハンドで書いた四角形は歪で、今すぐ定規を使って書き直したくなった。


「梶尾はどうして机の下なんか覗き込んだんだ?」

「警察は落とし物を拾うためだったと言ってる、俺も同意見だよ。どうしてあんな場所に落としたことが分かったのかについては、スマートタグが付いてたからだろうね。専用のアプリがあるし、自分のスマートタグが近づけば教えてくれる」


「事故に見せかけるための細工については……。いや、その前に、どうして梶尾はろくに使いもしない数学準備室にイヤホンを落としたんだ?」


 その質問に思わず苦笑いを浮かべた。これに対しては写真を見せた方が早いと思ったので、スマホの写真フォルダから一枚の写真を表示して恭一に見せた。


「梶尾は数学準備室にこっそり出入りしてた。なぜならここで不倫をしていたから」


 恭一に見せたのは外から撮影した別棟の写真で、三階の数学準備室の窓に梶尾の顔と、卒業生で梶尾の不倫相手だった市瀬の横顔が映っていた。


 撮影したのは今年の一月ごろ。偶然外を歩いている時に発見して、ついカメラに収めてしまったのだ。


 この写真は、梶尾にいじめられていた恭一にあげた写真でもあった。この写真で梶尾を脅せば陰湿な嫌がらせも止むだろうと思ってのことだったが、結局恭一はそうしなかった。その理由については、彼はいまだに教えてくれていない。


「話が逸れたね。事故に見せかけるための細工について話をしようか」

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