第13話 嵐が過ぎたあと

 北波富士子という脅威は過ぎ去った。

 白藤女学院の校門前にはしばらくマスコミが足しげく通っている。

 校門前に立つテレビカメラを、登校する生徒たちはちらちらと横目で見ながら通り過ぎた。

 一部の生徒は、小声で「ねえ、今日もいるよ」「あの記者、昨日もいた!」と興奮を隠せずにいる。

 学校側は生徒たちに「取材には答えないように」と注意喚起していたが、彼女たちにとってマスコミは「珍しい非日常」であった。

 好奇心からマスコミに話しかけ、取材に受け答えしてテレビで報道される生徒もいる。

 一方で、教師たちは目を光らせており、通達を無視してカメラの前で喋っていた生徒が職員室に呼び出される一幕もあった。

 白藤女学院という静かな学び舎に、まだしばらく余波は残っている。

 みのり、さおり、くるみも、「北波富士子に近い位置にいた貴重な証人」として、取材で証言をしていた。……主に、興味を持ってマスコミに近づいたのは、みのりであったが。

 この3人娘は、恭子と菊にもよく話しかけるようになる。富士子の一件以来、3人娘に限らず、クラスメイトはより恭子と菊に親近感を持ったようであった。


「いや~、まさか東条さんが北波さんをやっつけちゃうなんて!」


「さすが、西園寺さんを守る王子様だね」


 菊と恭子は顔を見合わせて、静かに笑うのみである。

 いじめが消えた日常は、もとの平和を取り戻し、クラスの結束力をより強めたようだった。

 恭子も菊も変わらない。菊は相変わらず、恭子の世話をかいがいしく焼いている。


「やっと終わったね」


 菊が今日も恭子の美しい黒髪に櫛を通していた。

 ――あのあとは大変だった。

 連日、テレビのニュースに白藤女学院が取り上げられ、校長も会見を開く事態に発展。

 それとは別に、富士子の不祥事について、彼女の父親も記者会見を開き、「娘の行動に責任を感じております」と深々と頭を下げることになる。

 富士子は転校が決まるまで、白藤女学院を不登校になったため、静かにフェードアウトした形だ。


「でも、私、あんなふうに怒った菊を初めて見たかも」


「怒るよ、当たり前でしょ。あんなふうに恭子を傷つけられて、私が黙っていられるわけない」


「……ありがとう」


 富士子との確執を経て、2人の絆はより一層深まっていくようであった。


「そういえば、菊は法律を勉強したいって話はしてたけど、将来何になりたいの?」


 恭子はふと、お互いの進路について話し合う。


「そうだね……恭子のお嫁さんかな……」


「そういうのいいから」


「結構本気で言ったんだけどな……」


 苦笑いを浮かべたあと、菊は口を開いた。


「私、法律の専門家になるというより、法律の穴を探したいなって思ってて……」


「違法にならないギリギリを狙っていく感じかあ……」


 大学で法律を学ぶ目的がそれで、果たして良いのだろうか。

 恭子が狐につままれたような顔をしていると、菊は「でも、弁護士とかもいいかもね、将来」と視線を空中に漂わせる。


「弁護士とか検察官とか、収入が安定してそうだから、恭子を養えるなら……」


「もしかして私のことしか考えてない?」


「もちろん。私は恭子のために存在してるから」


 菊は蜂蜜のように甘い笑顔を浮かべていた。

 恭子の手を取ると、自らの頬に当てて彼女の目をじっと見つめる。


「私は貴女に利用されるのを諦めてないよ。貴女にとって利用価値のある人間になりたい」


「別に菊が役に立たないとは思ってないんだけど……」


 恭子は呆れたような、困ったような笑顔を浮かべていた。


「私は東京の獣医学部を目指すよ。都内の大学病院で実習もあるみたいだし」


「じゃあ私は、恭子の通う駅まで乗り換えが少ない大学を探さないとね」


 まるで当然のように、自分の進路も恭子基準で考える菊に、恭子は「なんでそんなに私中心なの」と笑う。


 けれど、菊にとってはそれが自然なのだ。人生を恭子と共に歩むことを、もう疑っていないのだから。


「送り迎えはちょっと大変だから、もし2人とも大学合格したらルームシェアしない?」


 カラン、と床に櫛が落ちた音がする。

 恭子の髪を手入れしていた菊が、櫛を取り落としていた。

 菊の頬は興奮で赤く染まっている。


「恭子と同棲……!?」


「言い方もう少しどうにかならないかな?」


 しかし、恭子は愉快そうにクスクスと笑っていた。

 同棲――その言葉が頭にこだまする。

 朝起きたら恭子が隣にいる。夜は一緒に晩ご飯を食べて、同じ屋根の下で眠る……。

 ……ああ、駄目だ、想像しただけで息が止まりそう。

 菊は熱に浮かされたように「恭子と一緒に暮らす!」と彼女に抱きつく。

 恭子と菊の間に交わされた約束。

 彼女たちにとって、「離れ離れになる」という不安は無縁のもののようである。


〈続く〉

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